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TS生贄娘は役割を遂行したい!  作者: 雲間
TS元生贄娘は誤解を解きたい!
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拾捌



 何故、そこに平気な顔をして立っているのだろうか。



 ◇



 強い日光が降り注ぐ石造りの簡素な広場で、カランと構えていた剣が地面に落ちる音がする。

 目の前には槍でオレの剣を弾き飛ばした熟年男性の緑の鎧を着た領主様──グスタフ様がいた。

 グスタフ様はクルッと槍の石突を地面に突き立てると、オレに言葉を投げかけてくる。


「まだまだなっとらんな、ツィール。お前ももうすぐ17の身だ。精進せよ」

「……はい」


 深い息をついてから額に流れる汗を袖で拭い、飛ばされた剣を拾う。

 何度も整備したこの剣もそろそろ使い物にならなくなりそうだ。

 いくら次の物をグスタフ様からいただけるとはいえ、使い捨てのようになるのは申し訳なくなる。

 捨て子で行くあてのないオレを才能があると拾い育ててくれてた以上、期待に応えるべく更に精進しなければ。

 今だって領地へと帰った隙間の時間に、オレのことを見てくれているのだから。

 もう一度剣を構え、グスタフ様に再度挑みに行く。


「お願いします!」

「ゆくぞ!」


 体は疲労を訴えているのを無視し、全力を尽くして剣を振る。

 同じ時間戦っているはずだというのに、グスタフ様は全く疲労を見せず反撃をしてきた。


「甘いッ!」

「ぐっ……!」


 オレよりも強い力で押されて剣を持つ腕が震えていく。

 弾き返そうと奮闘するが、やはりグスタフ様の力には逆らえずに押され切ってしまう。

 そのままわざと後ろへと下がり斜め下からの奇襲を仕掛けようとしたが、グスタフ様は常にオレの上をいく。

 分かり切っていたかの如く、そこには槍が構えられていて簡単に返されてしまった。


「こうだ!」


 再び剣が宙を舞う。

 完全にグスタフ様にしてやられて、オレは地面に寝転んだ。


「くそっ……、オレは、全然、まだまだ……!」

「今日はこれで仕舞いだな。……前よりは返せるようにはなっておる。その成長は自分で認めてやらねば、更に上へはいけんぞ」

「……っ、はい!」


 大きく返事はしたものの、それ以降は呼吸をするので精一杯になってしまった。

 こんなんじゃまだまだ追いつけない。

 自分の未熟さに腹を立てながらも、上半身を起こしてグスタフ様を見る。

 今日は訓練終了後に大事なお話があると伺っていた。


「……グスタフ様、お話とはなんでしょうか」

「ああ、そうだったな」


 グスタフ様は槍を立てからオレの目を見つめながら、いつも通りの様子でこう告げてきた。


「ツィール。お前には才能があると話したな」

「……はい」

「その才能を磨く為に、イブラント国へ行ってこい」

「……はい?」


 イブラント国がどんなところかは、グスタフ様の家令から色々と教養を叩きこまれたので知っている。

 この国からかなり遠い位置にあり、魔術大国として有名な場所だ。

 魔術を学ぶ為の学校が存在していて、魔術師として大成したい者はこぞってイブラントへ向かう。

 正直な話、オレとは縁が遠い……いや、全くないと思っている。


「吾輩の古い知り合いがそこにおってな。紹介状は吾輩が出す。そこで修行をするのだ」

「なっ、何故今なのですか!? 今は状況が良くありません! オレはグスタフ様と共に戦いたいのです!」


 皆薄々感じ取っているが、帝国は瓦解し始めている。

 解放軍が結成されて小さな争いが起こっているとも聞いたし、このヒビはどんどん大きくなるだろう。

 たとえ解放軍が倒れたとしても第二第三の解放軍が発足され、貴族内での大きな反発も起こり得る。

 それくらい皇帝ウベルの悪行は極まっていた。

 皇子であるディートリッヒ様は希望ではあるものの、まだ力が足りない上に皇帝からの妨害を多々受けている。

 立ち上がるにはあまりに機が熟していない。

 このままいけば、国は滅びてしまうのではないかとさえ思っている。

 皇子派はもう少し耐えれば……、と言っているがそれは一体いつになるのだろうか。

 何時どんなふうに本格的な戦が始まるか分からない中で、オレだけ違う国へ行くなど出来るわけがなかった。

 オレはオレを拾ってくれたグスタフ様のお役に立ちたい。

 ただそれだけだ。

 その為に今まで生きてきた。

 抗議をするオレに、グスタフ様は数度瞬きだけを返してくる。


「吾輩はこの国の為に生き、この国の為に死ぬ。たとえどのようなことがあろうと、この国を守る為に戦う。それは、お前も分かっているだろう」

「……はい」


 グスタフ様は頑固だ。

 皇帝の行いが悪逆非道であると分かっていながら、皇帝の命を受けて反発する人間を粛清したことは一度や二度ではない。

 粛清を喜々として行う紅翼や黄翼ならまだしも、蒼翼のように腰抜けと言われようとも躱せばよかったのだ。

 それをしない……いや、できないグスタフ様は愚直と言わざるを得ない。

 最後まで皇帝の楯であるのが緑翼なのだと信念を貫いている。

 オレを含めた周囲の者がどれだけ説得しても変わらないので筋金入りだ。

 ……そんなグスタフ様だからこそ、オレ達がどうにかしたいとついていっているのもある。


「だが吾輩もこのままではいけないことは分かっておる。だからこそ、緑翼を継げる者としてお前を育てている。いつかディートリッヒ様に仕え、国の為になる働きをしてくれればと」


 現在の将軍は名のある者が勝ち取るものとなっており、子が引き継ぐ形式ではない。

 紅翼と蒼翼がその形式を保ってはいたが、紅翼は途切れ、蒼翼はヴァルムント様が取り返す形になってはいる。

 だからこそグスタフ様は、オレを『自分のようにはならない』次世代として見出し育ててくれている。

 オレがしっかりとした成長をしなければ、緑翼は誰かに取られてしまうだろう。

 そんな風になってしまった暁には、オレはオレを一生許せないことになる。


「しかし、お前はまだ成長途中だ。仔細を任せるには程遠い。より成長する為にイブラントへ行ってこい。そして、吾輩を驚かせてみせよ。ディートリッヒ様へ紹介したいと思うほどにな」

「ですがグスタフ様! オレは……!」

「くどい! 行けと言っておろう!」


 ガツンと頭に響く怒鳴り声に、オレは思わず瞼を閉じた。

 こうなったグスタフ様はどうやっても止められず、相手が折れるまでずっとこのままだ。

 オレとしてはグスタフ様の傍にいたいのに、このままいたらいつまでも怒鳴られ続け無理やり追い出されることになる。

 はぁとため息をつき、立ち上がってグスタフ様の前に立った。


「……分かりました。イブラント国に行きます。行って、必ず成長をしてみせます。貴方から緑翼を継ぐ為にも」

「それでいい。くれぐれも4年は戻ってくるな」

「よっ、4年!?」


 精々1年程度だと思っていたのに、4年!?

 そんなにも年月があったら国がどうなっているか分からないというのに、4年!?

 目を見開いて抗議をしたものの、グスタフ様ははんろんを許さない雰囲気を出しており取り付く島もない。


「いいか、ツィールよ。我が国がどのような状況であると聞いても、決して戻ってくるでない。これは吾輩とお前の一生の約束だ」

「ですが……!」

「吾輩はお前が立派になり、国を立て直す礎となってくれると信じておる。だからこそ、吾輩はお前の才能を花開かせることができる者にお前を頼むのだ。……分かるな?」

「……分かり、ました」


 オレは、グスタフ様の要望に応えたい。

 グスタフ様から認められるほどの強さを持った男になりたい。

 そう思って、グスタフ様の書いた紹介状を持たイブラント国へ行くことになった。



 ◆



 イブラント国にきて一年。

 成長をする為にきたはずなのに、オレは紹介先の人が主となっている書斎の整理整頓を行っていた。


「いつになったら戦ってくれるんですか!?」

「ん〜、まだだねえ」


 老年のザガリー師匠は椅子に座って長い髭をいじりながら、のんびりとした口調で言ってくる。

 半目で師匠を見ると、着古したローブの端がボロボロになっているのも見えてゲンナリとした。

 いい加減新しいものに替えてもらいたいのだが、お気に入りだからと替えてくれない。

 最初に会って実力を疑った時は圧倒的な魔術でオレを翻弄して、『強者』というものを見せつけてかっこよかったというのに……。

 つくづく老獪な人だとも思う。


「くる日もくる日も書類や本の整理整頓に掃除に授業の補助! オレは強くなりにきたんですよ!?」

「うんうん、そうだねえ」


 オレの主張などいざ知らずといった様子で、髭いじりを続けている。

 腹の底から息を吐きながら、オレは書類整理を続けた。

 ザガリー師匠は学校にて魔術を教える講師をしており、その授業を行う為に必要なものの準備までさせられている。

 授業もザガリー師匠の隣にいる関係で聞くことになっているし、お陰で使えもしない魔術について詳しくなっていた。

 魔術師を相手として戦うことはある以上学びにならないとは言わないが、それよりもすべきことがあると思っている。

 とはいえ文句を言っても全然変わらないので、仕方なく合間合間に素振りや魔物狩りに行っていた。

 これがグスタフ様の命でなければ今すぐ国に帰っているというのに……。

 帰ったが最後、とんでもなく怒られ殴られイブラントに返されるのが目に見えている。

 今日も大きなため息をついて、紙に手をつけていたのだった。



 ザガリー師匠の講義が終了し、片付けをしている時のことだ。

 時々話をしたりする生徒達が心配そうな顔をしてオレにやってきた。


「どうした?」

「あの……、知ってますか?」

「何をだ?」


 生徒達は互いに目を合わせて戸惑いながら、またオレへ顔を向ける。


「えっと、帝国の将軍が倒されたって話を聞いたんです」

「だから大丈夫なのかなって思って……」


 一瞬、息が詰まった。

 だが国にはグスタフ様以外の将軍もいることを思い出し、確認をしていく。


「……将軍って、どの将軍だ?」

「え? そんなにいるんですか?」

「将軍が倒されたってくらいしか知らなくて……」

「ああ、いや、ごめん。ありがとう。オレの方で詳細を確認するよ」

「あの……、ごめんなさい」

「いいって」


 生徒達に笑顔を向けてから、急いで片付けをして荷物をまとめて持つ。

 ザガリー師匠を置いて教室を早足で出ると、酒場へ向かって一気に駆け出した。

 傭兵ギルドでもいいが酒場の方が情報を傭兵かは聞き出しやすい。

 酔っ払って口が軽くなっている。

 たまに対戦相手を見繕っている馴染みの酒場に辿り着くと、いかにも長旅をしてきた人物に話しかけて情報収集を始めた。


「……やばいな」


 情報収集を終え、ザガリー師匠の屋敷に帰りながら集めた情報をまとめていく。

 倒されたのは紅翼で肩の荷は降りたものの、どうやら前紅翼将軍の息子が解放軍の頭となって倒したのだという。

 どう考えても解放軍の勢いが増す情報である。

 オレはあんまり知らないが、前紅翼将軍は民に慕われていて、皇帝と対立した末に処刑された人物だ。

 その息子となったらいい旗印だし、悪行を働いていた紅翼──ファイクリングを倒したとなれば、今まで不満を募らせつつも潜んでいた者達が解放軍の下へ結集していくだろう。

 情報を聞いた者がこの国に辿り着くまでの日数を考えると、おおよそ1ヶ月から2ヶ月前近くの出来事のはずだ。

 今頃はその先──黄翼や蒼翼、緑翼将軍であるグスタフ様に怒りの矛先を向けているかもしれない。

 帰りたい気持ちでいっぱいになったが、ザガリー師匠に何も教わっていない状態のオレで力になれるのかという疑問が湧いてきた。

 ファイクリングは色々悪行を重ねてはいるものの、将軍になるだけの実力はある。

 それに及ばない自分が行ったところで何になるのだろうか。

 今のオレはグスタフ様の期待に応えられる強さを持った男ではない。

 当然だ、何もザガリー師匠から教わっていないのだから。

 4年とは言っていたが、きっとザガリー師匠から認められるほどの強さを持っていればきっとグスタフ様も許してくれるだろう。

 そう信じて、再度修行をザガリー師匠に直談判すべく足を進めていったのだが。


「今の君と戦ってもね、ダメなのはすごーく分かるんだよね」


 帰ってからそんな言葉ですげなく却下され。

 一体祖国がどうなっているのか知りたい状況下のまま、その日は終わってしまった。



 ◆



 半年ほどの時間が過ぎ去った頃。

 オレは戦えない不満が高まり、知ることができない負荷が多くのしかかっていた。

 しかも何故か使えない魔術の基本発動を学ばされている。

 理由を問いただしても笑うばかりで意味が分からずイライラも募っていた。

 そうして茫然とする日々が続いていた時に、とうとうその報がオレに届いてしまう。


 ──緑翼であるグスタフ将軍は解放軍に敗れ戦死した、と。


 ……グスタフ様が折れることなく解放軍に立ち向かうのは、分かっていた。

 だからこそ最期まで己の信念を貫いたグスタフ様を、オレは……、……オレは、讃えたいと思う。

 心の奥底から出かかった言葉を抑え、オレはただただグスタフ様の『強さ』を賞賛した。



 オレは、グスタフ様から託された約束を果たさなければならない。

 その為に意気消沈しながらも意味のない教えを受け、事務的に片付けをし。

 率先して情報を集めに行くこともなく、虚しさを抱えながら緩慢と月日を過ごしていた。

 オレを励まそうとした生徒から受けた情報は、酷く衝撃的なものだった。


 皇帝は倒されたものの、皇子と解放軍が和解をして戦争は終結をした。

 そのきっかけは隠されていた皇女による助力によって齎されたもので、平和に導いた聖女様であるのだと。

 訳のわからない情報に混乱し、授業が終わってから近頃は全く行っていなかった酒場に直行をした。

 生徒の言っていることは真実で、内容は全く変わらないものだった。


 ……何が聖女だ、何が和解だ!

 そんなことで戦争が終わるのであれば、グスタフ様が亡くなるより前にできただろう!!

 だったらグスタフ様が亡くなる必要はなかったはずだ!!

 オレは、オレは……、オレが報いたかったのは、グスタフ様だというのに。


 折角戦争が終結したのだから喜ぶのが普通だと言われようとも、オレは許すことができなかった。

 ……そうだ、許せないんだ。

 のうのうと生き残っている皇族が、皇子が、突然出てきた皇女が!

 グスタフ様を殺し、皇族と手を取り合っている解放軍が!


 心の赴くままに屋敷へと帰り、書斎で書類を読んでいたザガリーに声をかける。


「オレは国に戻ります。……お世話になりました」

「グスタフとの約束はいいのかい?」

「……それよりもやるべきことがオレにはあります」

「ふむ……。ならアレだねぇ。戻ってきたらまた声をかけてねえ。僕はいつでも歓迎するから」


 そう言うザガリーの言葉を背中に受けながら、オレは国への道を歩んで行った。


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