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少ししてから離れて見たヴァルムントの顔は、いつもの真面目な顔に戻っていた。
目も濁っていない。よ、よかったぁ~……。
おれがほっとして息をついていると、ヴァルムントがしゅんとした表情になっていった。
「取り乱してしまい申し訳ございません、カテリーネ様」
「そういう時もございます。……ヴァルムント様がよろしければ、わたくしに悩みを打ち明けていただけないでしょうか?」
おれが勝手に力のことで悩んでるのかなーって推測しただけで、実際には違うので悩んでいたのかもしれないし。
ヴァルムントはおれの言葉を聞いて斜め下を見た後、瞬きを数回してからおれに目線を戻して口を開いた。
「……不可解な話かとは思うのですが、近頃自身の力が想定以上に出てしまうのです。その上、カテリーネ様について私が不快と思った言及をされると、怒りの感情で思考が染まって制御できない状態が続いております」
……お、おれを想っているからこそ怒ってくれるのは、と、とても嬉しいけど!
この場合はそうじゃないんだっていい加減にしなさい、おれ!
脳内で自分の頬をペチンペチンしながら真面目に考え直す。
そりゃ恋人が悪く言われたりしたら怒るのは当然ではある。
でもヴァルムントくんは静かに抗議する方だと思うし、怒りに任せてけっちょんけっちょん! はしないと思う。
となるとヴァルムント自身に術かなにかがかかってる……ってことなのかなぁ。
「オシフさんと何か話されていましたが、その時に何か異常はあったのでしょうか? 例えば、魔術をかけられた感覚があったなど……」
「いえ、それはございません。相手の精神や肉体に干渉する禁術は密かにかけられるモノではないのです。……この症状は、予選の時にもありましたので」
そういえばそうだった。なんか抜けてたわ。
ラハイアーがおかしくなってたし、性格上なんとかなったら戻ってきそうなユッタは戻ってきていないし、そういうことも考えられるかな〜って思ったんだけど。
「力が強くなったことと、怒りに染まってしまうのは同じ原因……なのでしょうか?」
なんかの併発とかもあり得るよね。
そう考えて質問してみたけど、ヴァルムントはピンときていなさそうだった。
うーん、だめかぁ。
じゃぁ実はヴァルムントくんが知らないうちに禁術とかかけられて……、……ん?
禁術……って、あ、あ、あの〜……。え〜っと。
すごい体から冷や汗がダラダラしてきた気がする!!
あっ、あっ、あ〜〜〜〜……。
「……わ、わたくしがかけた禁術のせいかもしれません」
嫌なこと言われたらキレやすくなるのって、おれがかけた禁術のせいなんじゃないの……?
他に原因について心当たりがなさそうだったし、力が強くなったのだって禁術が与えた影響の一種かもしれない。
だってそれ以外に考えられるのって、ゲンブルクでフェリックス殿下に憑依されたくらいだ。
とはいえフェリックス殿下は自分の体に戻ったし、ずっと影響が残っているとは考えにくい。
どう考えてもおれのせいでしかなくないか!?
「カテリーネ様の責任ではございません! 他に原因があるかもしれませんし、全ては私が未熟だった故に」
「違います、わたくしのせいです! わたくしが、ヴァルムント様に禁術をかけたから……!」
思わず自分の両手を握りしめながら訴えた。
そもそも心臓をつなぐ術は禁術だ。
あくまで黒龍を倒すためにあったっぽいもので、おれのようにずっと繋いだままなのは想定されていない。
だからあの術そのものが、心臓を繋ぐ以外でどういった効果があるのかは探り探りとなっていた。
所在をなんとなーく確認できるくらいしか分からない。
おれは婆様から口伝で教わっただけで明確な書物を見かけたことはないし、城の魔術師の人に聞いてみても詳細は分からなかったのだ。
婆様について触れたら面倒なことになりそうで何も聞いていなかったの、やめておくんだった……。
おれが後悔にまみれていると、ヴァルムントがおれの両手を包み込むように握ってきた。
「……当時は戸惑いこそありましたが、今はカテリーネ様から術をかけていただけて嬉しかったと断言ができます。今を生きている私は幸せなのです。ディートリッヒ様や兵や民が生きており、戦争を和平で終わる形がとれた。そして、貴方と人生を共にすることができる」
「ヴァルムント様……」
フォローもあるだろうけど、本当にそう思って言ってるのが伝わってくる。
……おれが勝手に色々やっただけなのに、そう言っちゃってさぁ!!
う、うう、す、好き……。大好き……。泣きそう。
「次の試合で私が同様の事態にならぬように、共に制御ができる道を一緒に考えていただけないでしょうか」
「……はい、勿論です」
次の試合はヘルトくんだからおれを悪く言ったりしないし、怒りが制御できなくなるってことにはならない。
けれどヴァルムントの心の安全を考えるならば、今考えて答えを出すのが一番だ。
おれはじんわりと迫り上がってきた涙を流すまいと何度も瞬きをしつつ、ゆっくりと頷きを返す。
ほんのりとした笑みを返してくれたのがとっても身に染みる……。
なんでおれがケアされてるんですかね!? もう!
それで、対策を考えないといけない訳ですが。
実際にその場面になってみないと、効いているかどうかって分からないし難しい問題だよなぁ……。
う〜んと悩んでいたら、ヴァルムントが徐々に斜め上へ視線をやりながらこう言ってきた。
「その……。カテリーネ様がよろしければの話になるのですが」
「なんでしょうか?」
「……声を、かけていただきたいのです」
「声を?」
どういうことだろうと思ってヴァルムントを見つめていると、ヴァルムントは完全に顔を横に背けながら話を続けた。
「準決勝時、カテリーネ様のお言葉が──私を呼ぶ声が聞こえたのです。そのおかげで私は止めることができました。私の幻聴でなければ、次があったとしても踏み止まれるかと」
そう言うヴァルムントの横顔はだいぶ赤かった。
あっ、あれ、聞こえてたの!? 絶対届くわけないって思ってたんだけど!?
君恥ずかしがってるけど、おれも恥ずかしいんですが〜!?
ひぃ〜となりつつも、それがヴァルムントくんの為になるならおれはやるに決まってる。
沸騰しそうな体を抑えつつヴァルムントに向かって告げていく。
「何度だって、わたくしはあなたの名前を呼びます。いつだって、どこだって、わたくしが呼びたい名前はあなたなのですから」
おれの言葉を聞いたヴァルムントは、顔を赤くしたまま視線をおれに戻して小さく「ありがとうございます」と返したのだった。




