19.ハイエルフ
「リアナ…?」
その声が、静かな路地裏に響いた。
少女のか細い呼びかけに、トーマに押さえつけられているリアナの顔はトーマへの敵意から、一転して少女への喜びに満ちたものに変わった。
リアナはそのままトーマへの抵抗を止め、彼女の視線は少女の方に向かった。その瞳には涙が溢れていた。
「フィーナ様…!」
リアナの声は震え、まるで夢を見ているかのような囁きだった。彼女の目には、深い安堵と感動が浮かんでいた。涙が彼女の頬を伝い落ち、そのままリアナは感極まって泣き出してしまった。
トーマはその様子を見て、リアナの拘束をゆっくりと解いた。リアナは解放された瞬間、すぐにフィーナの方へ駆け寄った。そして、その小さな体を優しく抱きしめた。
「フィーナ様…本当に…本当に無事で良かった…」
リアナはフィーナを抱きしめながら、涙をこぼし続けていた。フィーナもまた、リアナに応えるようにその細い腕でしっかりと彼女を抱きしめ、顔をリアナの肩に埋めて涙を流した。彼女たちはまるで再会を果たした姉妹のように、その場で抱き合いながら泣き続けた。
その光景を見たトーマは、ふと安心したような表情を浮かべたが、その一方で冷めた目で二人を見つめていた。数分前まで自分に殺意を向けていた相手が、今はこうして誰かを喜んで抱きしめている姿に、彼は複雑な感情を抱かずにはいられなかった。
(よくもまあ、こんな状況で泣いて喜べるもんだな…さっきまで人を殺そうとしてた相手が。)
トーマの内心にはまだ、リアナへの疑念が残っていた。しかし、事情を知るためにも今は彼女たちに話を聞かなければならないと決め、トーマはリアナに声をかけた。
「リアナ、一体どういうことなんだ?この子は誰なんだ?」
リアナはトーマの声に反応して、ゆっくりとフィーナを抱いたまま振り返った。その顔からは先ほどの敵意はすっかり消え去り、代わりに申し訳なさそうな表情が浮かんでいた。
「…トーマ、本当にごめんなさい。感情的になってたとはいえ、事情も聞かずに攻撃してしまって…」
リアナは深く頭を下げた。その謝罪の仕草に、トーマは少し肩をすくめてから軽く首を振った。
「どうでもいいよ。別に俺は気にしてない。今はこの子が誰なのか、それが気になるだけだ。」
リアナはトーマの言葉に少し驚いた様子を、そして、言っていいのか逡巡していた。
その時フィーナと呼ばれた少女が
「この人なら…大丈夫」
とリアナに話す。
その言葉を聞き、フィーナをそっと抱え直し、話し始めた。
「この子の名前はフィーナ様。彼女は…エルフ族の…いえ、エルフ族の中でも特別な存在なの。」
そう言ってリアナが自分の耳に手をかざすと耳の形がフィーナと同じようにとがった耳に変わる。
「この通り私もエルフ、私はダークエルフと呼ばれる種族なの。そして私たちエルフにとって、フィーナ様は次代の希望であり、大切な存在…ハイエルフなの。」
トーマはリアナの説明を聞いて、思わず眉をひそめた。
「ハイエルフ?」
リアナは真剣な表情で頷いた。
「そう。ハイエルフのフィーナ様は次代のエルフ族を導くお方として生まれた特別な存在なの。私たちにとっては、彼女を守ることが何よりも重要な使命なのよ。」
トーマはその話を聞きながら、ふとフィーナの方を見た。彼女はまだ涙を浮かべながらも、リアナに寄り添っていた。その姿は一見、普通の少女のように見えるが、リアナの言葉が真実であるならば、彼女はこの世界において非常に重要な存在であることになる。
「そんな大切な子が、どうしてあんな場所にいたんだ?」
トーマの問いに、リアナの顔は一瞬苦しげなものになった。
「…それは…事情があって、彼女は何者かに連れ去られたの。私たちエルフ族は必死で彼女を探していたけれど、見つけられなかった…。そして、あなたが彼女を救ってくれたの。」
リアナの目には再び涙が溢れてきた。
「本当に…ありがとう、トーマ。あなたがいなければ、フィーナ様はどうなっていたか…。」
トーマはリアナの感謝に対して、特に表情を変えることなく、ただ軽く頷いただけだった。
「まあ、俺はたまたま見つけただけだ。それよりも、これからどうするつもりだ?」
リアナは少し考え込みながら、フィーナを見つめた。
「イニツィオの街に一旦身を隠しながら、フィーナ様を安全な場所に連れて行く手段を考えるわ。この街なら、少しは安全に過ごせるはずだから…。」
トーマはその言葉に納得するように頷いた。
「分かった。じゃあ、あとは任せた。」
トーマはそう言って去ろうとする。
トーマにはこの世界への理不尽の元凶、ナラハ国への復讐がある。
ここでリアナやフィーナと別れるのが正しい選択と判断したためだ。
その時トーマの服をフィーナが引っ張った。
「はなれないで…」
フィーナのその言葉と行動にトーマとリアナは驚き、そして困惑した。
「何でだ?おまえさんとは洞窟で倒れていたのを助けた関係だ。これ以上は必要ないだろ?」
トーマは突き放そうと言葉をかけるが、フィーナは弱々しくも「はなれたくない」とトーマの服を離そうとしなかった。
そんな様子を見てリアナは横であたふたしている。
そして数刻の問答の末
「…わかった、いったん宿へ行こう。」
ここでは埒があかないと判断したトーマはフィーナとリアナにそう提案し、一行は宿屋へと向かうのであった。




