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観客が飽きそうになるほどツィールが押して押して押して押して……の展開が続いていたものの、受け流すだけで何もしてこないヘルトくんに痺れを切らしたらしい。
ツィールはあえてヘルトくんから距離を取り始めた。
ヘルトくんを睨みつつ、長く深い息を吐いてから一気に駆け抜けて勢いをつけていく。
「許すものかああああ!!」
激昂の籠った叫び声が響き渡り耳に届く。
同時にヘルトくんに向かって流星の如く素早い渾身の一撃が放たれた。
考えられないくらい速すぎて受け流すのは無理だと思った瞬間、ヘルトくんは初めての行動を取る。
「やああああああ!」
剣に炎を纏わせて横に流すように振り、レイピアの先端を焼き落としたのだ。
逸らされた衝撃でツィールもヘルトくんに振られた方向へ吹っ飛んでいき、レイピアも遠くへ投げ出されてしまった。
「ん? 今ツィール魔法使ったか?」
え? あの速さってそういうこと??
まさかあれって初期に覚えてた魔法剣技だったりする?
おれが目を白黒させていると、もうツィールを戦えないと判断した審判が終わりの合図を告げようとしたのだが。
「まだだよ」
何故かヘルトくんが止めてしまった。
困惑した審判が思わずお兄様を仰ぎ見ると、お兄様は止めなくていいと無言で頷きを返す。
い、いいんだ……。
そしてヘルトくんは平静な表情のまま、勢いで地面に倒れてしまったツィールに言葉を投げかけた。
「テレルさんから聞きました。あなたはグスタフ将軍が息子のように思っていた人だって」
テレルって誰……? となっていたらお兄様が補足してくれた。
グスタフ将軍の領地で家令をしていた人で、今は領地の代表になっているんだとか。
「僕はあなたにとってグスタフ将軍の仇です。それは間違いありません。だからどれだけ気持ちをぶつけてくれても構いません。僕はそれを承知の上でここに立っている」
へ、ヘルトくん、君までそんなことを……。
主人公してて大変かっこいい……けれども、お姉ちゃんは色々心配だよ~~~!
おれがえぐえぐしている中で、ヘルトくんは少し目を閉じてからゆっくりと目を開いた。
「……僕はグスタフ将軍と一度戦っただけの人間です。たったそれだけですけど、僕には分かります。グスタフ将軍は国を想っていた人でした」
「……当たり前だ」
地面に顔を向けたままツィールがそう返事をし、腕を立てて起き上がっていく。
見えた顔は険のある表情から変わらず、ヘルトくんを睨んでいた。
「……オレだってグスタフ様が己の誇りと国の為に戦い続けたのは分かっている。……だが! ならば、ならばどうして早く戦争を止められなかったんだ! グスタフ様が生きていればもっと国は良くなったはずだ! 何故皇女は早く出てきて戦争を終わらせてくれなかったんだ!!」
とんでもねえ流れ弾がこっちに来たんですけど!?
小さな声でお兄様が「あ?」と呟いたのが聞こえた。お、抑えて〜。
確かにおれは戦争が和解で終わるきっかけにはなったかもしれない。
あくまできっかけね、きっかけ。
終わらせたのはお兄様とヘルトくんだから。
でも仮におれが早く事実を知ってお兄様の元へ行ったとしてもだよ?
お兄様が応じるかどうかは分からないし、解放軍側も血気盛んなままで「そのまま戦うぜ〜!」ってなってた可能性もある。
後からちょこっと聞いた話では、お兄様を攻めに来た頃は解放軍側も結構疲れてたらしい。
そらね、皇都攻めた後で合間がそこまでない期間でしたからね。
アドレナリン放出で疲れていると気が付いてなかったんだろうな。
……今のおれは今の過去があるからここにいて、もしもの話をされてもその時点に戻ることもできない。
だから、結局は当人が現実を受け入れることができるかどうかなんだよな〜……。
これどうやって説得すればいいの? って思っていたら、なんとヘルトくんが剣を持っていない手でツィールをぶん殴った。
ヘルトくん!?!?
「ならあなたがグスタフ将軍を止めればよかったんだ。みっともなく追い縋って、何と言われようとやればよかったんだ! それができなかったから今がある! 自分が止めれなかったことを姉さ……カテリーネ様に押し付けないで!」
あ、あまりにも強すぎる正論パンチ。
正しいが故にそのパンチは痛すぎるよヘルトくん。
ツィールが顔をくしゃっとさせて歯を食いしばっている。
反論できないあたり、その辺は無意識に自覚はしていたんじゃないかな。
けれど耐えられなくて誰かのせい……、おれ達のせいにしちゃんたんだ。
気持ちは分かるよ、気持ちはね。
「あなたが今すべきことは僕達に八つ当たりをすることじゃない。……あなたには、グスタフ将軍から託されたことがあったんじゃないんですか?」
ヘルトくんの言葉に目を見開いたツィールは、少し俯きながら拳を強く握りしめた。
多分、グスタフ将軍からの国を支えてくれって言葉を思い返してるんだろう。
ツィールはしばらくの間、目元に手をやり黙って考え込む。
そうして決心がついたのか頭を上げてヘルトくんを真っ直ぐに見た。
「……すまなかった。お前の言う通りで、これはただの八当たりでしかない。グスタフ様はご自分が選んだ道を信じて進まれた。止められなかったのは、オレだ……」
「信念を持っている人を変えるのは難しいです。僕はそれを、戦争の中で沢山感じました。だからあなたが悪い訳じゃない」
「いいんだ。ありがとうな。……皇帝陛下! 皇女殿下!」
ツィールはヘルトくんに苦笑いを返してから、おれらのいる場所を見上げて声を張った。
なっ、ななななんですかっ!?
ちらっと見たお兄様の顔は、真顔だけど絶妙に嫌そうな表情をしている。
遠くから見たらバレないだろうけども……! おれは気にしてないから!!
「申し訳ございませんでした! オレは、恥すべき存在です。グスタフ様から課されたことも達成できず、中途半端に投げ出してここに来て……。このままでは国の役に立つことすらできません。ですが、オレが国の役に立てるほどの男になった時は、どうかあなた方にお仕えさせてください……!」
ツィールの深い深い礼がおれらに向けられる。
おれはツィールがいい方向に向かってくれたし、全然オッケーだ。
問題は……はい。まだ微妙に不機嫌そうなお兄様なんだよなぁ……。
お兄様もここで拒否るのはダメだと分かっているらしく、口の端をヒクヒクさせながらも言葉を投げかけた。
「俺も恨まれて当然の立場だ。だからこそヘルトの言う通り、いくらでも気持ちをぶつけてくれて構わない。それが俺の責務だ。いくつ気持ちをぶつけられたとしても、このツィールのように国を想ってくれるならば何であれ歓迎をしよう! 俺はかつての皇帝とは違う! 皆と国を豊かにする為に俺はここにいるのだ! ここにいる全ての者達よ! 俺に力を貸して欲しい!」
お兄様の言葉に、固唾を飲んで見守っていた観衆がワッと大きな声を上げる。
ツィールは顔を上げて涙を堪える表情をし、ヘルトくんは良かったと微笑んでいた。
こ、これでツィールの件に関しては一件落着……でいいのかな?
ほっと息をついた後に、おれはあることに気がついた。
このままおれが口を挟まず終わらせたら、おれとツィールの噂がまた変な方向に発展しないか……? って!




