プロローグ:終
プロローグはこれで終わりです。
岩はさほど大きくはなかった。
月光のおかげか、多少白く見えるその岩の上までよじ登って、あたりを見渡してみる。
たった今かき乱したはずの水面はもう、波紋がない。
「あれ?」
熱を帯びていた頭が、今更になって冷静になってくる。
――ボクは、こんな岩に登って何をしている?
「契りだよ。摂理を曲げた者はここに来なくてはならない。それが、不死者の盟約で無い限り」
背後からいきなりした声に内心で驚きながらも思わず振り返る。
そこには一人の少年がいた。
身長は160センチ後半、絹のようになめらかな黒髪に、クリッとした大きな目。まだ幼さの抜けていないその顔は『少年』という言葉が一番しっくりくる。
だが、おかしな点がある。
「う、浮いてる!?」
少年は波紋も立てず――水面に足を浸けずにそこに立っているのだ。
「む……。せっかく答えをあげたのにお礼の一つも無しかい?最近の子は礼儀がなってないね」
クスクス、と笑うその少年は表情がまったく変わっていない。
まるで不出来な操り人形のようにその場に、居る。
それらだけでも不気味なのにさらに、
「ボクと……、同じ顔?」
その言葉を聞けて嬉しかったのか、少年はさらに笑う。無論、表情を変えずに無表情で。
「ビックリしてもらえて嬉しいよ。死んだ体を再利用なんて割りと出来ないんだからね?橘悠斗クン?」
その言葉の意味を、コイツはわかって言っているのだろうか。
なんとも言えない感情の中、ボクは――橘悠斗はその少年を見据える。
「死んだって言葉には驚かないんだね」
少年は笑うことに飽きたのか、温度の感じないその無表情でこちらを見ている。
「橘悠斗。キミは確かに12月25日、深夜に死んだよ。覚えてないかい?」
死刑宣告にも似たそれをボクは思いの外あっさりと受け入れてしまうことが出来た。
理由は多分、
「覚えていない。その前々日くらいなら記憶にあるんだけど」
記憶に、ない。
虫食いのようではなく、その日の出来事が全て思い出せないのだ。
「ふーん。転換反動の弊害か。ケースが特別な分イレギュラーもある、と」
転換反動?
頭の上にクエスチョンマークを浮かべるボクに少年は、気にしなくていいよ、と一言で流してしまう。
「それよりも、だ」
流された事に些か腹を立てつつ、ボクは少年の言葉に耳を傾ける。
「今の状況を説明したいんだけど……。うん、そうだな。悠斗、水面を見てみてくれ」
少年は今から状況説明してくれるらしい。
人の顔で、しかも無表情にしゃべるのはやめてくれといいたくなったがそんな気力もなく、膝をついて水面を見てみることにした。
満月を後ろに、水面に映りこむ少年の顔。
本当はそんなある意味幻想的な演出でボクの顔が映っていたのだろう。
でも、現実は違った。
「女の子……?」
腰まである髪は風に揺られ靡いている。月光を反射した銀の髪は神秘的な光を放ち、こちらを見つめる大きめな深紅の瞳は不安を隠しきれていない。肌はきめ細かく、よく磨かれた名工の刀剣のような透明感があり昔本で見た天使を連想させた。
一言でまとめるなら、絶世の美少女だろう。
だが、少女はなぜこちらを見ている?
「なぁ、え~っと……。君、名前は?」
「ん?あぁ、そうだな。俺の名前か。俺はアンサラー。便宜上だが解答者なんて呼ばれてるよ」
やはり相変わらず無表情を貫くアンサラー。
しかし、今重要なのはそこではない。
「なんで女の子なんて映すのさ。状況を説明してくれるんじゃなかったの?」
その問いに、待ってましたと言わんばかりにアンサラーは
「それはキミだよ。“今”のね」
数瞬、無音の沈黙が流れる。
元から無音だった周りも押して、悠斗自体の時も止まった。
「む。今から状況を説明するんだから止まらない。あー、ついでに水に飛び込もうとしない。とりあえず落ち着くんだね、バカヤロウ。」
動き出して水に飛び込もうとするボクをアンサラーが、どうどう、とか言って羽交い絞めしてくるが止まることなど出来ない。
――女の子?馬鹿言え。
「死んだとか今から死にます、とかだったらまだ許せる。いや、それもちょっときついけど、女の子なんて冗談、誰が信じるか!!どうせ夢なんならドボンして目覚めてやる!!」
「ワタシアンサラー。ウソ、ツカナイ」
「絶対に信じられねー!!てか棒読み!!」
飛ぶか飛ばないかの瀬戸際をやること10分。
表情を変えないアンサラーは、まぁ落ち着きなよと仰々しく咳払いをして、初めて悠斗は落ち着くことができた。
「で、説明するけどいいかな?」
ずっと暴れていたはずなのに息を切らさないアンサラーに悠斗は息を切らしながら頷く。
「まず、キミは死んだ。とりあえず死んだこれはいいかい?」
死んだ。
その一言で、浮いていた頭がようやく回転し始める。
そうだ。痛みも感じるし、紛れも無くこれは現実なんだ。
悠斗は深く頷く。
「なぜ死んだかは、分からない。だが、キミは運良く選ばれた」
無機質な声が辺りに響く。
「世界、と言うのはあまりに勝手でね。摂理に反するもの、運命に逆らうもの、世界に危険が及ぶもの。色々挙げたらキリが無いんだが、そういったものには容赦しない。でも、世界は助ける。そいつが何をしようと必ず。そう、例え死人でもね」
アンサラーは不意に水面に手を着く。瞬く間に湖に波紋が広がりそして消えていく。
「だけど、無差別にやったんじゃ意味がないだろう?最初から万物はお互いを食いつぶすんだ。だから抽選。で選ばれた人はその時の判断で『最良』の選択肢が取られるのさ」
アンサラーは世界の考えた最良だけどね、と付け足すと再び口を開く
「そしてキミ、橘悠斗は再び生を授けられた。もっとも、性転換とか条件付きだけど」
なるほど。
つまり、世界には意思があり“運のいいヤツ”は体よく願いを押し付けられる。
その願いは自分自身の願いではなく、世界にとって最良の願い、というわけだ。
言葉を半信半疑で吟味していた悠斗はあることに気が付いた。
「この体は誰のなんだ?」
そもそも、橘悠斗は死んだ。『運良く選ばれて生き返っても本人の体は使用不可能!!』とか言うなら死んだ体は使用不可能といって納得できる。
しかし、そんなルールはアンサラーの言葉から無いことがわかっている。目の前に自分の死体がある訳だし、これは転換より寧ろ意識を移植、という方が納得できる。
ならばこの体は?
それを聞いたアンサラーは、ふむ、と呟くと
「あー、そうかそれも言わなきゃな。そうだなー、なんと言えばいいのか。擬似生命なんて言っても通じないしなぁ」
うーん、と唸るアンサラーは珍しく困った表情をした。経歴的に本当は感動モノなのだが、状況的に感動には無理がある。
ボクの顔なんだが、と内心自分にツッコミをいれた悠斗は思わず笑ってしまった。
「む。人の苦労を見て笑うのは俺だけでいいんだが。まぁ、いいや。その体はいわばキミ用に用意された新しい体って事にしといて。ほぼ合ってるし」
―なんだその解答は。
そう言いたくなったが、そんな愚痴は明後日の方へ投げる事にした。
「色々言いたいことはあるけどまぁ、百歩譲ってそれで納得するとして。次の質問だけどアンサラーは『世界』なのか?」
ここが、悠斗にとってある意味一番重要だった。
悠斗は、もしアンサラーが世界なら真っ先に殴って願いを取り下げてもらおうと考えていたからだ。
その問いに、アンサラーはまた困ったような顔をした。
「うーん、安直に言っても違うな。俺なんて会社で言う平社員みたいなものだし。ま、長くなるから今度な」
まるで触れてもらいたくないような素振りだった。
悠斗は詮索は無理か…という呟きを心に納める。
「さて、キミに言うことも言ったし」
アンサラーはその場で伸びをする。
あー、肩凝ったとか呟いたのは聞かなかったことにしよう
「最後に。橘悠斗、キミに俺からプレゼントをしよう」
アンサラーはポケットからアクセサリーを取り出した。
金の縁に銀で装飾された剣。精巧にデザインされているのか、鞘までついていて、それを戒める鎖が巻き付いている。
「そいつを絶対に手放すなよ。そいつは作るのに結構時間掛かったんだ」
したり顔でそれを告げると、本当に足元から消えていく。
「大丈夫、捨てないから」
とりあえず笑顔でそれを返すと、珍しくアンサラーは表情が穏やかな優しい顔になる。
「大丈夫、か。まぁそうだろうね。いつだってそうだ」
かみ締めるように言うアンサラーはベットで眠りにつく子供のように、安らかな顔で瞳を閉じていく。
悠斗はそれが、別れなのだろうと表情から読み取れた。
「残すようになるけど。この“世界”はキミのとは勝手が違う。――気をつけてね」
そう、言い残して。
ボクである彼、アンサラーは消えた。
それは、始まりの日にあった、満月の下での出来事。
いやー、なんとか終わったプロローグ。なんだか最後が長かった気がするけど突っ込んではいけない。うん。
伏線張るのは楽しいけど回収できるのやら。
ま、きっとその時になったら伏線もくそもないってわかるでしょうけどね。
では、これからもクリエイト:エクリプスをよろしくお願いします。失礼します。




