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XXX


 歴史が好きだ。


 昔の人々がどんな暮らしをしていて、どんな風に生きていたのか、知るのが楽しかった。

 できるなら訓練じゃなくて、ずっと歴史のことだけ調べていたい。

 そう、僕は思っていた。



「もうそろそろだぞ、ヴァルムント」

「はい、父上」


 馬を駆けて数日後、蒼翼将軍の鎧を身にまとった父上と護衛と共に辿り着いたのはオプファン村という小さな農村だ。

 建国の始まりとなった黒龍が討伐された土地とされている。

 訪れるのを楽しみにしていた場所だ。


 けれど、今はディートリッヒ様が心配だった。

 妹君も母君も亡くされてから近親の味方がおらず、皇帝陛下の所業を憂いた臣下が直接陛下へ忠言できずにディートリッヒ様ばかりに嘆願する。

 ディートリッヒ様は聡明なお方ではあれど、僕とそう歳は変わらない。

 確かにディートリッヒ様は皇子という立場の方であるが、だからといって大人といえる年齢に達していないディートリッヒ様に、頼り続けているのは情けなく思わないのだろうか。

 ディートリッヒ様は、最近殊更疲れ果てている。

僕は友として傍にいた方が良いと思っていたのだけれども、ディートリッヒ様からの勧めと、父上のやけに物々しげな雰囲気によってオプファン村へと行くことになった。

 ずっと僕が俯きがちなのを見た父上が、更に声を重ねる。


「ディートリッヒ様のことが気になるのは分かる。だがな、お前が護るべきものの原点を知るのもまた大切だ」

「今でなくとも、よかったのではないでしょうか」

「いや、今だ。……今しかない」


 父上はここのところ気掛かりなことがあるらしく、忙しなくされている。

 紅翼将軍であるライノア様とも、密接に連絡を取られているようだ。

 この間も、賊に襲われて滅ぼされた貴族について不可解だと呟いており、「下の子はお前と気が合ったかもしれなかったのにな」と、寂しい笑いを見せた。

 ……調査していることが関係しているのかもしれないと、僕は口を噤んだ。


「ヴァル、少なくとも村についたらお前の知りたいことを優先しろ。次に来れるかどうか分からないんだ。楽しめることは楽しんでおけ」

「……はい、分かりました」


 父上がここ数日で伸びた髭を少し嬉しそうに弄りながら言った言葉を素直に受け取り、好奇心の赴くがままに動くことにした。

 ……でも父上、やはり髭は似合っていないから、村についたら剃って欲しい。

 亡くなられた母上にも不評だったじゃないですか。



 昼前に到着し、村長であるカミッラに迎えられた。

 簡素な案内によると、空き家になっている住居を一日借りて過ごすそうだ。

 祠へは明日の早朝向かうと言われ、お昼御飯を食べてからは村の中に限って自由行動となった。

 空腹を満たし、早速気になるものはないかと村を走り回っていく。

 ……けれど、走れど走れど何も見つからない。

 村の方に聞いてみても、祠くらいしかないと言われてしまった。


 明日祠の見学が終わったら、もうここに来ることはないかもしれない。

 村の人達は祠以外ないって言っているけれども、忘れ去られているだけで他にもあるのではないだろうか。

 隈なく探してみた結果、少し外れた場所に埋もれている石畳が森の先へ続いているのが見つかった。

 使われていないから、土に埋もれていって忘れ去られたんだと思う。

 ……幸い、僕は魔物避けと剣を持ったままだ。

 父上も知りたいことを優先しろと仰っていた。

 僕は周りに人がいないかどうかを確認してから、石畳の続く先へと剣で草をかき分けながら進んでいく。


 石畳が途切れるまでと続く限り進んでいってしまったせいで、かなりの時間が経ってしまっている。

 日が落ちてきているから、そろそろ戻らないと父上や他の者に心配をさせてしまう。

 知りたい欲求はあるけれども、限度というものもある。

 残念だなと思いながら、踵を返そうとした。

 

「……ま、そのままーっ!」


 女の子の声が、近くから聞こえてきた。

 こんなところに人がいると思っていなかった僕は、万が一を考えてゆっくりと声がした辺りにしゃがみながら歩いていく。

 川のせせらぎと共に、水のかき分ける音と女の子の声が響き渡っているのが聞こえる。


「あっ、ああ〜! ……そんなぁ、コレもダメ……?」


 落ち込んでいる声が耳に届くと同時に、僕の視界にその女の子の側面が映った。


 太陽の光を受け、透き通った金色の髪が燦々と煌めいている。

 浅瀬に足を入れて川の様子を伺っている蒼い瞳は、水を映しているからか宝石のように美しく光り輝いていた。

 その頬は奮闘していたせいなのか薄っすらと赤く染まり、困惑した表情を浮かべている。


「これで捕まえられると思ったんだけど……。何がダメだったんだろ?」


 口を尖らせながら、指先を川につけて何かを動かしていた。

 やがて目が大きく開き、拾い上げた石を掲げて見つめ始める。


「わ! 真円ではないけれど、すごく丸い……!」



 ──見つけた嬉しさからこぼれた女の子の笑みが、いつでも思い返せるほど僕の記憶に強く焼きついた。



 そこからは、正直あまり覚えていない。

 気がついたら夕暮れには村に戻っていて、呆然としていたせいで父上に大丈夫かと心配されてしまった。


 これは、……これは、なんだろう?


 1日を終えても、翌朝楽しみにしていたはずの祭壇を見ても、僕はずっと、ずっと。



 あの笑顔ばっかり、思い返している。



 誰かに話すと記憶が消えてしまうような、そんな気がして父上にも誰にも話せないまま、村を後にした。


 帰路につきながらも、どうすればいつもの僕に戻れるのかと考えた末、ディートリッヒ様のことを思い返そうと思ったのだけれど。

 ……余計に、おかしなことになってしまった。

 あの女の子とディートリッヒ様が、どことなく似ている気がしてならないのだ。

 これが他人の空似というものなのだろうか。

 だとしても、あまりにも共通点が多い気がする。

 更に絡まっていった思考を整理する為にも、ディートリッヒ様に一度報告をしてみることにした。


 ◆


 いざ帰還し、ディートリッヒ様を前にしたら言葉が詰まってしまう。

 やっぱり、似ている。でもそれだけだ。

 わざわざディートリッヒ様に言う必要はないのではないかと今更迷ってしまうと、いいから言えと怒られてしまった。

 

「申し訳ございません。……その、ディートリッヒ様と似ている女の子を見かけたのです」

「……俺、に?」


 一気にディートリッヒ様の表情が険しくなる。

 ああ、やはり言うべきではないことを言ってしまった。

 深く猛省していると、ディートリッヒ様は目線を上に投げて考え込み始める。


「……あー。……いや、似てる人間なんていくらでも……。……ヴァル、一応聞きたいんだが、その子は何歳だったんだ?」

「直接話はしていないので、外見からの年齢になりますが……。4歳から6歳くらいに見えました」

「そう、か」


 今度は下を向いてから目を閉じ、腕組みをされて静止状態になった。

 一体何が引っかかったのだろうと当惑していると、ゆっくりと深呼吸をされてから言葉を発される。


「……その子は、どこで見かけたんだ?」

「村外れの川です。あまり記憶にないのですが、村に戻った後は見かけませんでした」

「ん? 記憶にないって、どういうことだ?」


 目を開いて真っ直ぐこちらを見つめてくるディートリッヒ様に少し怯みながらも、不可解な現状について説明した。


「いえ、その、……笑顔が」

「笑顔が?」

「笑顔が……、頭から離れなくて」


 ディートリッヒ様は難しい顔をしていたのを、瞬時に白い歯が見えるニンマリとした笑顔に変えた。


「ほ〜ん、ふ〜ん? ヴァ〜ル、ついに初恋か?」

「……なっ! いっ、……ひ、一言もそのようなことは申しておりません!」


 ただ頭から離れないだけだ!

 こちらが否定を繰り返しても、ディートリッヒ様はニヤけた笑いを継続して受け流してくる。


「は〜いはい分かった分かった。そういうことにしといてやるから」

「ディート!!」

「怒んなって! そっか、そうかぁ。……よし、俺はちょっと調べたいことができたわ!」

「……調べたいこと、ですか?」


 大きく手を叩き、強く決心された顔つきになったディートリッヒ様は、宣言するような形で声を上げる。


「あの野郎しか入れない場所を調べる」

「……それは、……危険なのでは」


 皇帝陛下がディートリッヒ様のことを嫌っているのは明白だった。

 その皇帝陛下のみ入室できる場所を調べるとなると、逆鱗に触れるようなものだ。

 絶対に皇帝陛下はディートリッヒ様が調べることを良しとしない。


「危険なのは分かってるさ。でもあの野郎に『だけ』バレなきゃ問題ない。なんせ跡を継げるのは俺以外薄いしな」


 歴史の中で皇族筋の者が降嫁・婿養子になる等で皇族の血は分散しているが、一番血が濃いのはディートリッヒ様だけだ。

 皇族は直系であることを好まれているが為に、ディートリッヒ様以外が継ぐことはほぼあり得ないと言ってもいいだろう。

 逆に言えば、継ぐ資格がないとされる行為をしなければ大体何をやっても許される事態になっている。

 それこそ、裏でついているであろう皇帝の部下さえも見逃すはずだ。


「何をどうしてそう思い立ったのかは分かりかねますが……、お気をつけ下さい」

「おう、気をつける。んじゃ調べてくるわ。お前も疲れてるだろ、早く帰って休んどけ」


 調べるにしても気が早すぎるのではと思ったが、最近の落ち込み具合と比べると表情に雲泥の差がある。

 元気になられたならばと、僕は頷いてこの場を立ち去ることにした。

 けれど、その前に。


「……ディートリッヒ様」

「なんだ?」

「僕……いえ、私はいつでも貴方の力になります。ですので、たとえ何があろうとも、私のことをいつでも呼んでいただけないでしょうか」


 僕の何が力になれるかは分からない。

 それでも、少しでも力になれるのであれば、どんな時でも助けとなりたい。

 いつも思っていたことだけれど、改めて伝えておきたくなった。


「……ありがとな。調べ物次第ではすぐに力になってもらうかもしれない。女の子に惚れてるヴァルムント君が、使い物になるか分からないけどな!」

「ディート! 違うと申し上げたはずです!!」

「アッハッハッハ!」



 ◆



 そうしてディートリッヒ様が調査を続け、時が経ち季節が二つほど巡った頃。

 私の父と紅翼将軍のライノア様が、皇帝陛下により謂れのない罪で処刑された。


 父を母と同じ場所へ埋めること叶わないまま終わりを迎え、父の無実を信じて仕え続けたいのだと申し出てくれた家臣以外が消えた暗い屋敷の中。

 私は荒らされてしまった父の部屋で父から託された剣を持って、1人取り残されているような気分で佇んでいた。


 静かに、扉の開く音がする。

 入ってきた人物は暫し立ち止まった後、一歩、二歩と近寄ってきた。


「……すまない、ヴァルムント。俺が、……俺の力が及ばないばかりに、」

「ディートリッヒ様のせいではありません。違います、それだけは。……貴方に当たったところで意味などない」


 強く、強く剣の鞘を握りしめる。

 皇帝とディートリッヒ様は別人だ。

 たとえ血が繋がっていようが、皇帝の行いにディートリッヒ様が責任を負う必要はない。

 散々ディートリッヒ様が苦しんできた様を見た私は、どのような事態になろうともディートリッヒ様に責任を求めないと心に誓っているのだから。


「それでも、俺は」

「私のことはいいのです。ディートリッヒ様、調査に進展があったのではないですか?」


 何があろうとも力になる、と言ったのは自分だ。

 誓いを破るなど騎士の名折れでしかなく、友としても不誠実だ。

 一度首を振ってから、ディートリッヒ様へ体を向けて見つめる。

 ディートリッヒ様は苦しそうな表情をしてから、言いかけた言葉を飲み込んで新たに言葉を発した。


「……ああ、あった。お前の力を、貸してくれるか?」

「はい、必ず」


 ディートリッヒ様から語られた内容を伺い、私は揺るぎない決意をすることとなる。


 父の名誉の為、家の為、友の為。

 そして、あの日見かけた女の子の──友の妹の為。


 私の戦いが始まった。


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