XVI
許せなかった、それだけだった。
◆
「ヴァルムントさま、お時間です」
「ああ、今行く」
軽い食事だけを済ませ、水分補給をし。
武具の点検を再度したところで係員が私を呼びに来た。
全てが問題ないことを確認してから、控え室から会場へと歩いていく。
入場をすると観客からの大きな騒めきが私を迎えてくる。
反対側の入り口からは、今回の対戦相手であるオシフが同じく入場してきていた。
相手は帝国の一般兵であり、特別に功を立てた記録も残っていない。
だというのにここまで勝ち上がってくるのは意外に思えた。
多少なりとも腕があれば私の耳に入ってきたはずなのだが。
……ともあれ、全力でいくことに変わりはない。
私の様子がおかしいと心配をかけてしまった以上、完璧な試合をこなす。
目線をカテリーネ様方がいらっしゃる方向へ向けると、お二人が神妙な面持ちでこちらを見ているのが見えた。
自分は大丈夫であると知ってもらう為、カテリーネ様へ勝利を捧げんが為に所定の位置へと進んでいく。
反対側で薄く微笑むオシフに向かって剣を構え、審判の合図を待った。
「それでは! 準決勝戦、……始めっ!」
審判の声と同時に氷を飛ばしていくと、オシフは自分に当たる氷だけを剣で薙ぎ払って私へと向かってくる。
続けて氷を飛ばしても、着実に自分の進行の妨げになる氷だけを器用に剣で弾いていく。
堅実な性格ではないかと判断をし、今度は床に氷を這わせて私へと来にくい形をとる。
案の定、オシフは氷上となった場所を迂回をして再度向かってくるようだ。
概ね安定を好む戦い方であると想定し、なればと私は氷を踏み締めて氷上からオシフへと戦いを仕掛けにいく。
──勝つことだけを考えるなら氷魔法を使って相手の体力を削ればいい。
だがそんなことをしては私の状態が万全であるとは判断できないだろう。
私の性に合わないのもあり、剣で打ち勝ちに向かっていった。
「そちらから来ていただけるんですね、将軍」
細く微笑みながら、周囲に聞こえにくい声量でオシフは話しかけてくる。
剣と剣が交わって高い音が響き、やがて鍔迫り合いが始まった。
互いに剣を押し合う形になり、相手が押し負けるであろう力を込める。
だがオシフは私が『いくら力を込めても』同じ力を返してきた。
思ったよりも腕力があるのだと認識を改め、一回わざと引いて相手の力をいなし、剣を回転させて首筋へと剣を突きつけにいく。
しかし突然の事態にオシフは驚くことなく、足を後ろへ動かし体をのけ反らせて切先を避けていった。
「何故ですか?」
「……何がだ」
「何故将軍がカテリーネ様と婚約なさっているんでしょうか」
今度はオシフが下から私の脇を狙って剣を振るってくる。
脇に剣が届くより前に剣で弾き飛ばしにかかった。
「私もカテリーネ様も、互いに好意を持ったからだ」
「地盤を固める為に婚約なさったのでは?」
「そのような事実はない」
このような試合の最中でする会話ではない。
顔を顰めながらも、相手からくる一振りに対応をしていく。
「将軍はずるいですよね。皇帝陛下のご友人で、その縁でカテリーネ様と婚約できて」
「……何が言いたい」
このような言葉を投げかけられることは多々あった。
いずれも妬みであり、私にぶつけられても戸惑うことしかできない。
だがオシフから放たれる言葉は他の者と違い、暗く歪んだ感情の籠ったものではない『薄さ』があった。
「何がって、欲しいんですよ」
不気味さを覚えながら引き続き剣を合わせていく。
頃合いだと思った瞬間に相手の剣を飛ばす一撃を放ったのだが、まるでそうくるのが分かっていたかのごとく綺麗に一撃を躱される。
そうしてオシフはせせら笑いをしながら、こう言ってきた。
「誰よりも、何よりも、カテリーネ様が欲しいんです」
頭が怒りの感情で染まりかけたのをすぐさま抑え、次の一撃を頭部へと振ったが躱され。
「だからボクは、奪います。……将軍、貴方から」
胸部へと放った一撃も受け流されて空振りに終わり。
「だって、ボクの下にいた方がカテリーネ様も幸せでしょうから」
顔へと振られた攻撃を怒りのまま弾き飛ばしオシフを退けたと同時に、憤りの気持ちが体の全てを支配していく。
自身でも何故ここまで怒りに支配されるのか理解ができない。
まるで己に課している枷が突如消え失せたようだった。
ただただ、カテリーネ様の幸せを勝手に語られて我慢がならなくなっている。
「ふざけるな」
加減など捨て去り、総力をもって本能が滅ぼせと囁く。
目の前にいる敵を■■しろと本能が叫び、剣だけでは足りないと氷で一帯を包んでいく。
大きなざわめきが鼓膜を揺らすが、私の意識をそちらへ割くに足らなかった。
「将軍って、よく分からないところで怒るんですね」
「度し難いのは貴様の方だ」
足元が凍りいて動かせない状況だというのにオシフは全く気にした様子もなく、動かずほくそ笑んだままだ。
この剣で切り裂く為に、氷で全てを凍てつかせる為に、オシフへと脚を動かす。
■せと、■すのだと、私は──……。
「ははは。そうです、それでいいんですよ将軍」
オシフの瞳に私が映っているのが見える。
それは、あまりにも醜い形相を浮かべていた。
だからといって私が止まることはない。
全て意のままに、破壊をしなければ。
頭を、目を、鼻を、口を、首を、胴を、手を、脚を。
自身の腕を振って、目の前の物を──。
殺すことだけが頭を支配していた中で、とても、……とても小さな声が耳に入り込んできた。
「ヴァルムント様……っ!」
──カテリーネ様。
何処かへ飛んでいた意識が瞬時に戻り、振り切りかけていた腕を咄嗟に止める。
鋒が首に到達する寸前の出来事だったというのに、オシフは不気味に微笑んでいるだけだった。
「勝負あり!」
一気に現実が押し寄せてきて、息が詰まる。
私は剣を引いて目元に手をやり、荒く呼吸を繰り返しながら退場しようと歩き始める。
こんな、こんな醜い姿を、私は御前に曝してしまったのか?
愕然としながら歩いていった為、その後に呟かれていたオシフの言葉は私には聞こえなかった。
「ああ、惜しかったなぁ。……では、また今度にでも」




