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最弱スキル【反転】で無双する異世界冒険譚  作者: いわたん
第三章 強くなるために
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57.【獣化】

拳と拳が交錯するたびに、空気が震えた。バニングの攻撃は正確で、容赦がない。トーマの体には既にいくつもの傷が刻まれ、息は荒く、視界が揺らぎ始めていた。


「どうした、トーマ。もう終わりか?」


バニングの声には余裕があった。彼の拳がトーマの腹部に深々と食い込み、トーマは地面に膝をついた。肺から空気が押し出され、呼吸が一瞬止まる。全身に鈍い痛みが広がり、意識が遠のきかける。

だが、その瞬間——


「【反転】」


トーマの体が一瞬で元の状態に戻った。傷が消え、疲労が消え、まるで戦闘開始時のような万全の状態に。それは回復ではない。損傷を受ける前の状態へと「戻す」能力。時間を巻き戻すように、体のダメージが消失していく。


「ほう……やはりな」


バニングが薄く笑う。

彼は既に気づいていた。トーマが何度倒れかけても立ち上がる理由。それは単なる回復能力ではなく、状態そのものを操作する力だと。戦闘開始からトーマの動きを観察し続けていたバニングは、その能力の本質を見抜いていた。


「面白い能力だ。まだまだ楽しめそうだな!」


バニングの攻撃が激しさを増す。拳の速度が上がり、軌道が読めなくなる。一撃一撃が重く、的確に急所を狙ってくる。

だが、トーマもただやられるだけではなかった。

感覚で【反転】を発動する。

攻撃の瞬間、自身の反応速度を、筋肉の状態を、最高のコンディションへと戻す。拳を打ち込む腕の疲労を戻し、集中力を研ぎ澄ます。視界がクリアになり、バニングの動きが少しずつ見えるようになってくる。

トーマの拳がバニングの攻撃を弾く。鈍い音が響く。

そこから、徐々に流れが変わり始めた。

【反転】を発動し続けることで、状態を保ちつつ、トーマは攻撃の隙を突いていく。一撃、また一撃。拳がバニングの顔を、胴体を捉え、ダメージを与えていく。

バニングの頬が赤く腫れ、額に汗が流れる。少しずつ、優勢が入れ替わっていく。トーマの攻撃が通るようになり、バニングの動きにわずかな遅れが生まれ始めた。


「いいぞ、いいぞ! これだ!」


だが、バニングの声は苦痛ではなく、歓喜に満ちていた。

そして彼の目は狂気じみた光を宿し、口角が限界まで吊り上がっていく。全身が震え、興奮で呼吸が荒くなる。この感覚——追い詰められる感覚。久しく味わっていなかった、この戦慄。

バニングはトーマと距離を取り、トーマを見据える。


「やっと…やっとだ!これならば——渇きを満たしてくれよ?」


そう言いうとバニングは遂にあのスキルを発動させる。


「【獣化】!!」


瞬間、バニングの体が黄金の光に包まれた。

それは眩いほどに輝き、まるで太陽を纏っているかのようだった。周囲の空気が熱を帯び、地面が震える。観客席からどよめきが起こり、誰もが息を呑んでその光景を見つめる。

そして黄金の光が収束すると、そこにいたのは人型をした、全身が黄金の毛に覆われ、鋭い爪と牙を持つ——ライオンの姿。その体躯は筋肉の一つ一つが隆起し、圧倒的な威圧感を放っていた。立っているだけで、空気が重くなる。


「グルルルル……」


低い唸り声が響く。それは言葉ではなく、純粋な野生の声。

次の瞬間、バニングが消えた。


「——っ!」


トーマは反応すらできなかった。

【反転】で研ぎ澄ました感覚すら、その速度に追いつかない。視界にバニングの姿が映る前に、既に攻撃が終わっていた。気づいた時には、バニングの爪が胸元を切り裂いていた。


「がはっ!」


血が噴き出す。深い。肋骨まで達する傷だ。


「【反転】!」


すぐに状態を戻し、傷を消す。だが、次の攻撃が来る。間髪入れずに。

右から、左から、上から、下から——まるで嵐のように、野生の本能が導くままに攻撃が繰り出される。理論も、戦術もない。ただ純粋に、獲物を仕留めるための動き。無駄がなく、容赦がなく、そして恐ろしいほど正確だった。


「【反転】! 【反転】!」


トーマは何度も能力を発動する。傷を戻す。状態を戻す。だが、バニングの攻撃速度に追いつけない。一つ傷を戻せば、次の傷が刻まれる。その繰り返し。

防御の構えを取る暇もない。回避する隙もない。

トーマの体が宙を舞う。背中から地面に叩きつけられ、肺から空気が押し出される。視界が一瞬暗くなる。


「【反転】」


すぐに万全の状態に戻るが、立ち上がる前にバニングの攻撃が襲いかかる。容赦なく、休む間もなく。


「ガアアアッ!」


咆哮と共に、バニングの爪が振り下ろされる。

トーマは【反転】が間に合わず、咄嗟に腕でガードする。だが——


「ぐあああああっ!?」


その衝撃で地面に亀裂が走る。ガードした腕がズタズタに引き裂かれ、肉が削がれ、骨が見える。大量の血が地面を赤く染めた。痛みが神経を駆け抜け、意識が飛びそうになる。


「がああああっ!?…ぐ!【反転】!」


すぐに状態を戻す。腕の傷が消え、血が引いていく。

だが、次の攻撃。また次の攻撃。休む間もなく、バニングの爪が襲いかかる。


(くそ……【反転】で状態を戻しても、この速度には……!)


バニングの攻撃には、もはや人間的な思考の隙がない。完全に野生としての本能で動いている。反応すらできない野生的な攻撃と防御が、途切れることなく繰り出される。予測不能。理解不能。ただ圧倒的な暴力が、トーマを襲い続ける。

トーマは防戦一方に追い込まれていた。

【反転】を発動し続けることで何とか耐えているが、それも限界が近い。能力の発動回数が増えるたびに、精神的な疲労が蓄積していく。体は元に戻せても、心は削られていく。

バニングの爪がトーマの肩を切り裂く。


「【反転】!」


戻す。次は脇腹。


「【反転】!」


また戻す。太腿を切り裂かれる。


「【反転】!」


何度も、何度も。終わらない攻撃。終わらない痛み。


「ガルルル……」


黄金の獣人が、再び牙を剥く。その目には理性の光はなく、ただ獲物を狩るという本能だけが輝いていた。楽しんでいるのではない。ただ、狩っているだけ。それがより恐ろしかった。


(このままじゃ……どうすれば、この化け物に……!)


トーマは体の状態を戻せても精神的なダメージは消えていない。ただ体が引き裂かれ続ける、解決の糸口のない絶体絶命の状況に、徐々に精神がすり減っていく。呼吸が乱れ、集中力が途切れ始める。

【反転】を発動するタイミングが、少しずつ遅れていく。

そんな闘いの中、トーマの集中が切れた瞬間——

バニングの一撃が、トーマの体を深々と引き裂いた。


「ぐあああああああっ!!」


今までで最も深い傷。腹部が大きく裂け、内臓が見えそうなほどの致命傷。血が滝のように流れ出し、トーマの意識が急速に遠のいていく。

視界が暗くなる。体が冷たくなる。


(終わり……なのか……?)

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