19話
ガタガタと全体を揺らしながら、とにかく馬車はディートリッヒとヴァルムントのいる場所へと進んでいく。
「大丈夫か、カテリーネ」
「はい、大丈夫です。ラドおじさま」
「カテリーネ様、よろしければこちらを」
「ありがとうございます、カール様」
隣にいるラドじいさんは揺れる度に俺を支えてくれている。
そして御者をしていたカールさんとゲオフさんが交代をし、今はゲオフさんが御者を、カールさんが馬車の中にいて、俺を気遣い毛布を渡してくれた。
最初から膝に毛布はあったんだけれど、段々寒くなってきているから体に冷えが伝わってきている。
ありがてえと思いながら受け取った毛布で更に体を包み、ほっと一息をつく。
「……カテリーネ様。カール、とお呼び下さい。ゲオフにつきましても同様です」
「いいえ、それは……難しいです。せめて、カールさん、では駄目でしょうか?」
「…………承知、致しました」
物凄い渋い顔で迷いながらオッケーされたけど、呼び捨てはキャラじゃないんだよ……。
すまんが耐えてくれ。君達の立場からするとそうなるのは分かるんだけどね?
そもそも俺が慣れないんだわ。
巫女として敬われたりするのはまだ役目だし、って感じで受け入れることができたけど、お姫様……お姫様? 皇女? 扱いってのはちょっと。
すげ〜むず痒い。無理。そんな自覚は全くないし。
てか帝国自体が崩壊してるようなもんだから敬う意味なくね……?
「もうまもなく日暮れとなります。お体にお気をつけ下さい」
「ええ……。無理は致しません。お兄様と、ヴァルムント様にお会いしなければ、なりませんから」
とはいえ、ずっと起きているのはキツい。
体がヨボヨボすぎて使い物になんねえ。
アイアム虚弱マン……。いやウーマンか。まー自業自得なんだけどさァーッ!
こんなんだから拠点を出ようとしても絶対止められるって分かってたから、夜中に何も言わずに出てきたんだよなぁ。
ごめんなさいブラッツ先生、ゼリンダさん。
ここで行かないと駄目だから許して……許して……。
説得する時間すら惜しかったんだよ。
「おじさま、少々寄りかかってもよろしいでしょうか……?」
「気にするなカテリーネ。わしは頼ってくれた方が嬉しいぞ」
肩を抱き寄せられながら、トントンと優しく肩を叩かれる。
そのまま寄っ掛からせてもらい、ずっしりぎっしりとした筋肉から伝わってくる体温に心地よさを感じながら、俺は目を瞑った。
◆
俺は、『何か』を成したかった。
『何者か』になりたかった。
みんなの記憶に、記録に残るような人物になりたかった。
……でもそれは、誰かを犠牲にしてなりたかったものなんかじゃない。
カテリーネの母親なんて知らなかった。
そりゃあ『カテリーネ』がいるんだから、母親が存在していたのは当たり前だ。
なのに俺は、全然気づけなかった。
確かに俺はカテリーネという人間として生きていて、ゲームのキャラはキャラなだけじゃないし、モブの人だってモブなんかじゃなくて、その人の人生を送っている。
ラドじいさんは俺にすごく優しく接してくれて、今も俺の世話を親身になってしてくれている。
……何も返せていないのを、本当に申し訳なく思ってる。
こうやってついてきてくれてるのは何なの? 聖人なの?
どうして俺の言うこと信じて受け入れてくれるの?
普通、俺はディートリッヒの妹でした! なんて話すぐに受け入れられないでしょ……。
俺、ラドじいさんにオギャっていい? 駄目?
ヘルトくんの幼い頃はベリベリキュートベリベリサンクスすぎたし、ぐずって泣いてるところ可愛いの極地だったし、子供らしく甘いものが好きなんだってことを知った。
でも男前なところがあるからギャップがヤバいんだよなぁ、流石主人公なだけある。
ルチェッテとはよ幸せになってくれ。
ルチェッテは本当に光のヒロインだった。
悲しむことはあっても、基本的にニコニコしてるし、とにかくみんなを元気付けようと頑張っている。
俺があんまり反応できてない時も、めげずに話しかけてくれてたみたいでさあ……。健気だ。
誰だよ蛸足ヒロインって言ったヤツ! こんなにもいい子なんやぞ!!
セベリアノは……アイツマジでなんなん?
チャラチャラした感じに反して、闇深いにもほどがあるだろ。
絶対前世だったらお姉様方がこぞって『創作』していたはずだ。
……いや、少ないながらに元からあったけど。
そもそもなんでそんな事実どこで知ったの? もう近づきたくない……。
……と、とにかく、ゲームだけだったら知らなかった一面だ。
村で俺によく食材を多く分けてくれた気のいいベアニーさんや、奥さんの尻に敷かれてるのが幸せだと分かってたシュードさん、しょっちゅう怪我して治してもらいにきてたレンケさんだって、モブじゃない。
拠点で一生懸命に看護婦をしているゼリンダさんや、窓から見える庭でお水をやってニコニコしてた兵士のエメットさん、俺を最終決戦の地へ連れて行ってくれるゲオフさんやカールさんだって、モブじゃない。
分かっているはずだった。
それでも、俺の中では『ゲームの世界』という認識が抜けていなかったのかもしれない。
俺が儀式で死んだあの瞬間。
間違いなくカテリーネの母親は『いた』。
説明つかなすぎて脳の隅に追いやっていたけれど、あの時に感じた体温や感触は嘘なんかじゃなかった。
ゲームでのディートリッヒ復活時顔グラが絶望顔になってたけど、そりゃ……そうなるわな……って感じだ。
どうしてディートリッヒとカテリーネの母親が、こんな……身代わりになるようなことをしたのかは分からない。
でも、ディートリッヒと『カテリーネ』に生きて欲しいと思っていたことは確かだ。
そうでないと、あんな風に抱きしめてくることはないだろう。
俺は俺で、『カテリーネ』じゃない。
いや、俺はカテリーネではあるんだけど、『俺』という不純物があるカテリーネだ。
そもそも俺がゲームキャラのカテリーネであると気がついた時、もしかしたら憑依かもしれないと疑って一ヶ月くらい心の中で問いかけをしていた。
まー無駄に終わって、ただの厨二病の痛いヤツで終わったよね。
別に外にはバレないからいいんだけど、それはそれとして悲しい。
でも、俺が本来いたはずのカテリーネの居場所を奪ってしまったのではないか? と考えたことがある。
悩んでも誰にも話せないし、そもそも話したとしても信じられないし絶対に解決しないことだから、俺は俺の好きなように生きることにしたけど。
それでも、負い目がなかった訳じゃない。
だから今回の出来事で、すごい効いたというか……うん。
俺は、カテリーネの母親の命で生き延びることになった。
なら俺は、カテリーネの母親が望んだであろうことをするべきなんじゃないかって思ったんだ。
それが本来いるはずだったカテリーネと、カテリーネの母親に対してできる罪滅ぼしだと、俺は思う。
確かに俺は死にたかった。
でも、俺は死ぬことが目的じゃなかったはずだ。
いつの間にか目的がすり替わっていたことに、自分で気づけなかった。
役割を果たす。
今こうやって罪滅ぼしという目的を持って分かったことだけれど、とんでもなく気持ちが重い。
役割がなかった頃は気楽にやれていたし、巫女として死ぬことを目標にしていた時は何も考えないで済んでいた。
使命を持つということ、誰かの為にすること、役割を自分から持つということ。
それは、やり遂げなければならない責任を負うことになる。
こんなことも分からないまま俺は生きていたんだって、今更ながら実感をした。
……マジでゲロ重い。
でも俺がやらないで誰がやるんだって話だ。
このまま原作通りになったら、ディートリッヒは死ぬことになる。
それだけは絶対に阻止しなくちゃいけない。
ディートリッヒを原作通りの結末にならないよう、救うこと。
それが今の俺の、役割なんじゃないかって。
……でもな!
それはそれとしてヴァルムントには怒ってんだよ!!
ヴァルムントが来なければ、余計なことしなきゃ、こうはならなかったんだよ!!
ディートリッヒに指示されてたみたいだけど、知らん。
アイツが戻ってきてネックレス使わなきゃすんだ話でもあったし!
てか、そもそもなんでこんなにゲームからずれてんだ? 分からん。
俺は村から出てないし余計なこともしてないから、どうしてこうなったのか意味不明すぎる……。
しかもさ〜、生きてた後はなんか邪魔されてたみたいで、死のうとしても上手くいかなかったし!
真実を知って、げーげー吐いて思い悩むこともなかった!
ヴァルムントがいなければ、こんなに気が重くなることもなかった!
だからさあ! 邪魔してくれやがったヴァルムントさんにはさあ!
──責任を、とってもらわないと。




