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おれ達が休憩室から出てすぐに、興奮に満ちている熱気が廊下からでもバシバシと伝わってきた。
やば〜と思いながらも観客席へと足を進めていくと、熱狂のボリュームもどんどん上がって聞こえてくる。
すげえなぁ、おれは心配な気持ちばっかりだよ〜。
ヴァルムントもヘルトくんも信じているけど、それはそれとして心配な気持ちはあるからさ……。
モニョモニョとして足を遅くしていたら、遅れているのに気がついたお兄様がおれの手を握ってきた。
「大丈夫だぞー、カテリーネ。お兄ちゃんが傍にいるからなー」
「……はい、お兄様」
優しく微笑むお兄様の手を握り返して前へと進んでいく。
もー、お兄様に助けられてばっかりだ。
観客席へとたどり着いてお兄様とおれが座ってから数分後、審判の人が出てきて定位置の端まで歩いていくのが見えた。
そして左右にある出入口からそれぞれ人が……ヴァルムントとヘルトくんが出てくる。
観客からの声が大きくなって、会場全体を揺らしているかのように思えた。
そんな中でもヴァルムントはいつもの平静を保っているのに対して、ヘルトくんはきりっとしているけど若干緊張した面持ちに見える。
……うん、これならヴァルムントくんは大丈夫そう。
大丈夫だと思ったとはいえ、小さな声で名前は呼び続けるつもりだ。
だって約束したもんね!
ヘルトくんには「立派になって……」という謎の近所のおばさんみたいな気持ちが出てきた。
あの小さくて可愛いヘルトくんがさぁ、こんな大勢の前で戦うだなんてさぁ!
……いや、ゲームで演説とかあったはずだし、知らないところで沢山場数踏んでたとは思うよ。
おれが感慨深く感じたという話なだけ。
両者が定められた位置に立つと、お兄様が立ち上がって手すり付近まで歩いていく。
兵士さんが拡散の魔術をかけると同時にお兄様が話を始める。
「皆の者! まずはここまで勝ち上がってきた二人に盛大な祝福と拍手を送ってくれ!」
大きな声と拍手によって、小さな地震が起こったかと錯覚するほどの揺れが起こり体を揺らす。
おれがちょっとビビっている中、お兄様はものともしない様子で言葉を続けた。
「この二人は我らが国の将来を担うに値する人物だ。その二人が繰り広げる戦いを! 自らの眼で、彼らの力がどのようなものか見届け心に刻んでほしい! 皆が見るものは、未来を切り開き、我々を護る力だ!」
大歓声が巻き起こり、皆の視線が勝ち上がってきた二人に集中していく。
視線がドッと向けられたのが分かったのか、ヘルトくんは片手を胸に当てて緊張を抑えている。
一方のヴァルムントは全く動じておらず、ただただ佇んでいるだけだった。強い。
「審判! 開始の合図を!」
少し前に出た審判がお兄様に向かって頷いてから手を上げる。
そうして審判は大きく息を吸い込んでから、はっきりとした声を上げる。
「只今より決勝戦を行います! 両者共に準備はよろしいでしょうか!」
二人が剣を構えて深い頷きを返すと、審判もまた頷いてから力強く宣言をした。
「では……、始めッ!」
審判の手が振り下ろされると同時に左右から駆け出す音が聞こえる。
手始めにと言わんばかりに、互いの剣先から氷と炎が線を描いて向かっていく。
そうしてぶつかり合って打ち消し合う形になるかと思ったら、ヴァルムントの氷のが強かったらしく解け切らずに氷が多少残っていた。
けれど二人の視線はそこにはなく、相手をただただ見て次の一手を繰り出し始めている。
己の剣に力を込め、そのまま一直線にぶつかり合いに行ったのだ。
ヴァルムントはヘルトくんの攻撃ひとつひとつを丁寧に叩き潰しながら重い一撃を繰り広げ、ヘルトくんは自分の軽さを活かして躱し連撃を繰り出していく。
どっちも剣から突然魔法が飛び出してくることがあって、常に油断ならない状況だった。
もうさぁ、目で追いきれないくらいの激しい攻防すぎる。
観客もあまりの迫力にほぼ息を止めているのか静かだし。
ちなみにおれはずっと口元を手で覆いながら、ひたすらヴァルムントの名前を連呼していた。
お兄様がチラッと視線を向けてきたけど、すぐに二人へと視線を戻していく。
き、聞こえた? 出来る限り小さくしたつもりだったんだけどな……。
そんな中で剣と剣がぶつかる一際大きな音が響いたかと思うと、二人は大きく離れて距離をとる。
さっきまで激しい立ち回りをしていたのが嘘のように、機を窺う静かなターンへ変貌した。
「強くなったな、ヘルト」
「将軍には負けていられませんから」
あ〜! なんか戦いの中で分かり合ってない!?
フッ……ってどっちも不敵な笑み交わしちゃってさあ!!
ずるいずるい〜、おれも男の戦いみたいなのしたかったぁ〜……。
プンプンしていたら、ヘルトくんが表情を真剣なものに変えてヴァルムントに質問を飛ばしていった。
「……将軍、聞きたいことがあります」
「なんだ」
「どうして将軍も陛下もずっと我慢をしているんですか?」
ヴァルムントは怪訝な顔をし、近くにいるお兄様は少し雰囲気が硬くなった。
それはね~、おれも思ってるんだよね~。
上に立つ者としては当然の行いであるし、立派だとは思っている。
でもさぁ……。
「今だって、意味合いは違うけど将軍が全力を出していないのは分かります」
ヴァルムントが口を真一文字にしたのが見えた。
あっ、へ、ヘルトくん……。そこについては許してあげて……。
「僕達が頼りないだとか、そんな風に思っていないのも分かります。でも僕達にもっと寄りかかってほしいって思うのは、僕のわがままなんでしょうか?」
そうそうそれそれ! おれも同じ気持ちだよ~。
元々運営とかそういうのをやっていたのはお兄様達で、自分達が色々やった方が早いのは分かるし、引継ぎとか諸々も問題がないようゆっくりやろうとしている。
だからといって継続してやるには、あまりにもお兄様達に負担が大きすぎていた。
全然その辺関わってないおれですら分かることだからね。
お兄様もヴァルムントもその周辺も、自分が我慢すればいいって性質の人が多いからさあ……。
変な話、もっとこう解放軍の面々みたいに我を出してもいいと思うんだよね~。
……やりすぎなのもいるけど。
「だからもっと、僕達が分かりあう為にぶつかってほしいんです! 僕達は国の為に、みんなの為にもっと仲良くなれるはずです! 貴族だとか平民だとか、そんなことは関係なく!」
そう簡単にいかないことくらい、ヘルトくんも分かっているはずだ。
それでもこうした場で言ってくるのは覚悟の上なんだろう。
……あまりにもヘルトくんが成長しすぎてて、眩しすぎるよ~~。
あの可愛いヘルトくんが立派すぎる……。
これが姉として寂しいってやつか……。なんて悟っていると、ヘルトくんが剣に炎の力をため込みながらまっすぐにヴァルムントへ言い放つ。
「全力で来てください。僕も、今の僕ができる全力で将軍に挑みます。僕の気持ちを、覚悟を受けてください! ……それが戦う僕達にとっての『対話』ですよね?」
ニッと笑うヘルトくんがカッコいい!!
流石主人公! 流石おれの弟!!
成長を噛みしめていたら、ヘルトくんの言葉を受けてヴァルムントが軽く笑いを返した。
「……そうだな。言葉は必要だが、それ以前に私達は戦士だ。剣で語るのが筋というものか」
ヴァルムントもまた剣に氷の力を込めていく。
戦いのことはよく分からないおれでも、相当な力が込められていっているのが見て取れた。
男と男の対話、戦士同士での対話って感じで燃えるんですけど……。
理屈じゃねえんだよ、こういうのは!
いいなぁいいなぁ! おれもぶつかり合いやりてぇ~~~。
そんな最高なぶつかり合いが始めるのだと心躍らせている最中に、急いでおれ達の観客席に入ってきた兵士さんがお兄様に報告したことが、事態を一変させるとは思いもしなかった。




