37.夜の宿屋にて
収穫祭を楽しんだトーマたちは、夜になって宿屋に戻ってきた。アルターは既に酔い潰れてベッドに倒れ込んでおり、心地よさそうないびきをかいている。一方、リアナとフィーナは湯浴びをするために宿の浴場へと向かっていった。
トーマは一人、自分の部屋の窓辺に座り、今日一日に起きた出来事を静かに振り返っていた。
スキルが二つ増えたこと。そしてそのうちの一つ、【不屈】の持つ潜在的な力をメンターから聞かされ、自分に何ができるのかを考えることになった。さらに、プロセリアンド法国騎士団長シリウスとの出会いも、忘れることのできない印象的な出来事だった。彼の存在感だけで圧倒され、全身が無意識に反応したあの瞬間。自分の力が足りないという現実を突きつけられた感覚が、トーマの胸に重くのしかかっていた。
「シリウスみたいな奴がS級クラスだとしたら……。」
トーマはつぶやき、頭を抱える。もしそれが事実ならば、彼のような存在がこの世界にまだ数多く存在するということだ。大国と呼ばれる国々の騎士団長は、きっと同じような実力を持つのだろう。そんな現実を前に、今の自分が果たしてどこまで通用するのか、不安が募る。
「中層の敵が相手にならない程度にはなった。でも、まだ足りない。」
彼は深く息を吐き、目を閉じた。シリウスの冷ややかで、それでいて余裕のある表情を思い出す。あのレベルに到達するには、どれだけの時間と努力が必要なのか。そして、それに挑む覚悟が自分にあるのか。トーマの中で自問が続く。
「もっとギリギリの状況……。」
トーマはぼそりと呟いた。中層のモンスターは確かに強敵だが、このパーティの連携であれば、もはや命を脅かされることはほとんどない。だが、シリウスのような存在に対抗するには、その程度の戦いでは十分ではないと彼は考えていた。
「何を思い詰めているんだ?」
トーマは声の方は振り返る。さっきまで寝ていたアルターが上半身を起こしてトーマに話しかけた。
「今日プロセリアンド法国の騎士団長と会った。」
それを聞いたアルターは「シリウスか…なるほどな…」と言いながら、
「だからもっと自分を追い詰めようと過酷な状況におこうと考えたわけだ」
アルターに見透かされたトーマは拳を握りしめる。
「それしか…強くなる方法が思いつかないんだよ…。」
トーマはそう言って俯く。彼にとってこの世界で強くなれたのは過酷な状況にあったからこそ、より過酷な状況を求めるこそが最短であると考えていた。
そんなトーマにアルターが言う。
「トーマ、俺は強いか?」
急な質問にトーマは、
「強いな、少なくともこの世界で会った中では2番目だ。」
トーマのその答えにアルターは続ける。
「そんな強い俺にトーマは勝った。本気を出した俺でもだ。」
「何が言いたいんだ?」
アルターの質問の意図が分からず、トーマは答えを求める。
「俺の強さは長年の経験と努力の産物だ。もちろんある程度の才能は必要ではあるがな。」
アルターは続ける。
「トーマ、お前は強い。それこそ、この短期間ですら成長速度が異常だ。…だからこそ危うい。」
「危うい?」
「ああ、強くなるためにリスクを求めすぎている。収穫祭を回って少しは良くなったと思ったが…やはり強さの求め方の考え方が自分を常にリスクの中に置くことしか考えていない。」
アルターの言葉にトーマは反発する。
「俺は…この世界でこうやって生きてきた!だから強くなれた!」
「だが…そこにお前にとって大事なものはあるのか?」
アルターの問いに、トーマは答えられなかった。
「トーマ、俺は強くなるためにリスクを負うことは賛成だ。だがそれはさらに過酷な状況に身を置くことではない。」
アルターが続ける。
「少なくとも…お前さんは1人で中層戦えるレベルではないはずだ。それが出来ると確信するまでは今のやり方で良いはずだ。…そのやり方で長年強さが停滞していた俺が強くなっているんだぞ?」
その言葉にトーマは
「…そうだな。少なくとも確かめなきゃいけないこともある以上はリスクを負う理由はないな。」
トーマは自分に言い聞かせるように言う。
(本当に…トーマは心と体のバランスが歪だ…だからこそ信頼できる仲間が必要だ)
アルターはそう心で思いながらトーマを心配するのであった。
ちょうどその時、湯浴びから戻ってきたリアナとフィーナが部屋のドアを開けた。二人は髪をフィーナの風魔法で乾かしながら、くつろいだ様子で部屋に入ってくる。
「トーマ、どうしたの?」
フィーナが不思議そうに問いかける。
「いや、少し考え事をしていただけだ。」
トーマは微笑みながら答えた。その表情に、リアナは小首をかしげた。
「また無茶なことを考えてるんじゃないでしょうね?」
「そんなことはない。むしろ、頭が冷えたところだよ。」
「ふーん。」
リアナは疑い深そうにトーマを見つめたが、それ以上は何も言わなかった。一方のフィーナは、にこりと微笑みながらトーマに近づき、小声でささやく。
「トーマ、無理しないでね。」
その言葉に、トーマは少しだけ肩の力を抜いた。
「わかってるさ。ありがとう、フィーナ。」
その様子をアルターが軽く笑みを浮かべて見つめていた。
こうして、収穫祭の夜は更けていった。トーマたちはそれぞれの思いを胸に抱きながら、翌日に備えて眠りにつくのであった。




