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28話


 俺が帝都に来た頃の話をしておこう。


 母親が使っていた宮に入り、ある程度落ち着いたタイミングでディートリッヒが部屋に現れた。

 改まって話すってなると流石に緊張する。

 兄妹とはいえ、初めて会話したのが混沌と化していたところでだったし……。


 ディートリッヒに促されて椅子に座ると、テーブルを挟んだ反対側に設置されている椅子にディートリッヒが座って面談みたいになった。

 大事な話になるだろうから正しいんだろうけど、なんか緊張するからこの形いやだ~っ!

 心の中で嘆いていたら、ディートリッヒは微笑みながら頬をかいて話を始めた。


「あ~……。その、だな。体調は大丈夫になったか? 熱は下がったか?」

「はい、お兄様。問題ございません」


 帝都へ帰ってくる途中で体調不良になるかと思ったんだけど、意外とすんなり来れた。

 もしかしたら明日あたり、熱がでてくるかもしれんが。今大丈夫なのは嘘じゃねーからな。

 返事をすると、ディートリッヒはあちらこちらに目線を飛ばしながら言葉を続ける。


「……あ~っと、え~っと。い、一回だけお兄ちゃんわがままを言ってもいいか?」

「ええ。大丈夫です、お兄様」


 『お兄ちゃん』てお前、そんなキャラだったのか……。

 戸惑いながらも変なことは言わないだろうと思い了承する。


「だ……。だ、抱きしめても、いいか……?」


 キョロキョロさせていた目線を真っ直ぐに俺へ固定し、一世一代の告白みたいな雰囲気で言ってきた。

 確かに家族とはいえ、女の子相手に了承もなく抱きしめてもいいかって言うのは勇気いるよなぁ。

 しかも今は微妙な距離感だし?

 気が引けるのは分かるし、仕方ない。ここは俺からいってあげるぜ!


 俺は立ちあがり、顔も体も完全に緊張で強張っているディートリッヒに抱き着きにいく。

 ディートリッヒは俺から答えをもらい、恐々とした慎重な動作で俺を抱きしめ返した。

 俺よりも暖かい体温が、服越しでも伝わってくる。


「……カテリーネ」

「はい」

「生きているんだな」

「……、……はい」

「ここに生きて、本当に、ここにいるんだな……!」


 ディートリッヒの声がかすんでいき、ディートリッヒの目元にあたる部分から水が流れ落ちていっているのを感じた。



 俺は。


 俺はただ、役割の果てで死にたかっただけの邪な人間だ。

 ディートリッヒに喜んでもらえるような、そんな人間じゃない。

 ましてや、俺はいつの間にか『カテリーネ』になっていただけで、本物のカテリーネとはいえないだろう。

 母親と本来のカテリーネがして欲しかったであろう役割をこなしただけの俺が、ここにいていいのだろうかと思ってしまう。

 前にも「考えても堂々巡りになるだけ」だと結論付けたはずなのに、こうして目の前に泣くほど喜ぶディートリッヒがいると、どうしてもぶり返してしまうのだ。

 でもこんなことを誰かに話したとしても頭のおかしいやつってなるか、錯乱してるって思われるだけだから話すこともできない。


 本物のカテリーネじゃなくて、ごめん。


 騙しているような気分しかしなくて、でもそんなことを言うこともできなくて。

 俺はディートリッヒをもっと強く抱きしめることしか、できなかった。



 ◆



「お前は誰だ」

「え?」


 目の前にいるディートリッヒが怖い顔で言ってくる。

 投げかけられた言葉に、俺の心臓は冷水を浴びせられたかのように冷たくなった。


「お前はカテリーネじゃない」

「……ちが、……いや、わたくしは、わた、『俺』は……!」

「本当のカテリーネを返せ!」


 ブツン!


 と急に画面が切られたかのような感覚が俺に襲いかかり、それに驚いて目をかっぴらくと、自室となっている天井が見えた。


 ──夢だ。


 反論も何もできずに言葉が詰まったところで毎回夢から覚める。

 俺はガンガンと響いてくる頭痛を和らげようと頭を押さえながら、朝の日差しをカーテン越しにうけつつベッドから起き上がった。


 最近どうにも夢見が悪い。

 夢に出てきて俺をカテリーネじゃないと言ってくる人物は毎度コロコロと変わる。

 ラドじいさんだったり、ヘルトくんだったり、母親だったり、ゲオフさんカールさんだったりするが、一番多いのはディートリッヒだった。

 今日も出てきたのはディートリッヒだし。


 ……不思議なのが、ヴァルムントは一回も夢に出てきたことがない。

 自分でもよく分からん。ディートリッヒの次に出てもおかしくないと思うんだけどな……。

 あっ、最近会ってないからか!?

 他の人とは割と会うし、ディートリッヒは毎日会ってるし。

 でも俺、アイツの顔は色んな意味で忘れてねーんだが。

 はーアイツ、マジなんなの。

 聞いてる限り、ヘルトくんと訓練という名前の青春やってるみたいだしさぁ〜!

 ずるい……。この体じゃ無理だけど、俺も青春の汗流してみたい……。


 ……違う違う、ヴァルムントのことは今はいい。

 夢のせいで体調にも響いてて、比較的良くなってきた体がまた悪くなってきた。

 ディートリッヒを筆頭に周囲が心配しちゃうからいい加減どうにかしたい。

 てかディートリッヒは気付き始めてる。怖いよコイツ。

 プレゼントの量が加速しそうだからマジでやばい。


 俺が悩んでる問題は、正直どうにもできない問題だ。

 俺自身が意識を変えなきゃいけないんだけど、……普通に難しくね?

 誰にも相談できないし、今から意識しないぜー! って思ってできるんなら、もうやってる。

 だから、う〜ん……結局どうすればいいんだ?


 もういっそのこと、本物カテリーネに会えたりしないか?

 そうすれば解決しないことはないだろ! ……まあ、現実問題無理なんですけど。


 はぁ〜と大きなため息をついた後、リージーさんが朝の支度にくるまでストレッチをしておく。

 これで少しでも体を動かして、気分や体力がどうにかならないかなーって。

 つーか、現状もやることがないのが問題なのかもしれん。

 ぐーたらしてる生活って楽ではあるけど、仕事がないってのは生活にメリハリがつかなくて鬱になってくるんだよな。

 仕事をしたい訳じゃないんだけど、やっぱ役割がないとさ……。

 また俺、前世に逆戻りしてんじゃん。

 こんなんだからダメなのかもな。


 とりあえず今日、ディートリッヒが来た時にでもやれることがないか聞いてみよう。

 俺のところに来る人で一番権力あるのはディートリッヒだし。

 なんもやらんでいいって言うだろうけど、妹からの頼みなら聞いてくれるっしょ!

 よ〜し、たのんます! お兄様!


 って意気込んでいたのだけれど。



「お前の気持ちは尊重したいと思っているが、現状は『決まっていないこと』が多くて無理だな。その辺りが片付けば、やってもらいたいことができると思うが……」

「……そう、ですか。ごめんなさいお兄様、無理を言ってしまい……」


 ディートリッヒからの返事はノーに近いものだった。



 今日という1日が終わりを迎えて、俺はベッドの上でドタバタした。

 んおおおおおおお! どうしろと! どうしろと!

 このままじゃ俺、病んじゃう! 病んじゃうよ!

 その内こんなことも考えられなくなるよ!

 どうしよどうしよどうしよどうしよ〜ッ!!

 ……はぁ。


 虚しくなって、ちゃんと毛布をかけてからベッドにきちんと潜り直す。

 一度大きく深呼吸をしてから、悪い夢を見ないようにと願いつつ目を閉じる。


 そうして眠りに落ちた俺が見た夢は、今までとは違う夢だった。



「……『カテリーネ』?」


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