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元々おれ達が会場に入る通路は運営専用のものであり、いるのは城関係者ばかりなので通っても特に何か言われたりとかはなかった。
おれ一人だったらまだしも、ちゃんと護衛も侍女さん達も連れてるしな!
……何でこんなところにいるのって顔で見られたりとかはあったよ、うん。
そりゃね、普通どっか行かないからね。
外面は平静なまま、内心はとんでもなくビクビクしつつヴァルムントのいる場所へ歩いていく。
しかし仮設テントへの道は兵士さん以外の人はあんまりいなくて、びくつきすぎたおれがバカみたいだった。
お兄様は多分控え室に行っただろうし、注目されてそうだなぁ。
……後でほっぺにチューくらいすべきか? すっごい喜びそう。
そんなことを考えながらテントへと辿り着くと、ゲオフさんに依頼されたっぽい兵士さんが見張りとして入り口前に立っている。
兵士さんはおれ達に気がつくと礼をしてくれ、ゲオフさんが話しかけにいった。
「ヴァルムント様は?」
「出ることもなく、中にいらっしゃいます」
「分かった、ありがとう。元の業務に戻っていい」
「はっ」
再度礼をしてから兵士さんは立ち去っていく。
ゲオフさんが入り口の布を軽く退かして中を覗いた後、体をおれに向けて聞いてきた。
「カテリーネ様、お一人で中へ入られますか?」
「……はい。お願いします」
ゲオフさんはおれの返事に頷いて、おれが入りやすいように布を大きく開く。
テント内の奥の方には確かにヴァルムントが俯いて両手を握りしめながら座っていた。
一度息をついてからおれだけ足を進めて中へと入っていくと、完全に入り切ったところで布が戻された音が背後から聞こえた。
そうして2人っきりの空間となり、外からの音が聞こえにくくなる。
なんとなく気まずさを感じながらも足を踏み出してヴァルムントに近づいていく。
確かに地面を踏む音はヴァルムントの耳に届いているはずなのに、顔を上げることはなく微動だにしない。
おれが来ているのに気がついているのかも分からなかった。
ヴァルムントの目の前までたどり着き、気が付いたら噛んでいた唇を開いて声をかけてみたんだけど……。
「……ヴァルムント様」
………………………………反応、なし!
だっ、大丈夫? ちゃんと生きてるよね? 息してるよね?
ひやっとしてヴァルムントを注視した。ちゃんとゆっくり肩が動いているのが見えて安心した……。
ていうかヴァルムントくん死んでたらおれも死んでるんだって。
自分が変に焦っていることを感じつつも、次はどうしたらいいのかを考える。
まず、どうしてヴァルムントはこうなってしまったのだろう。
ちょっとおかしいかなって感じたのは予選での過激な行動だ。
氷の出力全開だなんて、いつものヴァルムントくんならしないことだった。
次におかしくなったのがオシフさんとの戦いで、恐らく予選と同じことをしたんだと思う。
あからさまに……この、こう、やばい感じがあったから、コレきっかけで落ち込んでる……落ち込んでる? はず。
自己嫌悪とかもありそう。
だから、おれが今すべきことは……。
「ヴァルムント様」
声をかけてから手を伸ばし、包み込むようにヴァルムントを真正面から抱きしめにいった。
抱きしめると幸せ成分がうんたらかんたらってあったような記憶が……、あったようなないような……。
まぁその辺はいいんだよ。……こっ、恋人に抱きつかれて嫌な思いはしないでしょ!!
余計なことを考えながらも、首あたりを優しくぽんぽんとする。
鎧を着てるから背中をぽんぽんできねえ……!
しっかしヴァルムントくん、いくら氷魔法使うからって体冷たすぎない?
こんなに冷たかった覚えないんですが? むしろ暖かかったと思うんだけどな。
魔法発動したまんまになってんのかな〜とか思いつつ、あったかくなれ〜と念じて摩る方向に変えた。
体温低すぎるとなんかやばいんじゃなかったっけ?
……今やばいのでは!?
ハッとなってもっとギュッとして摩る速度を上げていく。
どーしておれは炎魔法使えないんですかねぇええええ!!
「ヴァルムント様、大丈夫ですか? ヴァルムント様!」
まっじで1ミリたりとも微動だにしない。……ちょっと誇張したわ。
反応がないのはガチなので、これはお医者さんに診てもらうのが一番なのではと思い始めた。
……でもお医者さんで解決できる問題ではなさそうだし、離れて呼びに行くのもなんか違う気がして。
色々考え込んでいたら、ヴァルムントが緩慢ながらに動き出した。
「ヴァルムント様?」
抱きしめるのをやめて一歩下がると、ヴァルムントはゆっくりと上半身を起き上がらせていく。
起き上がって見えたヴァルムントの瞳は、いつもなら綺麗なのに今は暗く濁っている。
表情も固くて物々しい雰囲気が増していた。
「……カテリーネ様」
声も地の底から発せられたかと思うほどのもので、本当にこんなヴァルムントは見たことがなかった。
ぶっちゃけ怖い。
が、カッコいいと思ってしまっている自分がいて、ちょっと嫌……。
ヴァルムントくん病んじゃってるんだからしっかりしなさい!!
「ヴァルムント様、お身体が冷えています。陽の光にあたりながら暖をとった方がよろしいかと……」
「カテリーネ様」
ヴァルムントの両手におれの手を添えてから外に出ようと促すと、逆にヴァルムントがおれの手を掴んできた。
うひぃ、マジで冷たい……。
「カテリーネ様……」
うわ言のようにおれを呼び、その両手でおれの手を包み込んでいく。
最初こそ優しい手つきだったのに段々と力が増していっている。
どっ、どうしたん? まじでどうしたん!?
けどここで拒否しちゃったら取り返しのつかないことになりそうな雰囲気があったから、必死に伝わってくる痛みを耐えた。
「ヴァルムント様、わたくしはここにおります。夢や幻ではございません」
「……っ、……!?」
ヴァルムントの目が大きく見開かれたかと思うと同時に手を離され、瞬く間にヴァルムントがテントの端っこまで後退していた。
あまりの速さにびっくりしつつヴァルムントの顔を見ると、先程とは打って変わって青ざめた表情になっている。
「もっ、申し訳ございませ……!」
「何がでしょうか? わたくし、ヴァルムント様に手を握られて……、嬉しかったです」
あの、その、えーっと、痛かったことは本当だよ?
本当だけど、……その、えと、おおおおおおれの手を離したくないって感じがして……。
そのぉ……、はい。
は、恥ずかしい! 言わせんな!
「ですが、あまりにも力が……」
苦い表情になったヴァルムントは俯き、首を横に振った。
力入り過ぎちゃって後悔してるの?
試合でしてたことも同じ後悔をしてたりする?
歩いてヴァルムントへ近づいていき、両手でヴァルムントの冷たい両手を掴んだ。
「ヴァルムント様」
「……はい」
「わたくし、力の強い男性が好きです。……だ、大好きな、ヴァルムント様が強くなられていて嬉しく思っております」
なんで力が強くなって恐れているのかは分かんない。
でも恐れたままだと、ヴァルムントの辛い状態が続くのが目に見えている。
苦しい日々を過ごしてほしくないから、おれはヴァルムントの力を肯定しようと思ったのだ。
……本当にかっこいいって思ってるよ! 力 is パワー!
そしておれは手を握るのをやめて、ヴァルムントに抱きつきにいった。冷えっ。
「ヴァルムント様。わたくしは壊れません。ヴァルムント様が壊しすぎることもありません。だって、わたくしやお兄様方がいるのですから」
力が出過ぎて怖いって思っているんなら、必ずおれ達が止めてみせる。
制御ができるまで何度だってやる。
だって、おれ達はヴァルムントのことが大好きなんだから。
「……カテリーネ様」
少し滲んだ返事が返ってきてから、恐る恐るといった感じでおれの背中に手が回ってくる。
柔らかくおれをぎゅっとしてきたその腕は、暖かいものへと変わっていたのだった。




