第1話(累計 72話) フィンの帰宅とミアの顔合わせ。
「お、お義母様。は、始めまして。ボ、いえ、わたくしはミア・フォンブリューヌ。あ、違う! ミハエラ・アレクサンドロヴナ・ルカショヴァでしゅ……。 あ、痛! 舌、噛んじゃったのぉ」
「ミアちゃん。今から緊張してもしょうがないわよ。だいじょーぶ。細かいところはマリーお姉ちゃんに任せてくださいませ。ああ、今日も可愛く仕上がってますのぉ」
「マリー。ミアくんにくっついてスリスリしていたら、せっかくの化粧がはがれちゃうぞ。ミアくん、大丈夫。私がなんとかする」
「あれぇ? お兄様も緊張でガチガチなの? 久方ぶりの帰宅はやっぱり気になるのね」
貴族街の中を進む馬車の中。
ミア、マリーの二人は昼用ドレスで身を飾る。
フィンも、今日は気合を入れた正装。
三人は、緊張からか言葉多めに騒ぐ。
「そりゃ、気にならないと言ったらウソさ。父上はともかく母上に合わす顔が無いというか……」
「お二人のお母様って厳しいんですか?」
「そんな事はありませんですわ。貴族、それも伯爵家の婦人としては優しく情が深い方だと思いますの。ですが、幼い頃に兄の前世を知ってしまったときの事がお互いに引っかかってますわ」
並び座るミアやマリーとは向かい合わせ。
進行方法とは逆に座るフィンは、いつもよりも自身無さそうに呟く。
かつて、拒絶された母との久方ぶりの再会に、心が乱れる。
「だ、大丈夫だと思います、せんせー。ボクなんて、本当のお母さんの事は全然覚えていないけど。そ、それでも母親は子供が大事で大好きなはずです」
「ええ、そうであってほしいですわね。まあ、お母様の場合は、己の発言でお兄様を傷つけたことを後悔なさってますから、後は切っ掛け次第だと思いますの」
「ありがとう。ミアくん、そしてマリー。私はミアくんの先生であり婚約者。ミアくんを守るべき存在なのに、ミアくんに励ましてもらうのは恥ずかしい事だよ。マリーも家の面倒ごとを全部、キミに押し付けてすまない。これからは、少しでもマリーを助けたいと思う」
ミアもマリーもフィンの事を心配し、励ます。
その様子にフィンも自分がすべきことを思い、二人に告げた。
「せんせー。ボク、せんせーが安心できるような奥様になるね」
「可愛いのぉ、ミアお姉ちゃん! さあ、アタクシも色々暗躍しますわ! 王国と我が家の安定はアタクシが守りますの。あー可愛いよぉぉ」
「あん、お姉さま」
ミアとマリーが仲良さそうにくっついていちゃつくのを見、フィンは笑みを浮かべる。
ミアも、こんな幸せが続くことを祈った。
「皆様、そろそろベルエ宮中伯の屋敷に到着いたします。ご準備を」
御者席から老執事の声が聞こえる。
「せんせー。今日はお願いしますわ」
「ええ、レディ」
上品に差し出されたミアの手をフィンも優雅に受け取った。
◆ ◇ ◆ ◇
「あ、あのぉ……」
三人が通された応接間。
前ベルエ宮中伯、そしてその婦人が並び、貴族らしき二分の笑みで座る。
お茶が給仕されるも、誰も緊張からか手を出す事も無く、そのまま無音が続く。
前宮中伯は六十前、婦人は五十半ば。
三十代後半のフィンの両親としては若いが、まだ十代のマリーの親としては高齢だ。
……先生のお義父様、あまり顔色が良くないの。お歳もあるんだろうけれど、後でお身体を見てあげようかな。お義母様、確か五十代半ばのはずだけど、年齢よりも随分若いしお綺麗なの。
「何かしら、ミハエラ様? 既に挨拶は終えています。お話したいことがありますのですわよね」
沈黙に耐えらえなかったミアが一言呟くと、婦人が冷たい目線をミアに向けた。
「お母様。そんなに攻撃的になっては困りますわ。ミアちゃんはステキな子ですのは、お父様共々送りました資料でご存じですわよね」
「は、母上」
ミアをフォローしようと、マリーとフィンが母に言葉を掛けたが。
「フィンエル。貴方とは後からゆっくり話をしますので、今は黙っていてくださいませ。マルグレット、今は貴方の意見は聞いていません。あたくしは、ミハエラ様とお話していますのよ」
だが、二人の子に対し、ぴしゃりと発言を辞めさせた。
「お、奥方さま。ボ、いえ。わたくしは、先生。フィンエル様には幼き頃よりずいぶんと助け、教え導いていただきました。そして、先生の役に立ちたい。隣にずっといたいと思うようになりました」
「ええ。そのあたりの話はマルグレットからの報告書にもありますから、知っています、ミハエラ様。ですが、貴方はまだ成年になったばかり。結婚は早いと思いますわ。更には帝国皇帝の血族。こと、年齢不肖で寿命も違うハーフエルフのかなり歳上との結婚。ご両親は、これらの事をどうお考えですのかしら?」
婦人はミアに対し、迫る様に問い詰める。
その冷たく鋭い視線は、ミアの中を覗くように迫った。
「わたくしの両親、育ての親ですが先生の事を信頼し、わたくしを預ける事を……」
「ミハエラ様。貴方は帝国公爵令嬢、ミハエラ・アレクサンドロヴナ・ルカショヴァ様なのですか? それともパン屋の娘、ミア・フォンブリューヌですか?」
ミアが話し始めるが、婦人は話を止める。
そしてミアに問う。
自分は帝国の姫なのか、それともパン屋の娘かと。
「貴方は先程から、わたくし共に良い印象を与えようとばかり考え、本当の自分を見せようとしません。偽りの姿でわたくし達、宮中伯家を騙すのですか?」
「お母様! もー、良い過ぎですの。ミアちゃんは良い子なのは……」
「マルグレット。貴方の言うミアちゃんは、今目の前にいる固まっている娘ですの?」
婦人は、何でも見通せるような視線で娘すら突き刺す。
「わ、わた……」
すっかり青くなって冷や汗を流すミア。
ガタガタと震えあがり、言葉が出ない。
「ミアくん、大丈夫だ。私がいつも側に居る。母上など、いつもの勢いで論破しちゃえ」
そんなミアを見ていられないフィン。
彼女の横まで近づき、その硬くなった小さな手をぎゅっと握った。




