遠足の後で
「まーだ悩んでるの?」
大荷物を両手に抱えて帰宅したジュリーが、部屋のあかりを付けて呆れた顔をしていた。薄暗くなっていた寮の部屋で、机に向かい手紙を書く用意をしつつ難しい顔をしていた私が、彼女が出掛けた時と同じ体勢のままだったからだろう。
「おかえり、ジュリー」
「うん、ただいま。それよりあんた、いい加減にしないと、眉間のシワに苦虫が住み着くよ」
『苦虫が住み着く』とは、この世界のことわざだ。「やだやだ!」といいながら額を払うふりをして、あははと笑いあった。けど、やはり大きなため息がでてしまう。
「やっぱり納得がいかないかー」
「うん…」
「それ以外のことは全て順調なのでしょ?」
「うん」
そうなのだ。あれから2週間。色々なことがトントン拍子で怖いくらいに順調に進んだ。学園の対応のことも、怪我をした人達のことも、グレートウルフ親子との従魔契約のことも、猫カフェのことも。みんなみんな良い方に進んだ。どれだけ怒られるかと思った学園も(遠足中に無茶したから)お咎めなし。なんなら伯爵から結界の欠陥を見つけてくれたと感謝され、お礼状を頂いた。
グレートウルフ母との従魔契約は、すんなり受け入れられた。契約が済むと私たちの間には確かな絆が生まれた。あの大きな瞳が嬉しそうに輝いて、頬ずりしてくれた時の感動ったらなかった。
カフェのプレオープン(知り合いだけ呼んだ)も大成功だった。お茶を飲みながら眺めるだけじゃつまらないなぁとの誰かのぼやきを聞いたグレートウルフが、辺りの野鳥などを呼び寄せ自然のコーラス隊を結成し、見応えのあるショーと化した。それはあっという間にクチコミで広がり、早くも人手が足らない状態になった為、金額を上げて予約制にした。おかげであの兄弟も、もう仕事にもお金にも困らないだろう。ちなみに、ジュリーのお父さんの新聞社から、取材をさせてくれないかと、申し込みもあった。記事が掲載されたら、また人気が上がっちゃうな。困った。
マックの部隊の重傷者2名も、王都に戻って即治療をうけ、無事無傷にまで回復した。その上報奨金まで出たらしい。ジュリーは「治療費バカ高いのに、逆に儲けたね」なんて言ってたけど…
とにかくこの2週間で色々ありすぎて、両親への手紙は分厚くなるばかりだ。自分で読み直しても虚言癖でもあるのかな?と思うくらい色々ありすぎだし、これが真実なら心配なくらい危ない事をしてる。真実だし、実際危なかった。なら手紙には書かない方がいいのだろうかと、あっさりと書き直してみるものの、なんとなく嘘くさい。いっそ手紙を出すのをやめるかと頭をよぎったけど、手紙が届かなければ、心配して王都まで押しかけて来るかもしれない。母様は心配性だし、一人娘の私を溺愛しているのだ。
「お、ようやく笑ったね。なにを考えて笑ったの?ムッツリめ」
「ムッツリじゃないよ!苦笑いしたの」
「はいはい」
ジュリーは素っ気ない返事をして、荷物をベッドに置いた。図書館で借りてきたであろうそれらは、次の新聞の資料に違いない。将来新聞記者を目指している彼女は行動に余念が無い。
「ねぇ、ジュリー?」
「ん?」
「ジュリーは、遠足の事故のことは記事にしなくて良かったの?」
「んー…。特ダネだったけどね。しょうがないわよねぇ。箝口令敷かれちゃ」
「それで飲み込めるジュリーは大人だ…」
「納得いかないアンタがお子ちゃまなのかもよ?」
「うっ。確かに…」
私が遠足から戻った時にはもう、学園内では話題が持ちきりだった。重傷者が2人も出たのだ、当然だろう。もちろんジュリーから質問攻めにされたし、学園のスキャンダルだと速攻記事を起こしていたのに、箝口令が敷かれて、記事を破棄していた。国に逆らってまで新聞には載せないとのこと。
「怪我した本人たちは、お金貰えてウハウハ、決壊した結界は治って安全。問題起こしたアンタはお咎めなし。話題に出す人はもう居ない。逆になにが納得いかないのよ?」
「うーん…」
ジュリーの言うことはごもっともで、私は無駄に問題を大きくしようとしているのだろうか。
あんなに大怪我をして、『平民の命は軽い』なんて合言葉のように言われても納得いかない。人類皆平等でしょ。っていう前世の記憶がある私の目には、おかしいものに見える。お金で解決して、学園は平和ですよって……。(魔獣を優先した私が言うことじゃないかもしれないけど、より瀕死の方を優先したのだ)上手く言葉にできない気持ち悪さがある。
その上で『箝口令』が出るからには、誰かに不都合な事があったからじゃないのか。何かを闇に葬ろうとしてるのではないだろうか。
そもそも、あの寡黙でまっすぐなマックが選んだ護衛が魔獣の赤ちゃんを連れて帰ろうとするなんて、愚かな真似をすることも納得がいかない。
もっと言えば、遠足から戻り、学園に事の顛末を報告した時には、「入念に調査をする」と言ってたのに、その2日後に箝口令が出たのだ。そのせいで 「瀕死の魔獣親子を救った」と美談だけが私に残った。
いや、そもそも私の護衛も、マックの護衛も、なんかおかしかった。任務だよ?お仕事だよ?彼らは3年生なんだよ?最上学年なのよ?もやる。モヤモヤしてしょうがない。
「隠された謎が…ソコにある気がして…」
「探偵か」
「細かいことが、気になる性分でして…」
「?」
流石に相棒は伝わらなかった。
「じゃあさ、もう一層のこと訴えてみたら?『納得いきませんっ!』って。当事者なら権利はあるんじゃない?」
「なるほど」
「よく考えるとさ、あの山には大物も遠足参加してたから、怪我人が2人で済んで良かったのかもね」
「大物?」
「そう。王太子もあの時その付近に居たんじゃないかな?」
「流石の情報網だ…どこで入手してくるの?」
「3年生の騎士組の先輩からちょっとね〜。だから、王太子に再調査依頼でもしてみたら?」
なるほど、と思いつつも返事が出来ない私に、ジュリーは更に畳み掛けた。
「王太子とね、数人の男子がこっそり集まる場所、知ってるよ。そこでなら頼みやすいんじゃない?」




