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闘技場に到着し、護衛と侍女さん達に囲まれつつ兵士さんの案内でヴァルムントがいる場所まで歩いていく。
2階にある貴賓用の休憩室に一人でいるらしい。
「……ヘルトくんはどちらに?」
「ヘルト様は……、治療を受けられてから大型魔物のある場所に戻ってしまいまして……」
えっ、大型魔物の運搬に加勢しに行ったの!? げ、元気すぎる。
思わずいいのかなとラドおじさまを見たら、おじさまはうんうん頷いた。
「動けるときには動いた方がよい」
それでいいのか……。割とおじさまスパルタだよね。
功労者なんだから別に行かなくとも……、と周囲が言っても「僕は将軍より怪我は軽かったし、倒したのは将軍なので働き足りません!」と返したのだという。
ヘルトくんを止めれそうな闇深軍師もナッハバールも「ヘルトの好きにさせろ」といった感じで、止めるに止められなかったと語ってくれた。
倒したのはヴァルムントかもしれないけど、絶対ヘルトくんも色々やったでしょ!
これはこれでちゃんと休みなさいって説教しないといけない気がする!!
……あ、いやー。おれじゃなくてルチェッテがするか。
この間ルチェッテと話した時、ちょっとは進んでるな〜? って感じあったし。
2でもくっついてはいなかったとはいえ、ほぼほぼ公式みたいなものだったから、うん。
多分今も一緒にいるんじゃないかな……?
そんなことを考えていたら、ヘルトくんが言っていたという「将軍より怪我は軽かった」が心に引っかかってきた。
ヴァルムントの衝撃発言で吹っ飛んでたけどさ、その言い方をするってことはヴァルムントもヘルトくんも結構な怪我してたんじゃないの?
怪我の程度が知りたくなって、案内の兵士さんに聞いてみた。
「あの、ヴァルムント様はどのように怪我をされたのでしょうか?」
「……私達は先に戦闘していた兵達の護衛に回った為、将軍とヘルト様の戦いは見ておりません。ある程度安全な場所に兵を移動させ、大型魔物のいる場所に戻った時には終了していました。その時に見た将軍は、口から血を流している上に鎧がかなり歪んでいる状態だったのです。将軍もある程度はご自分で治されてはいましたが、完全に治ってはいないかと……」
口から血って……、体をボコボコにされて内臓怪我してない!?
そんな状態なのにヴァルムントは治療拒否してるってこと!?
責任者である以上は動ける状態を維持したい、って思うのがヴァルムントくんだ。
だから余計に治療拒否しなければならない『何か』がすごく気になる。
そうして階段を上がって辿り着いた部屋の前には、護衛用にか兵士さんが二人ほど立っていた。
おれの姿を確認すると、深い礼をして横に移動していく。
……おれだけ呼んだ真意が分からないし、他の人に知られていいのか分からないから、おれだけで入った方がいいのかも?
そう思って、リージーさんやゲオフさん達には扉の前で待ってもらうことに決めた。
「先にわたくしだけ入ります。……よろしいでしょうか?」
「はい、お待ちしております」
その返事を聞いてから、おれは扉をノックして中にいるヴァルムントへ声をかける。
「ヴァルムント様、入ってもよろしいでしょうか」
「……はい」
部屋の奥の方から返事が聞こえてきた。
声は震えておらず普通の声だったけど、我慢して通常通りにしている可能性は全然ある。
おれは扉を開けると、声の通り奥の方で椅子に座っていたヴァルムントの下へ小走りで駆け寄っていく。
兵士さんから聞いた通り鎧は血と土っぽい汚れを纏ったべっこんべっこんなものになってるし、口端にぬぐい切れていない血の跡が見えた。
絶対痛いはずなのに、相変わらずきちんと椅子に座って真面目な顔をしている。
鎧着たままとか痛いんじゃないの!? せめて脱いでおけばよかったのに!
もっ、もう! おれの前で強がるんじゃありません! このこのこのこのこのこの!
「ヴァルムント様……!」
「カテリーネ様、あの、」
ヴァルムントくんが何か言いたそうにしてるけど、無視してヴァルムントの胸の辺りに手をあてて目を閉じる。
ヴァルムントの体が正常になるイメージをして、治療魔法を発動させていった。
……あれ?
「……ヴァルムント様?」
「カテリーネ様……」
目を開けてヴァルムントを見ると、困った顔で間抜け顔になったおれを見つめている。
……確かに治療魔法で治した感覚はあった。
怪我が大きければ大きいほど、それに比例して魔力の消費量も大きくなる。
魔法を使うのならば当たり前のことだ。
ヴァルムントの姿から、おれ基準でそこそこの魔力を消費する怪我だと思っていたのにそこまで魔力を消費しなかった。
なんでどうしてと混乱していると、ヴァルムントがおれの両手を優しく手にとって握りしめてくる。
「……お手を煩わせてしまい申し訳ございません。これがカテリーネ様をお呼び立てした理由です」
「ヴァルムント様、あの……これは一体?」
頭が混乱して考えがまとまらない。
え、えーっと、実は治療魔法が得意になってたとか?
もしくは他人が思っているよりも怪我は浅くて、驚かせない為におれを呼んだとか?
あと、あと……。……いや、でも、……そんなことある?
もうひとつ思い付いた可能性をありえないと思って頭に振り払ったのに、ヴァルムントはその可能性を肯定し始めた。
「間違いなく私は重傷を負っていました。しかしながら、数分後には徐々に痛みが薄れていくのを感じたのです。多少は自分で治療をいたしましたが一部のみで、概ね治療はしておりません」
この世界には徐々に回復する魔法はあっても、人間の肉体が勝手に回復するなんて能力はない。
ゲームでもプレイアブルになるキャラクターにはなかったから間違っていないはず。
魔法をかけられている場合は、意識でも失っていない限り魔法によるものだと誰でも分かる。
要は……、ヴァルムントの体が更に変化しているって話だ。
力強くなりすぎてたり感情が制御しにくくなったりと色々あったけど、ここにきて再生能力みたいなのまでついちゃったってこと?
「……なので肉体が治っていっているのを知られてはいけないと、わたくしへ治療をお願いされたのですね」
「はい。ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
人の口に戸は立てられない。
誰が治療にあたるかも分からないから、おれに治療されたいと言い出したのはある意味正解ではある。
自分の国の将軍が治療を受けないままってどういうことってなるし、ヴァルムントの性格を考えるとおかしいと思うのが普通だ。
……だから、その、恋で狂ってるって思われるのは、まぁ……、なくはない……のか?
真面目な人ほど、恋するとおかしくなるとかあったりするし……。
ヴァルムントは握っているおれの手を見つめ、深刻な表情で言葉を続けていく。
「このまま原因が突き止められないままでいると、私は人間ではなくなる……。……いえ、既に人間ではないのかもしれません。ですが、」
手をぎゅっとする力を強め顔を上げたヴァルムントは、おれの眼をその美しい碧の瞳で射抜いた。
「私は貴方の隣にいたい。私が貴方を護り続けて幸せにしたいのです」
「ヴァルムント様……」
「……この私の異常事態が発覚すると、様々な揉め事が勃発するでしょう。それらを避ける為に、共に原因を突き止めていただけないでしょうか」
ああもう! ヴァルムントくんの言葉にキュンキュンしてるんじゃありません!!
ごほん。ヴァルムントが言いたいことも分かるし、決勝戦前に話した通り協力するに決まってる。
けどちょっと引っかかるから、これだけは言っておく。
「わたくし、最期まで共にいるとヴァルムント様とお約束いたしました。それは今も、変わることはありません。たとえヴァルムント様がどのような姿形になったとしても、非難されようとも、わたくしはヴァルムント様と共におります。ですから、ヴァルムント様の問題はわたくしの問題です。一緒に解決するのが当たり前なんです」
……そもそもおれのせいかもしれないし。
それはそれとしてだね! おっ、おれ達は夫婦に、なっ、なるんだしさ!
ふ、夫婦ってそういうもんでしょ!
急激に体温が上がっているのを感じながらも、おれはヴァルムントの瞳を見ながら訴えた。
するとヴァルムントは息を呑んでから、思わずといった様子でおれを抱きしめてくる。
「……カテリーネ様」
「はい」
「愛しております」
「……はい」
おれもまた、ヴァルムントを抱きしめ返したのだった。




