IX
納得のいくまで素振りを続け、迎えた翌朝。
早朝から何事も無事で終わるようにといつも通り装備を確認し、昨日と同じ広場の会場まで出かけて行った。
本日は勝ち続ければ計3回の試合がある。
今一度全て問題がないかを点検してから、掌を開いて閉じてを繰り返す。
……力の制御はできてる。これならば問題ない。
必ず、カテリーネ様に勝利を。
ゆっくりと首を回し気持ちの切り替えをしてから、受付へと歩いていった。
本日一回目の試合は、解放軍所属だったという傭兵だ。
「アンタと戦ってみたかったんだよ! 俺の攻撃、くらいやがれっ!」
息巻いている傭兵の気迫は強く、実際に戦闘の勢いも苛烈であった。
しかしながら脇が甘く、少々突くといとも簡単に体勢が崩れていき戦いは早々に終了する。
傭兵は悔しさからか私を睨んでいたものの、切り替えて「どこが悪かったのか」を聞いてきた。
改善しようとする姿勢は好ましい為、勝敗の手続きを終えてから一から十まで改善点を伝える。
傭兵は「なるほど、なるほど!」と言いながら頻繁に頷き、最後の方には屈託のない笑顔を私に向けてきた。
「アンタ、いいヤツだなぁ……! 俺、誤解してたよ……! みんなにも言ってやらねえと!」
そう言いながらやたらと私の体を叩き、満面の笑みのまま立ち去っていく。
……正直、よく分からない手合いの人間だった。
二回目の試合は女性魔術師とのものだった。
魔術というものは強力であるほど発動するのに時間がかかる。
その為後衛で動くのが基本であり、前衛がいない状態で戦う場合は軽い魔術で敵をいなす必要があるのだ。
とはいえ軽い魔術で対応できる敵ばかりではないので、魔術師は必然的に後衛で動くのが慣例となっていた。
今回の試合は1人で戦う形式である以上、ここまで勝ち上がってくる実力者なのは間違いない。
今一度気を引き締め、試合へと臨みに広場へと歩いていく。
向かい側には暗色のローブを着用した女性が歩いてくるのが見えた。
「将軍がいる時点であたるのは覚悟してたけど……、いざ当たると不安でしかないわね。でも、負ける気はないから!」
「こちらも、勝ちを譲る気はない」
互いに剣と杖を構え、審判の合図と共に駆け出す。
魔術師は、小さいながらも人の脚を掬う力を込めた風を私の足元へと巻き起こしてくる。
この術自体の発想はできれど、実行できる者はそう多くはない。
だが戦場で何度か体験したものでもある。
風の吹いてくる方向とは逆側に氷を出し足止めにすると、そのまま行きたい先へと脚を踏み切っていく。
風での対応が失敗したと判断した魔術師は、続けて小粒の炎を雨のごとく降らせてくる。
対抗として氷の盾を左腕に作り出し、大まかに炎を受け止め走り続けていく。
魔術師は近接されればされるほど状況が厳しくなる。
「させないわよっ!」
相手もそれは理解しており、私の接近を許せる限りまで詠唱をしてから炎の渦巻く風を発生させ飛ばしてきた。
熱風が吹きつけられて顔を歪めながらも、大きな反撃に出る。
「はっ!」
氷の盾を投げ捨ててから剣を両手で固く持つと、魔力を剣に注ぎ熱風を一刀両断する一撃を放つ。
炎の熱さや風の威力に負けぬ氷で全てを飲み込み破壊させ、魔術師への道を切り開く。
「ちょっ、まって嘘でしょぉ!?」
呆気に取られた様子の魔術師の杖を剣の腹で打ち飛ばしてから、剣先を魔術師へと突きつけた。
「勝負あり!」
審判の声が響き渡り、難なく終了が決まって軽く息をつく。
魔術師が項垂れて嘆きながら退場するのをみつつ、今度は腹の底から息を吐いて気持ちを整える。
2戦共に問題なく戦闘を終えることでき、きっと知らぬ間に力んでいたのだろうと安堵をした。
故に、次の試合も大丈夫だと思っていたのだ。
「ちょっと話いいか?」
三回戦目の相手は、薄汚れた装備が目立つ中年男性の剣士だった。
軽薄な笑みを彼は浮かべながら、開始の合図後にそう話しかけてきたのだ。
私は剣を構えつつも一応聞く姿勢をとったのだが、それが間違いだったとは思いもしなかった。
「なぁ、皇女様の『具合』はどうだったんだ? 美味かったのか?」
「……何を言っている?」
相手は薄ら笑いをしつつ、剣先を地面を鳴らしながら言葉を続ける。
「とぼけんなよ。将軍という立場を利用してお姫様を食ったんだろ。どんなイイ声を上げたんだ、なぁ? それでいてどんな風にベッドの上で乱れるんだ? 教えてくれよ~」
普段ならば顔を顰めはするものの、相手にしたら切りがないと受け流す言葉だった。
だが今は、私の中にある『何か』を刺激するものとなり、感情が一気に怒りへと振り切れていく。
何もかもを焼き尽くそうとする炎の如き熱さが、全身を覆い尽くそうとしている。
常に冷静であれと念頭に置いていたものが、瞬く間に怒りに焼かれて消え去っていく。
アイツを看過できない、許すことができない。
アイツを切り裂け。
アイツを■■せ。
カテリーネ様を侮辱したアイツを──!
抑えなければならない力が全身に入り、感覚という感覚が研ぎ澄まされていく。
剣を握りしめている腕から剣先に至るまで、冷気という冷気を込めていった。
体は燃え滾っているというのに、周囲は冷え切っている。
吐いた息は白く可視化され、わずかに動かした足元から氷の砕ける音が響く。
周辺からのざわめきが耳に届くが、うまく聞き取ることができない。
何故なら私は、目の前の人間を、人間を──。
「オ、オイオイ! そんな怒んなよ、ちょっとくらい揶揄ったっていいだろ。誰だって気になってんだ。全くお偉いさんってやつは、こうも高慢ちきなんだか……ゔっ!?」
いつの間にか氷の草原が広がり、敵の足を太腿近くまで氷が拘束している。
氷が軋み、敵は足からくる冷たさと痛みで顔を歪ませた。
「なんでそんな真に受けんだよッ、おかしいだろテメッ……!!」
「貴様が弁えていないだけだ」
敵を逃さぬよう見定めながら、氷を踏み締め歩いていく。
氷から足を抜き出そうと踠いているが、簡単に抜け出せる状態ではない。
しかしながら絶対はないのだと思い、敵の後ろ側へ氷壁を立てていく。
完全に追い詰められた敵は抜け出すことを諦め、恐怖で顔を引き攣らせながらも剣を突きつけてきた。
「くっ、くるな! バケモノッ!」
相当な厚みをもつ剣であったが、私の一振りで剣身は真っ二つに切れて氷の上に転がっていく。
そして、私は──……。
「……あ、しょっ! 勝負あり!」
慌てた審判の声によって、引き戻された感覚を一気に味わうこととなった。
何度か瞬きをし、頭に手のひらを当てながら自分が何を行いかけていたのかを思い返していく。
係員が急いで対戦相手の足元を溶かすと、剣士は怯えた様子で素早く立ち去っていった。
「あ、あの、ヴァルムント将軍、大丈夫ですか……?」
「……すまない、すぐに退く」
心配をしてくれた係員に謝り、手続きをしに足を動かす。
──自分が、何かおかしくなっていると感じながら。