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朝食を終えてからテント回りで待機をしている兵達と今後の確認をしていると、カテリーネ様の侍女が深刻な表情で近寄ってきた。
何かあるのだと察し、人払いをした場所で話を聞くと、今朝カテリーネ様が悪夢を見て魘されていたのだという。
「カテリーネ様は魘されている間、時折「私がやらなければ」と呟いていました。……目が覚めてからは夢の内容を覚えていない様子に見えましたが、我々を心配させまいと仰っているのではないかと」
侍女は両手を握りつつ、悔しそうに私へそう告げた。
カテリーネ様は周囲の者へ気を配り、自分はいいからと一歩引かれる性格だ。今回もその可能性が高い。
我々へは気を遣わずに頼りにしていただきたいのだが、こればかりはご本人の気質であり難しい問題である。
「……分かった。カテリーネ様が魘されるのは今日が初めてか?」
「リージーさんにも確認をしましたが、今回が初めてになります」
「そうか。……戻っていい」
「失礼いたします」
侍女が一礼をして立ち去っていくのを見送りながら、カテリーネ様が魘された件について思考を巡らせる。
カテリーネ様は何かをやり遂げようとする呟きをされていた。
当人が言わない以上は勝手な想像でしかないが、かつての使命──黒龍の贄として命を捧げるという使命が甦ってきてしまっているのではないだろうか。
今でこそカテリーネ様は前向きに生きていらっしゃるが、黒龍討伐後のカテリーネ様はひどく焦燥されていたと人伝に聞いた。
村へ行くのに積極的な姿勢であったとはいえ、あくまで私の異変の為に行こうとしてくださっている。
それでカテリーネ様の心身に影響を及ぼすのであれば、私はオプファン村へ行くのを中断させて皇都へ帰還することも厭わない。
……だが、私の異変とはいってもカテリーネ様自身にも関わってくる問題だ。
村へは行かずにそのままにしておくのは避けたいのも、また事実である。
どうしたものかと考えに考えた結果、一度カテリーネ様とお話をすることにした。
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夜にカテリーネ様とお話をし、「わたくしは元気ですから」と微笑まれたお姿に胸を締め付けられる想いがした。
やはり我々に対して気を使っているのではないだろうか。
心配されまいと気丈に振るうお姿は、とても愛らしいと同時に苦しさを感じるものだった。
貴女の懸念を、痛みを、苦しみを、辛さを、全て消し去りたい。
だというのに、私自身がカテリーネ様への負担を増やしてしまっている。
情けないと思う傍らで、この呪いこそがカテリーネ様と自分を離れがたい距離にしていることに喜びを感じてしまってもいた。
……違う。私は、私がすべきことはカテリーネ様が幸せになることであり、私がカテリーネ様を幸せにすることだ。
少しでもカテリーネ様の不安を解けないかと自戒も込めて誓いを立て、その日を終えたのだが。
カテリーネ様は次の日も悪夢に魘されていたと報告が来た。
私の言葉だけではカテリーネ様の心を晴らせなかったようだ。
言葉が足りない自分の至らなさを痛感しつつも、次に私ができる行動を起こすことにした。
そうしてカテリーネ様の泊まっているお部屋へ向かい、こう伝えたのである。
「本日から私はカテリーネ様と共の部屋で過ごします」
カテリーネ様は私の言葉を受けて、口元を手で覆い驚愕されている様子だった。
当たり前の反応であり、私が行おうとしている行為ははしたないと罵られたとしても当然である。
しかしカテリーネ様は目を何度も瞬かせるだけで、窘める言葉すらも一向に出てこなかった。
あまりにも非常識な行いのせいで、呆然とさせてしまっているのであろう。
申し訳ないと思いつつも、説明の為に口を開いた。
「私の言葉ではカテリーネ様を安心させるに至りませんでした。不甲斐ない男で申し訳ございません」
「……え、い、いえっ! ヴァルムント様が謝ることではございません! わたくしが悪夢に魘されるのはただの偶然です」
「だとしても、2日連続で魘されるのは良くない傾向です。……悪夢を見続けて心を壊した者もおります。こういった場合は、早期に対応するのが大事なのです」
戦場に立つ者は悪夢に魘される者が少なからずおり、それが原因で戦線を離脱していくのも多々ある。
その後も悪夢で生活が上手くいかず、破滅へと踏み入れてしまった例も存在していた。
故に早期解決をすべく、すぐさま対応ができる形をとりたかったのだ。
魘されないよう、ここは安心できる場所であると認識を持っていただきたい。
ただそれだけだった。
「わたくしは本当に夢の内容を覚えていないのです。ですので、ヴァルムント様の手を煩わせる必要はございません」
「カテリーネ様に関する物事を煩わしいと思ったことはございません。……私が、カテリーネ様の為に動きたいのです」
昨晩は堂々巡りになるからと引いたが、今回ばかりは引く気はない。
口を結んでカテリーネ様を見つめ続けていると、眉を寄せて困惑された後に何度か口を開閉させてから声を出された。
「……ヴァルムント様がわたくしの所にいて、問題ないのでしょうか?」
「問題ございません。調整いたします」
「そう、ですか。……分かりました、よろしくお願いします。ヴァルムント様」
困った笑みと共の返答ではあったが、了承をいただいたことに間違いはない。
ありがとうございますと告げてから本日の予定を確認し、カテリーネ様のお部屋から出て行ったのであった。




