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一話:1

早朝。


鳥の囀りを聞きボンヤリと意識が覚醒する。


伸びに欠伸を付け足して辺りをを見渡してみるとやはりというべきかそこは森だった。


「ん……。ふぁ~ぁ」


情けない声が出たことに少し笑うと、悠斗は昨日の湖に足を進めた。


昨日。

満月の夜。


アンサラーというかつての自分の顔をした少年に女になった――とか聞かされた時は少し焦った。

詳しい話は省くが、なんでもボクは死んで、生き返って、そして女になったらしい。

はっきり言って、馬鹿らしいと思う。


本来性転換なんてお断りなのだが……。完全拒否が出来なかった。

ボクは男だ…… と思うのだがなぜか記憶が曖昧なのだ。いままで生活してきた事程度は思い出すことができる。しかし自分が男だった、という確信がないのだ。

そういう趣味ではないと思いたいのだがこう、曖昧なのでは判断のしようがない。

この件に関してはあまり考えないようにする。


「ふう……。」


女になって。いくらか問題はある。

髪が腰まであるから邪魔だし、なにより体力がない。

少し歩いただけでギブアップなのだ。


「もうちょっと……」


足を前へ前へ。

緑しかないこの林を抜ければ目的の場所へと辿り着くことができる。


そうして。


息を切らしながら進み、汗も少しかいたところでようやく辿り着いた。


「……」


そこには、やはり波紋ひとつ広がらない湖があった。

透き通った水に、中央にどっしりと構えた岩。


神話かなにかで聖獣でも出てきそうな雰囲気の中、ボクは湖に近づく。

掬ってみると水はちゃんと冷たく、少し火照った体を冷ましてくれた。


顔を洗おうと水を覗き込んでみる。やはりそこには女の子の顔があった。


「む。」


深紅の瞳。

こちらを覗く瞳はまるで紅玉(ルビー)のようで引き込まれそうな錯覚を覚えた。

靡く髪は銀色で一本一本が芸術品のように繊細で光を反射している。

顔も幼いながらも非常に整っているので絶世の美少女に認定しても誰も咎めないだろう。自分の顔だが。

これが他人だったらボクは間違いなく惚れ込んでいたと思う。それだけ美人なのだ。


「なんか色々触り辛いなぁ。ホント」


むに、と頬をつまんでみたがやはり柔らかい。

これが女の子の肌かー、とか感心したことは誰にも言わないようにしておこう。






―――――――






さて。


これからどうしよう。



温度や日の昇り具合から考えて真昼だと判断したボクは、これからの事を考えていた。



まず、森を抜けることは第一として。


次にここはどこか、知る必要がある。


ホントは戸籍とかどうなるんだろう?とか色々頭を掠めたけど当分考えないことにする。


湖のほとりの切り株の上でむー、とか唸っていると、小さな鳥がそばにとまる。


容姿はツバメにそっくりだったけど、羽が虹色だ。


「……?、こんな鳥見たこと無いな」


おいで、と手を差し伸べるとその鳥は警戒することもなく指の先にとまった。


「ん……。珍しいな」


逃げられるのを覚悟で手を伸ばしたつもりが、逆に警戒も無しに寄ってくる。

――誰かに飼われているのだろうか?


だけど、こんなに懐いてくれるのは素直に嬉しい。


そうして撫でたりして遊んでいると、虹色の鳥は一羽、また一羽と増えてくる。


気がついたら20羽近くの鳥に囲まれていた。


「ちょっと……、くすぐったいってば」


好かれている、と思うと不思議と楽しくなってきて思わず笑顔になってしまう。

もしかしてここは異世界なんじゃないか、と思うぐらいに。



だが、


「あっ……」


最初の一羽を除いて鳥達はいきなり飛び去ってしまう。

何かしてしまったのだろうか。

そう考えて少し落ち込みながら周りを見てみると


「……?、人?」


林からこちらを、無言で見つめる青年がいた。










――東の森から異様な魔力を感じました。

異常がないか確かめてきてください。


そう、任務を受けたのは早朝のことだった。


都市から出てすぐ東に広がるその森林は今日も静かで穏やかだった。

この頃整備されてきた街道とは違い、ここは未開拓だ。

太古の昔よりずっと変わらない原生の森。

今や世界中で語り継がれている物語の始まりの場所と言われているここは、月鏡の森と地図に記されている。

神の意思を伝えたとされる鳥が舞い、獣たちも静かに暮らす。

厳正で神聖な雰囲気と伝説の場所となる真理の湖があるこの森は今、おかしな気配が流れている。


「……」


何度も足を運んだ事があるからわかる。

今、森は興奮している。

それはまるで驚嘆。

――そして、感嘆。

こんなに森が騒いだ事など、今まであっただろうか?


「……」


道にならない道を行く。

慣れているのもあり、足取りは軽い。

見覚えのある岩や、切り株。

それらを目印に足はあの場所へと進んでいく。


そこに元凶がある、とかそんな確信は無い。


ただ、期待してしまうのだ。

古くからある、どこにでもある神話。


夜明けの銀に、全てを救った深紅(あか)


――そんな、ありふれた伝説を。



荒れる息に、思わず顔をしかめてしまう。

――違う。そんな夢を抱くな。物語は所詮、物語だ。


逸る心臓を落ち着ける。

既に湖の近くまで来てしまっていたが、気分は何とか沈静化に成功している。

予想以上に落ち着いた頭を動かし、木の影から湖を見渡してみる。


湖はいつもと変わらずそこにある。

波紋ひとつたたず、中央の岩はどっしりと構えたように鎮座している。


ただ


「……っ」


湖の端にある切り株の上。


そこに人がいる。


「ちょっと……、くすぐったいってば」


顔は周りを飛んでいる鳥に隠れてよく見えない。

だが、その清水のように曇りのない高き声は女性なのだろう。


「――っ」


思わず、息を呑んだ。

虹の羽が光を反射し、光が、彼女を包み込んでいる。

その様は、なんと言うのだろう。

天上の色とも言えるそれは、ただただ見ている事しかできない。

人間に懐かない筈のその鳥と戯れている姿は芸術といっても過言ではないだろう。


「……、」


そう。

あまりにも酷似していたのだ。

ずっと恋焦がれていた、その伝説に。


気がついたら足はそこにむかって進んでいた。


「……っ!」


しかし


現実はなんて悲しいんだろう。

一歩踏み出した瞬間、鳥は風に吹かれた花の種のように散ってしまう。


「あっ……」


それと同時に。


顕わになったその姿は、心臓を早鐘へと変貌させた。






――騎士は少女と出会う。まるで、物語のように。

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