XXVIII
案内役である兵士について走っていった先の出口には、既に私とヘルト用の馬が用意されていた。
付近には馬に乗った軍師のセベリアノと複数人の兵士がおり、私達が来るのを待っていたようだ。
「来たね、ヘルトに将軍!」
「セベリアノ! どうなってるの?」
「それは行きながら話す! 乗って!」
馬に跨り手綱を持ち、移動し始めたセベリアノを追う形で馬を進ませる。
外へと続く街中の広い道を兵を伴いながら駆け抜けていく。
人々のざわめきと多くの蹄の音が響いているが故に、セベリアノが声を張って話を始めた。
「将軍が前に話してた、ゲンブルクに行く途中に出会ったっていう大型魔物! そいつが現れたかもしれない!」
──通称エイデクゥ。
あの大蜥蜴の魔物がこの地に現れたというのか。
本来大型魔物とは、群れとなっている魔物の中で一番強い個体が変異した結果だと言われている。
従ってゲンブルクに蜥蜴型の魔物が生息しているのかと思いきや、関所の人間に聞いた限りでは生息していないらしい。
エイデクゥの体内に存在していた球体も含めて様々な書物を確認したが、似たような事象の大型魔物は確認できなかった。
原因不明のまま自国にも出現したことに強く歯を噛み締めながら続きを促す。
「現状は!?」
「ナッハ率いる一個隊が対応に当たってるけど、騙し騙しだ! ゲンブルクでやってた対処法があんまり効いてるように見えない! 実は似ているだけの違う種かもしれないし、ただただ強い個体なのかもしれない!」
どちらにせよ、関所の時と同様の手を使えないという話だ。
手綱を握る力が自然と強くなっていると、緊急にと大きく開けてある門を抜けて外へと出た。
平原の遠く先に見えたのは、ぼやけていても分かるほどの大型魔物の姿だ。
エイデクゥを帝都まで行かせまいと兵達が奮闘しているのも見える。
街中ということで少し抑えていた速度を上げるように馬に合図を送り、平原を駆け抜けていく。
他も同様に速度を上げ、段々とエイデクゥに近づいていった。
近くとなって明瞭に見えたエイデクゥは、あの時の個体よりも明らかに大きい。
また、灰色だった鱗はより黒に近い色をしていて、戦っていたはずであるのに傷一つついていなかった。
対して戦士であるナッハバールを筆頭とした兵士達は、抑えつけるのに尽力をしたからか満身創痍となっている。
セベリアノがその様子を見て、素早く指示を飛ばしていく。
「遅れてごめん! 交代だ、全員下がって!」
「おい遅えぞ、セベ! お前ら、退け!」
『グギャオオオオオッ!』
指示と同時にエイデクゥの叫び声が響き渡り、その大きな口を開いて黒い炎を生み出していき兵を焼き尽くそうとしている。
「そんなことさせない!!」
真っ先にヘルトが馬から飛び降りてエイデクゥへと向かっていく。
私は剣を抜き、力を込めて細身の氷の矢を造り出し、ヘルトの横側から放ち下馬をする。
勢いよく飛んでいった矢はエイデクゥの口の下辺りに突き刺さり、少しの間怯ませることができた。
その隙をついてヘルトが、同じ箇所へ炎を纏った剣で追撃をしていく。
エイデクゥが炎を使っていた時点でそうであろうとは思っていたが、あまりヘルトの炎攻撃は効いていない。
しかし魔術によって強化された剣の攻撃は通っており、兵が撤退をする時間を稼いでいく。
「ヘルトと将軍がアイツの相手をする! オレ達は負傷者の安全を確保してから参戦するよ!」
「はっ!」
セベリアノと兵達は言っている通り、今まで戦っていた兵達が安全に退く為に守護に回っていった。
これならば周囲を気にせずに最大限の火力を出しやすい。
そのまま下がっていくセベリアノ達と乗っていた馬を背に、私とヘルトでエイデクゥを相手取っていく。
調子を乱されたエイデクゥは怒っているのか、刺さっていた氷の矢を体を乱暴に揺らして振り飛ばした。
その勢いのまま、近くにいるヘルトを叩き潰そうとする。
「させん!」
走りながら氷を走らせ、ヘルト付近の地面に複数の柱を生やす。
ヘルトが逃げられる時間稼ぎができるほどの強度しかなく、ヘルトが退くと共に柱は体躯の動きによって破壊されていった。
そのままヘルトは一度私の近くへと寄り、話しかけてくる。
「僕とじゃ炎同士で相性が悪いです! 将軍行けますか!?」
関所の時はゲンブルク兵による攻撃が通って弱っていたのと、攻撃する我々を無視して門を越えようとしていたからこそ、邪魔されずに渾身の力を溜めることができた一撃を通せただけだ。
今回はそもそも攻撃が通っておらず、同じやり方で貫き通せるかも分からない。
だが、やらないという選択肢は存在していなかった。
「ああ。行くぞ!」
私のその言葉を聞いてヘルトがエイデクゥの左側へと動き出し、私は右側へと走り出す。
エイデクゥは近くで傷口を抉ってきたヘルトを一番の敵であると認識したのか、体全体をヘルトの方へと向けていった。
それに合わせてヘルトが大きな声で言葉を投げかけてくる。
「僕ができる限り引きつけます! どんなことがあろうとも絶対に! だから、……っ!」
エイデクゥはその図体から想像できない速さでヘルトへの距離を詰めていく。
気逸らしに上空から氷の礫を顔へと飛ばし、魔力を込めた剣で後脚を斬りつけたが、硬い鱗によって傷にもならなかった。
礫も攻撃もエイデクゥの気を引くものにはならず、突進は続けられていく。
ヘルトは身軽さを活かし辛うじて猛攻を避けているが、一人でやっている以上時間の問題だろう。
こちらに注意を引かせるべく複数の槍を作り上げようとした時、ヘルトから声がかかった。
「将軍! 僕を! 信じて下さいッ!」
──ここにくる前のヘルトの言葉が頭に浮かんでくる。
もっと寄りかかってほしいと、頼ってほしいのだという気持ちが真に伝わる言葉だった。
私は、責務ある立場として戦うのが当然の人間だ。
ヘルトも解放軍のリーダーをしていた人間とはいえ、責務ある者としてヘルトを庇護すべきだと無意識に思っていたのかもしれない。
……その割にはいらぬ感情を──、嫉妬をしていたのだが。
「……分かった、頼むぞ!」
自分の愚かさを笑いながら剣の柄を固く握りしめる。
目の前へと持ってきた剣を見つめて集中をし、今ある全ての魔力を剣へと注いでいく。
地面が大きく抉れる音が聞こえる。
エイデクゥの咆哮が、ヘルトの痛みを堪える声が聞こえる。
液体が、血が飛び散る音が聞こえる。
そうやってヘルトがエイデクゥからの猛攻を辛うじて凌ぎ、遠くまでいかない誘導をしている音が聞こえてくるが、私は彼を信じて動かなかった。
周囲の温度が下がり、地面が霜に覆われた頃合いに『成った』剣は青白い輝きを放つ。
「行くぞヘルトッ!!」
「……っ、はいッ!」
返事をしたヘルトは、エイデクゥが私のいる方向に顔が来る形へと誘導していく。
その体には複数の傷と血が走っているが、不屈の意志を感じる瞳が痛み打ち消しているように見えた。
「お願いしますっ、将軍!!」
私は走ってきたヘルトと入れ替わりでエイデクゥへと向かっていく。
最初に放った氷の矢は、エイデクゥに刺さり痛みを与えることができた。
ならば口周りは他と違い、脆いのではないだろうか。
ヘルトもそれを理解してエイデクゥが真正面になる形をとり、確実な勝利を掴む為に私が力を溜める時間を稼いだ。
私がやることはただ一つ。
この一撃でエイデクゥを完全に仕留めることだ。
怒り狂っているエイデクゥの口に剣の鉾先を定めつつ、地面を蹴って宙へと浮く。
「貫けッ!」
『グギィイイイイイ!!』
エイデクゥが目の前に迫った瞬間に口元へ剣を突き刺し、全力で破壊する氷をエイデクゥの身体中に伸ばしていく。
酷く暴れるエイデクゥによって振り落とされそうになるが、突き刺さっている剣を離すまいと手に渾身の力を込める。
「ぐっ……!」
エイデクゥの必死な抵抗により体が地面に打ち付けられ痛みが走る。
口から血の味が広がるが、決して手を剣から離さず力を注ぎ続けた。
徐々にエイデクゥの抵抗が弱まっていき、地面と接触する回数も減っていく。
やがて力が尽きたのか、エイデクゥは完全に動かなくなったのだった。




