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おれ達は次の試合が始まるまでの間、お兄様の護衛が先頭となって入った休憩室へ一度引っ込み椅子に座っていく。
侍女さんが用意してくれた紅茶を飲みながら、お兄様からのお叱りを受けた。
「カテリーネ〜。宣言したかった気持ちは分かるが、やったのはよろしくなかったな」
「はい……」
それはもう十分に分かってます……。
観客から拍手はされたものの、場合によってはブーイングがきただろうからなぁ。
今国家を建て直している最中にそういうことが起こるのはよろしくない。
「結局こちらが何を言おうと注意しようと、勝手に憶測や邪推をするのは止められない。……ま、今回でお前達が熱々なのはじゅ〜ぶん周知されたとは思う」
おれも分かってるよぉ! うわぁん!
それでもってニヤニヤしないで〜っ!
しょげて俯いていたら、お兄様はわざとらしい声をあげてこう言ってきた。
「あ〜あ、いいなぁヴァルムントは。俺もカテリーネに愛してるって、みんなの前で言われたかったな〜。ずるいなぁ〜〜〜、おれもな〜〜〜〜〜」
す、拗ねてる……。
ちらっとお兄様を見たら完全に不貞腐れてる顔をしていた。
ヴァルムントくん聞いてたかどうかも分からないっていうのに!
……ゲオフさん、ヴァルムントのこと見つけられたのかなぁ。
この休憩時間でヴァルムントと会うことができないと不安でしかない。
とはいえ今のおれは何もできないし、お兄様の要望に応えてあげることにした。
「……お兄様。わたくしはお兄様を愛しております」
「……もう一回」
「わたくし、お兄様が大好きです」
「もう一回」
「お兄様がわたくしのお兄様で良かったと思っています」
「もう一回」
「ディートリッヒ様、カテリーネ様がお困りですよ……」
何度もワンモアを繰り返すお兄様へ、お兄様の護衛の人が声を上げた。
対するお兄様はおれからの言葉に満足できたのか、えへえへしながら腕を組んで頷きを繰り返している。
「ふ、ふふっ、ははははは! 俺も愛しているし、大好きだし、お前が妹で本当にお兄ちゃんは嬉しくて嬉しくてたまらなくてな……! 俺はお前が一番綺麗で可愛い存在だと思っているからな〜!」
「お兄様……」
確かにおれは紛れもなく美少女ではあるが、お兄様の場合は贔屓目が天元突破しているのが分かる。
前も似たようなこと思ったけど、ま〜じでこの人結婚できるんだろうか……。
妹としてはそこがとっても心配です。
不気味な笑いをし続けているお兄様を不安な気持ちで見つめていると、扉のノック音が室内に響いた。
侍女さんが対応に出ると、二言三言会話をしておれ達にこう伝えてくる。
「ゲオフがヴァルムント将軍を発見されたとのことです」
「分かった。ゲオフを入らせてくれ」
お兄様の言葉でゲオフさんが入室をして礼をする。
そうしておれ達の近くまで寄ってくると、厳しげな表情で口を開いた。
「ヴァルムント様を発見いたしましたが、あまり良い状態とは言えません……」
「……良い状態ではない、とは具体的にどういうことだ?」
「ヴァルムント様は……その、今回の警備兵用にある仮設テントにいらっしゃいました。人のいないテント内で、椅子に座って俯いている状態でして……。声をかけたのですが、これといった反応が返ってきませんでした」
あのドがつくほどの真面目なヴァルムントくんが反応しない……?
全然知らない人相手ならまだしも、ゲオフさんはヴァルムントの部下だ。
ヴァルムントがおれの護衛を任せるほど信頼をしている相手に、無言を返すだなんて考えられない。
そりゃぼーっとしてる時とかもあるとはいえ、この状況では流石に? ってなる。
「控え室に戻らないかと提案もしてみたのですが、無反応のままでした。私1人ではヴァルムント様をお連れできない為、近くの兵士に見張りを依頼して戻った次第です」
う、うーん。相当深刻そう……。
そんな状態だと隠し階段のある部屋に来てもらうのは厳しいだろうし、そもそも決勝に出られるかも怪しく思える。
どうやってヴァルムントの元へと行けばいいのか悩んでいると、お兄様が「よし!」と言って立ち上がった。
「お兄様?」
「この大会は俺達皇族が主催となっている。そうだろう?」
「は、はい……」
「俺らは裏側でも、手配やらなんやら負うべき責任というものがある。賞品についてもそうだ」
話が見えなくて目をパチパチさせながらお兄様を見ていたら、俺を安心させる為の笑顔を向けてきた。
「いざ誰かが優勝をしました! 賞品贈呈! ってなった時に賞品を拒否されたら、空気が最悪になるかもしれないよな?」
「そう……、ですね」
ヴァルムントもヘルトくんもその辺はちゃんと分かって参加してるから、拒否はしないとは思う。
けれど、お兄様が言いたいことはきっとそうじゃない。
「その場で治めるのが俺らの役割って言われたらそうなんだがなー。だが、想定外の物事は起きないのが一番だ」
不測の事態が防げるなら防いだ方がいいからねぇ。
うんうんと頷いていたら、お兄様は手のひらでおれの肩をとんとんとした。
「だから今から俺達は、決勝戦に出場する者に『賞品を受け取る意志があるか』を確認しに行く! ただの最終確認ってやつだから、堂々と行くぞ~」
「えっ……。……え?」
「俺はヘルトのところへ行くから、カテリーネはヴァルムントを頼む。なんてったって、賞品については『家族』にも関わってくるからな~?」
そうお兄様はニヤニヤしてから、護衛を連れて外へと出て行ってしまった。
お、お、お兄様ー!? そんな、えっと、あの、お、お兄様ー!?
おれが戸惑っていると、カールさんとゲオフさんが部屋に入ってきておれの近くに立って言葉をかけてくる。
「ほな行きましょか、カテリーネ様」
「で、ですが……」
「ディートリッヒ様が仰っていた通り、正々堂々と向かっていれば怪しいと思うことは少なくなります。そういうものだと人間は思ってしまうのです」
そ、そういう話じゃなくて!?
あれやこれやと考えが頭の中でぐるぐると回っていってから、じわじわとお兄様の優しさが身に染みてきた。
お兄様は方便を使って、おれとヴァルムントを会わせる機会を作ってくれたのだ。
愛してるって言い足りなかったなと思いながら、ゲオフさんの案内でヴァルムントの下へと向かっていくのだった。




