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25話


 俺は思わず目元を覆うのをやめて、声のした方へと目を向ける。

 突進するようにこちらへと走ってきたその人物は、俺より少し濃い金髪の前髪を後ろへ撫で付け、すんごい形相で赤い瞳をギラギラとさせながら赤い槍を構えている男──多分、ディートリッヒだった。

 ディートリッヒの進行方向にいた人間は勢いに全員恐れ慄いて退いていき、背を向ける形になっていたヴァルムントは後ろを振り返り、剣を持っていない手で槍の柄を掴んで止める。

 そこ普通剣で受け止めるべきでは!?

 あ、あぶねーことするねヴァルムントくん……。


「なにをなさっているのですか!」

「テンメェ! カテリーネに手を出したってどういうことだァ!?」

「は……、…………は!?」


  本当に思わぬことを言われたって声をヴァルムントが出したんだけど、……え?

 え、ちょ、おいおい待て待て待て待て待て待て!

 待って、待ってくれ! おおおおおおお俺はそんなこと一切されてないしなんでそんな誤解が……誤解……あっ。

 い、いや、このままやれば完全に責任とってもらえるんじゃ……?


 ……駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目!

 おおおおお俺の言ってる責任っていうのは人生を台無しにされたことで先行き不安になってることに対するものでして!?

 金銭とか住居とかその辺をどうにかしてもらおうっていうアレのやつなんですけれども!?

 あっ、あああああああああでも責任って結婚とも取れるやつじゃん!?

 俺って傍から見たら『初めてを奪った責任をとって』と迫る女じゃねーか!!

 しかも俺死ぬからって、ヴァルムントに対して『失恋した女』ムーブしたよな!? アッ!

 あっ、おっ、おっ、お、お……おわ、終わった……? 俺終わった……?


「そっ、そのような不健全なことは行っていません!!」

「ヴアァァァァァァアル……認めたんだろう……!!」

「私がいつ認めたと言うのですか!?」

「いいから責任とれー!!」

「言い訳すんなー!」


 ディートリッヒは槍をヴァルムントに押し付け続け、ヴァルムントは片手のまま必死の抵抗をしている。

 ……お前意外と力強いんだな。それともディートリッヒが意外と非力なのか……?

 いや、ただのプロレスみたいなもんかこれ?

 野次も飛んできてるし、シリアスな雰囲気ぶっ壊れすぎてコミカルになってない?

 視界の端に見える兵士の顔、明らかにからかいモードだし。


「お前がカテリーネに惚れてんのは分かってんだよ! これが証拠だ!」

「惚れているだなんて一度も言っていませんし証拠になりません! 何度も何度もいい加減にして下さい!!」

「往生際が悪ぃんだよ認めてさっさとお前は色んな意味で楽になりやがれッ!」


 にしてもディートリッヒの殺意たっか。

 ……ん? ……ん!?


「あ、あの……」


 俺が声をかけるとディートリッヒが一時停止した。

 な~~んか理解したくない単語が聞こえた気がする……ので、俺はそれについてはスルーを決め込む。

 おおおおお俺はお清楚巫女俺はお清楚巫女お清楚巫女お清楚巫女!!

 知りませぇん! な~んにもわたくしは聞こえませんでしたわぁ!?

 難聴系に俺はなる!!!

 それに本来の目的は! こっち!


「……お兄様、ですか?」

「──あ、」


 ディートリッヒの視線がこっちに移り、その眼を潤ませたかと思うと唇を噛んで堪えている。

 ヴァルムントがその様子を見て槍から手を離し、距離をとって見守る態勢に入った。

 周りも雰囲気に感化されたのか、静かにしている。


「……俺が、お前の兄だということを知って、しまったのか」

「はい」


 俺の返事に、ディートリッヒは険しい顔をしながら俺に近づいてきた。


「何故、ここに来たんだ。知らないままでいれば、きっとお前は平穏に暮らせたはずだ」


 ヴァルムントと同じことを言うなぁ。

 言いたいことは分かるけど、母親とカテリーネの為にも放っておけないんだよなー。

 仮に俺がここに行かない選択をしたらしたで、『行かなかったこと』を後悔しながら過ごすんだぜ?

 それはそれで嫌なんだが。


「わたくしが、お兄様にお会いしたかったからです」

「……っ、カテリーネ……」

「お願いします、お兄様……。わたくしと一緒に、生きていただけませんか?」


 両手を組んで、祈るようなポーズをとって懇願する。

 妹からのお願いなんだぞお兄ちゃん! 頼むから!

 ディートリッヒはものすごく渋い顔になって顔を横に振った。


「俺は帝国の皇子として、ついてきてくれている者達に不義理なことはできん。俺は最期まで帝国の者として戦う」


 お、男らしい……。責任者としては一つの正しい選択だとは思うよ?

 でもさぁ、周りをよ〜く見なさいって。


「……本当に、皆様が望んでいらっしゃるのですか? お兄様に最期まで戦って欲しいと、願っているのですか?」

「ディートリッヒ様! 生きて下さい!」

「我々は、何よりも、貴方に生きていて欲しいのです!」


 解放軍については知らんけど、帝国軍の人が望んでいるように見えないけどな。

 だってこうやって近くにいる人達を見ても横に首を振ってるし、生きてくださいと叫び願う人達がいる。

 何も言わないけど目線で訴えてるヴァルムントだって生きて欲しいと思ってるはずだ。

 ヘルトくん達だって無益な殺生はしたくないだろうし。

 それを無視するのは違うと思うぜ、お兄ちゃん?


 周囲を困惑しながら確認しているディートリッヒに、ヘルトくんが歩み寄ってきて声をかけた。


「……ディートリッヒ皇子。僕はあなた達との戦いを望んでいません。解放軍のみんながみんな、同じように望んでいるとは言いません。でも今は……、ちょっと……ちょっとおかしなことになってはいるけど、全員そうではないはずです」


 結構困りながら言っている。

 まあ、うん。カオスだよね。俺もそう思う。

 ごめんね……でもこうするのは必要だったから……。

 想定と違う部分があるのは知らん……。


「僕たちが国を動かしていくには知識や人脈、他にもたくさんのものが足りていません。帝都の人たちも、僕たちを信用できていません。時間が経てばできていくかもしれないけれど、その時間もまた苦しいものになるはずです。……この国の人達を、再び苦しませない為にも、僕たちに力を貸していただけませんか」


 へ、ヘルトきゅん……!

 主人公って感じの立派な顔でディートリッヒに言っていて、お姉ちゃん嬉しいよ!!


 ディートリッヒはヘルトくんの目を真っ直ぐと見てから、困り果てて顔を俯かせた。

 ここで決断しにくい気持ちは十二分に分かるから、俺は後押しをしにディートリッヒが槍を握っていない左手を手に取って握りしめる。


「お願いです、お兄様。わたくしも、……お母様も、お兄様に生きていて欲しいと願っております。皆様だって、同じ想いをされています」

「ディートリッヒ様!」

「俺たちはディートリッヒ様についていきたいんです!」


 本当に慕っているのが分かるくらいの熱量で、周りも次々に加勢してくれた。

 そうして最後に、ヴァルムントが言葉を紡いだ。


「ディート。カテリーネ様へ本当に渡したいものがあったんじゃなかったのか」

「……そう、だったな」


 ディートリッヒは弱みを突かれたなぁと笑いながら、眉をハの字にして俺の手を握り返した。


「俺には護るべき民が──護るべき人がいる。大切な者を困難な状況に置くのは、俺の望むものではない。……だが、俺らと協力するってことはお前らにはとんだ向かい風になるだろう。それでもいいのか?」

「切り開きたい未来を歩んでいくのに、苦しいことがない訳がない。だから、僕たちはどんなに風が強くても進んでいくしかないんだ」

「……ハハッ。強いなぁ、お前。……分かったよ」


 ディートリッヒは俺の手をもう一度強く手を握ってから、手を離してヘルトに歩いていく。

 そうして向き合った2人は手を差し出し合い、協力の握手をしたのだった。


 やっ、やったあああああああああああああああ!!

 完全勝利! 完全勝利だろこれ!!

 ディートリッヒ生きてる! 和解してる! トラシク2? 知らん!

 祝いに酒飲みてえ……ビール飲みてえ……!

 この体だと大した量飲めないけど! 俺頑張ったし!


 俺が喜びを噛み締めている中、和解ムードだったはずの雰囲気が違う意味で一変した。


「で、すまねえがちょ〜っとやらなきゃなんねえことが一つある。……ヴァル、お前覚悟はできてるよな?」


 ゆらぁっとディートリッヒの体がヴァルムントの方へと向き、槍の矛先も向けられた。

 あっ、またそっちに矛先がいくのか……。

 ヴァルムントの顔が完全に「うわぁ」って言ってる。


「待って下さい、ディートリッヒ皇子!」


 ヘルトきゅん! 止めてくれるのね!!

 さっすがヘルトきゅん! 頼りになる!!


「僕も、……僕にもヴァルムント将軍と戦う理由があります! 男として、やらなきゃいけないケジメなんです!」


 え、ちょ、ちょ!?

 おいおいおいおいヘルトくんまで参戦するのかよぉ!?

 これ以上混沌にしないでくれぇ……。

 ディートリッヒは何かを察したのか頷いて「一緒にやるか」とか言ってるし、周りもヘルトくん参戦にやったれと囃し立てまくってるしぃ!

 男の人って……というルチェッテとジネーヴラの視線が痛い。

 ヴァルムントは完全に頭を抱えてる。

 すまんな、でもお前が悪い部分もあるんやで。


「カテリーネ様には手を出していません! 事実無根です!!」

「うるせえ! 黙ってボコられろ!」

「僕は貴方に勝ちたいんです!」

「やったれー!」

「いけーっ!」


 そうして馬鹿みたいな乱闘が始まったのだった。

 俺、強行突破したのと、すげー気を張ってたせいで疲れ果ててるからベッドで休みたいんですけど……。


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