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XX


 カテリーネ様が無事に生きて、生まれのことを何も知らないまま健やかに過ごされていればいい。

 私の想いは、それだけだった。



 隣国との戦いの上で拠点としていた軍営地の広場にて、各々が『好きなように』時間を過ごしていた。

 ある者は談笑をし、ある者は己の武器を磨き、ある者は端の方で警戒を解かずに佇んでいる。

 当たり前の話であるが、ここから去っていった者もいた。

 しかしながら多くの者が残り、今現在自身のやりたいことを行なっているのが殆どだ。


 私は最期まで蒼翼将軍としてある為に、ディートリッヒ様の近くで待機をしている。

 当のディートリッヒ様は鎧を着用されたまま、適度な高さの木箱に腰を掛けて腕を組みながら皆のことを眺めていた。


「お前ら、本当にバカだよな〜。もうここに残ってもほぼ負け戦だぞ。さっさと退散しときゃいいのに。俺命令したよな?」

「皆、ディートリッヒ様のことが大好きなんですよ〜!」

「は〜、アルウィン。そういう言い方は嬉しくねえや」

「ええ……。ならなんならいいんです? ……慕ってる、とか?」

「そっちのがいいかもな〜」


 ディートリッヒ様がだらけた姿勢で零した言葉に、アルウィンが口出しをしていた。

 いつもならば叱っているところだが、好きにさせろという命が下っているが故に、注意をする言葉が飛び出さないようにと口を結んだ。


「将軍〜。そんな顔しちゃ駄目ですよぉ」

「……そんな顔とはどんな顔だ」

「どんな顔って……、こんな顔?」


 アルウィンは口を大袈裟にひん曲げ、眉間に深すぎる皺を寄せている。

 それを眺めていらしたディートリッヒ様が大笑いをあげた。


「アッハッハッハ! アルウィンお前全然似てないぞ!! ひーっ、やっぱ似てるの髪色と背丈だけだなあ!」

「う〜ん、やっぱ似てないですよねえ〜……」

「アルウィン、私の真似をするのはこりごりではなかったのか」

「本気でやらなきゃいけないのと冗談を同じにしないで下さいよ〜!」


 分かってないなぁと言われたが、真似していることには変わりないと思うのだが……。

 目を細めていると、今度はこちらへ顔を向けたディートリッヒ様が再び笑い始めた。


「あっ、やっぱ似てるかもしれないな!? ククク……、あ〜笑っちまう!!」

「ディートリッヒ様……」

「ええ〜、結局どっちなんですか〜」


 アルウィンが口を尖らせて不満を言っている中、ディートリッヒ様は笑いすぎて咳き込み始める。

 私は腹の底からの溜息をつきながらも、もう二度とこのような光景を見るないのだと思うと、やるせなさを感じた。


 我々が隣国との戦いを終わらせた後、皇帝が討たれ帝都が反乱軍によって陥落したと一報が入った。

 そして勢いのままに、ディートリッヒ様を討とうと我々のいるこの場所まで来るだろう、とも。


 たとえディートリッヒ様を支援している者がいようとも、反乱軍に比べたら圧倒的に数というものが少ない。

 人数も、資材も、何もかもが劣っている。

 こちらが死んでしまえば御の字と思っていただろう皇帝が、大した支援物資を送っていなかったというのもあるが。

 抵抗をしても、長引けば長引くほどこちらが苦しむだけだ。


 兵達は各々立派な戦歴はあるものの、国中に名が知れている者は少ない。

 私とディートリッヒ様以外は市井に散っても早々分からないはずだと、ディートリッヒ様は解散を命じられた。

 だが現実は見ての通りで、殆どの者がここに残っている。

 ディートリッヒ様が慕われている証拠でもあるが、こちらとしては皆が苦しむよりも前に何処かへ行って欲しかったのが本音だ。


 我ら2人さえ討てば民の溜飲は下がるだろう。

 国の為に戦った兵達まで犠牲になる必要などない。彼らには、待っている人々がいる。

 しかしながら、未来にあるのは混迷だ。

 一度頭を失った集団は混乱に陥りやすい。

 統率力のある者が頭になれば軽減されるだろうが、ヘルトという者が国の頭となるには厳しく思う。

 そもそも、本人も望まないように思える。

 あの軽い印象を受けた軍師も、国の顔になる気はなさそうに見えた。


 ……カテリーネ様が御安全に過ごせる世の中でいてほしいのだが、世とは儘ならぬものだ。


 できることならばディートリッヒ様とお会いになり、穏やかな日々を送っていただきたかった。

 カテリーネ様がお作りになった食事をディートリッヒ様が召し上がり、逆に今度はディートリッヒ様が楽しくて仕方がない様子でお作りになった食事をカテリーネ様が召し上がる。

 そうしてお二人が温かな笑顔でいるような、そんな光景を私は傍らで眺めていたかった。

 血も環境も何も関係のない、何にも振り回されることもない、心安らかに過ごせるような場所で。

 ……それだけで、私は幸せだと思える。

 昔から夢のまた夢でしかない光景だったが、そう思わずにはいられなかったのだ。


 軍営の外の見張りを担当していたボーガードが、必死な形相で我々の下へと駆け寄ってくる。

 ボーガードが口を開く前に、何を言われるのかは察していた。

 ディートリッヒ様は立ち上がり、緩めていた気を引き締めて皇子の仮面を被っていく。


「ヴァルムント、頼めるか?」

「お任せ下さい」


 既にディートリッヒ様とは最後の話を昨日の時点で済ませた。

 もう何も言うことはない。


 ディートリッヒ様は皇族が使える術を用いて、血と見紛うほどの紅い槍を精製し始めた。

 あの槍はディートリッヒ様の命と同等の武器であり、意志が強固であればあるほど切れ味も耐久も増していくものだ。

 槍が折れるということは当人が敗北を認めたも同然となり、ディートリッヒ様の死に繋がる。

 強力な武器ではあるが命を露出しているようなもので、衝撃などが全て本人へと返っていく諸刃の剣だ。

 長時間出しておくのも困難で、槍を出すということは最後の手段に他ならない。


「ディートリッヒ様! ヴァルムント様! 反乱軍が……」

「分かっている。私が向かおう」


 ディートリッヒ様の覚悟に胸を締め付けられながらも、私も剣を引き抜き寄ってきたボーガードの応対をし、共に入口へと歩いていく。


 入口付近には兵達が固まってそれぞれ武器を構えており、ここから見える外には反乱軍──解放軍の代表たる者が一直線に私を見つめていた。


「……ヴァルムント、将軍」

「来たか。……皆、下がれ」

「ですが将軍!」

「下がれと言っている。手も決して出すな。これは私の、蒼翼将軍としての戦いだ」


 もう命令をきく義理などないはずだが、兵達は私の言葉を聞いて一歩、二歩と後退していく。

 あちらも律儀なもので、唐突に襲うこともなく代表がそのまま来ているようだった。

 目の前にいる解放軍の旗本であるヘルトとその仲間が、堂々と先頭に立っているのがその証拠ともいえる。

 アレは正当といえない行為を嫌うだろう。

 ……尤も、『他』がしていない証拠にはならないだろうが。


「……お願いします。降伏していただけませんか」

「私もディートリッヒ様も、帝国最後の者として、それだけは譲れぬ。仮にそうしたとしても民は納得しないだろう」

「それは、……僕が、僕がどうにかしてみせるからっ」

「どうにか、とはなんだ? 具体的に述べられぬだろう」


 ヘルトは言葉を出そうとして口を詰まらせた。

 傍にいる少女も何かを言いかけて声が出たが、同じように言葉にならないまま止まる。

 他の者も同様に視線を地面へ落とすか顔を渋めているが、軍師だけが無表情にこちらを見ていた。


 私は剣の鋒を集団へと向け、言葉と敵意を送る。


「御託はいい。全員まとめてかかってこい」


 私に勝てぬ者が、カテリーネ様を守れるはずもない。

 己の力を全て懸けて、最後に教えてやるのだ。


 魔法剣士というものは、こういうものなのだと。


「蒼翼将軍ヴァルムント、参る!」


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