XIII
※方言は色んな意味で適当です
皇帝に未来が見えなくなってきたので帝都から逃げる事にした。
そのまま逃げてきたからあまり手持ちがない。
軍馬の躾をしていたので、その関係で雇ってくれるところはないだろうか。
ヴァルムント様と別れた後、そんな設定でカールと共に解放軍が拠点としている街に入ったのだが、丁度人手が足りないという理由で砦内での軍馬担当に採用をされてしまった。
思っていたよりも解放軍へ安易に入ることができて良かったと言っていいのだろうか。
我々は設定だが、帝都から逃げてきた者は何十人もいるが故にざっくばらんな精査しかできないということなのか?
カテリーネ様がいらっしゃる以上、あまり好ましくは思えない状況なんだが。
今日はカールと2人で馬達に餌やりをしてながら私はそう考えていた。
この周辺には馬小屋以外何もないので、お昼時間ということもあり我々以外は全員出払ってしまっている。
「そない難しい顔すんなや、ゲオフ」
「……カール。カテリーネ様のご安全を思うと、この様にゆるやかすぎる体制は問題だと思うのだが」
「アホやな〜お前。警戒が高くなるよう『ちょいと』けしかけたらええねん」
こだわっているそうだが、ざっくばらんに切られたようにしか見えない茶の髪を揺らしながらカールがそう言う。
「その『ちょいと』とはなんだ。カテリーネ様に危害が加わってはいけないんだが」
「そんなの当たり前やんか。ボクらがいる限り、カテリーネ様には手出しは絶対にさせへんで」
常に浮かべているふやけた表情ではないカールの真顔に、本気であることを理解した。
疑っている訳ではないが、あまり誤解をするような言い方はやめて欲しいものなんだが。
カールはパッと元の顔に戻してから言葉を続けていく。
「カテリーネ様が来た場所、あるやろ?」
「……ああ、あの近くにある龍像が立っている庭か」
日頃カテリーネ様は自室で過ごされているようだが、時折ライモンド殿や医者がいない時に部屋の外へとお出かけになることがある。
あまり体の調子がよろしくないようで、お出かけというには大した距離を歩くことができず、大抵途中で誰かに見つかって部屋へと戻されていた。
理由を伺っても何も喋らずにいるのだと聞いている。
カテリーネ様のおでかけは何度も繰り返され、昨日も含めて2回先程言った庭へと辿り着き、ベンチに座ってずっと龍の石像を眺めていらっしゃった。
「……黒龍を今までずっと崇めなければならない状態にあったのだ、そう簡単に信仰心というものが抜けないからあの庭にいらしたのだろうな」
「ホンマに不憫な話やで。あんなのさえなければ、仲良う暮らしてたかもしれへんっちゅうに。ま、かえって今はこっちで良かった可能性が高いのが世知辛い話やな。……ってちゃうねん。その話やなくてな」
首と手を振りながらカールが否定をした後、指先を伸ばして平行に動かしていく。
「またカテリーネ様が来るかもしれへんな〜。ほなボク、お庭綺麗にしたろかなと思うてあちこち探っとったんよ」
「何故私に声をかけなかった!?」
砦の出入口となるものは全て確認済であったが、隠し通路については調査が終わっていない。
我々もまだここに来て日が浅い為、あちらこちらを嗅ぎ回るには信用が足りなさすぎる故だ。
「お前がやったらごっつ怪しいわ。こういうが得意なお兄さんに任しとき」
「お前は私より歳下だが」
「は〜〜〜、これだからゲオフは」
歯茎を見せてながら眉間に皺寄せてきたカールに軽く怒りの一発を入れようとしたが、足を一歩引いて躱わされる。
……本気ではないのだから一撃くらい受け止めろ。
「そう怒んなや〜。はいはい、話戻すで。そんでな、驚くことなかれ! なんとボク見つけてしまったんですわ〜! 隠し通路!」
「……あったのか」
首と体を大きく揺らしてカールが頷いた。
この砦は何百年も前──建国した当初に建てられたものであり、改築が繰り返されて現在に至っている。
そのせいで忘れ去られてしまった隠し通路がいくつか存在していた。
それはヴァルムント様のところも、他の将軍のところも同様だ。
……『手癖が悪すぎる』カールが発見したことだが。
「な〜んとその龍の像の下や。危なかったわ〜」
「それは……。早めに発見しておいて正解だったか」
カテリーネ様が移動されるのは日が昇っている時のみで、夜中に庭へ訪れることはない。
運悪く『何かしら』と遭遇する前に、我々が気がつくことができて良かったと言える。
「んでな、これを利用しようやって話や」
「……どうするつもりだ」
「まあ、まず聞いてくれへんか?」
夜中に龍像を少し動かして中を確認したところ、どうにも最近この通路を誰かしらが入った形跡があったという。
とはいえ龍像が動かされた形跡はなかった為、確認で通路に入ったのではとカールは見立てた。
「つまりやな、近々ここに襲撃を企てとる奴らがいるっちゅーことや」
「わざと見過ごして通す、ということか」
「そ。誰が来んのか知らんけどカテリーネ様狙いやったら、ライモンド殿が気がつくようにボクらは動く」
ライモンド殿はカテリーネ様の隣の部屋となっており、騒ぎが起こったら真っ先にカテリーネ様を守ろうと動くのは明白だ。
引退されていたとはいえ、近頃は長年の勘を取り戻そうとされている。
余程の者でない限りライモンド殿が遅れをとることはないはずだが。
「だからといってお前、全員通すつもりはないだろうな」
「そないなことせーへん! カテリーネ様の安全が第一や。通すのは弱そーなの1人だけ。ボクも万が一に備えて控えるようにしとくし。……何があろうと絶対に、カテリーネ様が傷つくようなことはさせる事はない。それはお前も同じであろう」
そうだ。
私は剣しか脳がなかったところを、カールは居場所が定まらず彷徨っていたところをヴァルムント様に救われた。
あの方の役に立ちたいと常日頃から思い、そんなヴァルムント様に願われたからこそ我々はここにいる。
必ずやり遂げる、それだけの為に。
「……ああ、当たり前だが?」
「ほならええねん。ちゅーことで、今後はあの庭含めて確認していくで」
◆
「お! 偉い別嬪さんがおるやないか〜! 誰や誰や、ここまでほっといたやつは!」
「こらカールやめないか。……すみません、うるさいやつで」
無機質に龍像へと向いていた瞳がこちらへと移る。
あれから数日が経ち、またカテリーネ様は庭にきて石像を眺めていらした。
カールが多少なりとも顔合わせはしておいた方がいいと言い出し、少し休憩だと言って他の者に厩を任せてから庭へと歩いていき今に至る。
「何してはるん? あっ、せやった! 自分らの自己紹介がまだやったな! 自分、カール言います! こっちが頭でっかちカッチカチのゲオフちゅーんですわ」
「誰が頭でっかちだ! ……ゲオフです、よろしくお願いします」
カールがこういった勢いでの挨拶をすると大抵の者は多少なりとも怯むのだが、カテリーネ様は1つも表情を動かさなかった。
我々の言葉を受け取ってくれているか、不安になるな……。
しかしカールはめげずに言葉を発していく。
「自分ら、そこで馬の世話しとる者なんですわ。軍に使う馬やから、お嬢ちゃん1人では乗せられへんけど、言ってくれれば2人乗りでどこまでも行ったるで!」
「カール、勝手なことを言うな! そういう理由で使うのは禁止されているだろう!」
実際としては、カテリーネ様が望まれたら危険な場所以外にはどこへでも行くつもりではある。
ここが戦火に呑まれるとなった場合も、ライモンド殿が離れていたら我々で安全な場所へ連れていく予定だ。
少しでもとっかかりになればと思ってのカールの発言に、カテリーネ様は興味を示されたのか、一度ゆっくりと瞬きをしてから口を開いた。
「どこへ、でも……?」
「お嬢ちゃんが望むとこなら何処でも行ったりますわ〜!」
「調子のいいことばかり言って……! ……しかし、私としても貴方が元気になっていただけるならば、一度くらいやぶさかではない……かと」
ヴァルムント様もディートリッヒ様も、このようにぼんやりと生きていらっしゃるカテリーネ様は望んでおられないだろう。
少しでもカテリーネ様のお気持ちが晴れるようになれば、と思っているのは嘘ではない。
私の発言を聞いた上で、カテリーネ様はほんのりと口角を上げて微笑んだ。
「……ありがとう、ございます。覚えて……おきます。頼る……かも、しれません」
「ホンマに!? ありがとう〜! いつでもかまへんから、いつでも声かけたってな〜! 美人さんからのお誘いはいつでも歓迎やから!」
「いつでもいつでもうるさいぞ」
「お前やってそうやんか〜!!」
カールが賑やかしに励んでいると、カテリーネ様を探しに来たらしい看護婦がこちらに走ってくるのが見えた。
「カテリーネさん! またこちらにいらしたんですね〜。行きましょう、ラドさんが心配されてますよ〜。……あっ、お二人がカテリーネさんを見ていただけたんですね。ありがとうございます〜」
「カテリーネさんっちゅうんか。素敵なお名前やなあ。ほな、また今度よろしゅうな!」
笑顔で手を小刻みに振るい、看護婦に支えられて去っていくカテリーネ様を見送った。
「……どうにか、カテリーネ様がお元気になられればいいのだが」
「難しい問題やな。こればっかりは時間にどーにかしてもらうしかないわ」
大きく息を吐いたカールは首を振ってから私に戻ろうと声掛けをしてきたので、2人で厩へと戻っていった。
そうして6日ほど経ったある日の夜中に、石像の下経由で侵入してきた者がいるのを、今日警護担当だった私が遠くから確認することとなる。
急いで合図を送ってカールを起こし、庭にいる侵入者について何処の者なのかを見極めていく。
「カール、分かるか? あれらが持ってる武器はエルクトマリア製のものに見えるんだが」
「こんな遠くで何故そこが分かるのか分からん。怖いぞお前」
「私としてはお前の切替わりの方が怖いんだが」
「そこはいい。それなら皇帝の手の者と見てほぼ間違いないだろう。……とはいえ、ヴァルムント様とディートリッヒ様が危惧された通りとはな」
カールは目元に手を置いて少し沈黙したのち、私へ指示を出した。
「お前は『騒げ』。それで一番研ぎが甘いやつを逃せ。カテリーネ様とライモンド殿のところへはこっちが行く」
「分かった。頼んだぞ」
「抜かりはない」
そう言って二手に別れ、私は庭へと向かって騒ぎを起こし始めたのだった。