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ヴァルムントの試合が終了したのだけれど、辺りはまだヴァルムントの強さに興奮して騒がしいままだ。
幽鬼のごとく会場を立ち去っていったヴァルムントの後ろ姿を、おれはただ見送ることしかできなかった。
ヴァルムントは最初は普通に戦っていたものの、途中から雰囲気がおかしくなっていった。
お兄様いわく、やっぱりオシフさんが何かを話しかけていたらしい。
段々とヴァルムントに焦りが見えていき、しまいには会場の地面を氷の海原にしてしまった。
オシフさんはそれで動けなくなってて、最後にはヴァルムントの勝利が確定したんだけれど……。
……なんか、その、鬼気迫る様子すぎて素直に喜べなくて。
思わず声を出して名前を呼んじゃうくらいには、止まって欲しいって思った。
観客はヴァルムントの出力に大興奮してざわめいていたし、声届く訳ねーのにな!
でも出ちゃったもんは仕方ないって!
それよりもヴァルムントに会わないとダメだと思って、おれは椅子から立ち上がった。
「……少し席を外してもいいでしょうか? わたくし、休憩をいただきたく」
「おう、気をつけてな~」
お兄様はおれがヴァルムントのところへ行くと分かっていながらも、ひらひら手を振り見過ごしてくれる。
おれは侍女さん達と護衛を連れて、ある場所へと向かって行った。
本当なら直接ヴァルムントの控え室に行きたい。
最初はさぁ、侍女の恰好して堂々と行けばバレないんじゃね!? って思ったんだよ。
でもねぇ、あまりにも特徴的すぎるオッドアイがネック過ぎて……。
その上おれって美少女皇女様じゃん?
あまりの美少女オーラでバレバレになるからダメだって気が付いた。悲しいね。
な! の! で! 事前に密会に最適な場所を休憩所として見繕っておいたのだ。
……緊急脱出用の階段が存在する部屋だったり。
あんまり気軽に使っちゃいけないのは分かってるから、今回ばっかりは許してほしい……。
おれはその部屋の椅子に座って待機し、今度はゲオフさんにヴァルムントを呼びに行ってもらった。
ガチでやる気! って顔でゲオフさんが「何としてでも連れて参ります」と言ったからだ。
その言葉を信じてゲオフさんを送り届けたものの、ゲオフさんはすさまじく難しい顔をして帰ってきてしまった。
「申し訳ございませんカテリーネ様。ヴァルムント様が控え室に戻っていませんでした……」
ああ~~~! 恐れていたことが……。
ヴァルムントは兵士さんに、何処へ行くのかも告げずに出て行ってしまったらしい。
普段のヴァルムントくんなら絶対に何処いくのか告げているはずだ。
隠密に動くとかでない限り律儀だし。
「他の兵にヴァルムント様が何処へ向かわれたか確認をしておりますが、いつ報告が上がってくるか……」
「……そうですか」
ヴァルムントは目立つ存在だし、見つからないってことはないだろうけども時間がなぁ……。
口元に手を当てながらどうすればいいか考え抜いた結果、おれは胸に手を当ててヴァルムントとつながっている『糸』を意識する。
雪山での応用をできればと思ってさぁ!
あの時はこいこいって糸を引っ張ることしかしてなかった。
今度はこう……糸の先を探るような……、そんな感じをイメージして……。
集中する為に目を閉じ、どの辺にいるのかを確認してみた。
「あ……」
「……カテリーネ様? いかがなさいましたか?」
ゲオフさんがおれを心配して声をかけてくれているけど、大丈夫だって言える余裕がなくなってしまった。
途中までは上手くいって、大体西の方にいるなーって辿れていた。
けれどおれから遠くなるにつれてゴニャゴニャっとした感覚になって、辿ることができなくなってしまったのだ。
それが分かった瞬間、棍棒で心臓をぶん殴られたような気持ちが襲いかかってきた。
「カテリーネ様、なっ、泣い……!? ……も、申し訳ございません! もう一度探しに行って参ります!」
「ち、違うのです……」
いつの間にか涙が目からこぼれ落ちていく。
ヴァルムントの本心なんて今分かる訳ないのに、拒絶されている気がしたのだ。
大体おれの勝手な想像だし、辛いのは様子のおかしいヴァルムントの方に決まってる。
リージーさんから差し出されたハンカチで涙を拭い、ゲオフさんに顔を向けてお願いをした。
「ヴァルムント様はおそらく西の方にいらっしゃいます。そちらを重点的に調べていただけますか?」
「……はい! 勿論です」
すぐに会えない以上、ここにい続けても意味がない。
おれが探しに行ったら護衛がいても囲まれるのがオチだし、ゲオフさん達に任せて戻ることにする。
席に戻るとお兄様が開始待ちで肘掛けに寄っかかっていたが、おれが戻ったのが分かると顔をこちらに向けてから目を見開かせた。
「……カテリーネ? どっ、どうした? 何があった?」
お兄様は慌てて立ち上がりおれの傍に寄ってきて、指先でおれの目元を触ってくる。
ちょっと泣いただけなのにどうして分かるの……。これはこれで怖いよ。
「大丈夫です、お兄様。これは問題ございません。……それよりも、ヴァルムント様が控え室にいらっしゃらないそうなんです」
「……ヴァルが? そりゃあ……、変だな」
お兄様は腕を組んで苦い顔をしてから、ひとつ息をついて軽く首を横に振ってからこう言った。
「探させてるんだろ?」
「……はい」
「なら俺らは待つしかない。大丈夫だ、次の試合もあるし休憩時間も長くとってある。その間に必ず見つかるさ」
お兄様は軽く微笑みながらおれに肩を寄せてから、頭をポンポンとしてくる。
お兄様だって親友のことが心配なはずなのになぁ。
なんだか慰めてもらってばっかりだ。
「お兄様、いつもありがとうございます」
「お礼を言うのは俺の方なんだよな〜。ほら、座ろう」
「はい」
お兄様に促されて椅子へと座っていく。
少ししたらヘルトくんと……、ツィールの試合が始まる。
おれはごちゃ混ぜの気持ちを抑えながら、黙っていることしかできなかった。




