土曜日は状態確認の日
『サラの、今の好感度はこうね!』
ぶっとい三つ編みのメガネ少女が、張り付いたような笑顔を見せた。そして機械的なような、棒読みのようなセリフを吐きながら、何も書いてないノートを広げて見せてくれた。
「う、うん……?」
「……はっ!」
「なんか、前にもあったね、そのセリフ」
「あったね。アンタに初めて会った日。一体このノートにどんな秘密が?」
ルームメイトのジュリーは、メガネを触りながら首を傾げる。
私たちは自室のベッドに座り、マジマジと真っ白なノートを見つめた。
「わからん」
「わかんないね」
同時に同じようなセリフをはき、お互いビックリして顔を見合わせ、クスクスと笑う。
ジュリーと会ってからまだ1週間も経っていないのだけど、私は彼女といるこの時間が気に入っていた。
この学校にきて、唯一安心していられる場所、それがこの寮の私室でジュリーと一緒に居る時間だ。
貴族クラスに馴染めず、友達も出来ないと顔を暗くしている私を察して、気分転換に王都を案内してくれると言うのだ。なんて良い子なんだろう。ありがたい。
「ほら、なにをボーッとしてるの。ランチ食べたら出掛けるんだから、鏡の前に座った座った!」
鏡台の前に座らされると、ジュリーがウットリとしながら私の髪を梳かした。
「それにしても、綺麗な髪の毛。こんな見事なピンクゴールド初めて見た」
「そ、そうかな?」
「そうだよ。それに、この髪の毛に埋もれない負けない可愛い顔面。お顔が天才!」
「……」
「あーあー、照れちゃって。可愛い顔が更に可愛くなっちゃうよ」
「ちょ。ジュリー。褒め殺しやめて……」
自分でもわかるほど顔が熱い。きっと真っ赤になってるのだろう。恥ずかしさのあまり、両手で顔を隠す。そして、指の間からチラリと鏡を見る。そこには、照れてはにかむ可愛い女の子が居た。
……私だ。
まさに『悪役令嬢』さまさまの可愛らしさだ。きっとヒロインにも引けを取らないだろう。ヒロインの顔も知らないけど。
いや、自分で自分を可愛いっていうとか、ナルシストかな?って思うけど、自分くらい自分を可愛いと言わないと、誰が私を可愛いと言ってくれるのか。そんな人、ウチの両親以外には居ない。
「うん。サラ、可愛い」
居たわ。かなり身近のジュリーさんが言ってくれたわ。照れるー。
「さ、アンタが照れてる間に、髪の毛可愛くしといたわよー」
見れば、ハーフアップ部分に三つ編みをふんだんに使い、くるりとまとめた可愛いヘアアレンジだった。センスいい!
「あ、ありがとう」
「どういたしまして!」
ジュリーは執事がお辞儀をするような真似をして、無い髭を触るジェスチャーをするから、また2人でクスクスと笑いあった。
王都は……とても広かった……。
とてもとても1日で巡れるものではなかった。前世で言うところの、ショッピングモールとか、もうアレだ。目じゃないってやつ。
学園と寮の行き来しかしてこなった私は、ジュリーに連れられ乗り合い馬車に乗り街中を案内してもらった。
「この街道を境に、ここから王城側が貴族街、向こうが平民街」
「平民街のメインストリートはここね。最近流行りのお店はそこ」
「あまり必要ないけど、市場はここ。屋台もあるし、買い食いには最適よ」
「本屋はここね。もっとも、学園の図書館を使えるあなたには、寄る必要もないかも」
「実は、冒険者ギルド、もあるのよ。ちょっとしたことを頼みたい時とか、逆に討伐してみたい魔獣がいれば寄ってみるといいよ」
「文具や雑貨はこの店が人気ね。学園で売っている公式のものもいいけど、高くて手が出ないとか、自分の好みのものが欲しい時には重宝するね」
と、平民街側のおすすめスポットを沢山教えてくれた。
そして、少し残念そうに
「貴族街の方も案内してあげれればいいんだろうけど、私じゃ立ち入ることも出来なくて」
と悔しそうに笑った。
「私、地方の自治領に閉じこもってたから、そんなに差があるなんてしらなかったよ」
「サラは、自治領の領民と仲良くやってそうだよね」
「もちろんだよ!田植えの時期、収穫の時期は一緒に泥だらけになってたし。領地に魔獣が出た時は、父が先頭に立って戦ったり、私は子供たちを避難させて一緒に震えてたりとか」
ジュリーがふぅん、と頷いてにっこりと笑った。
「私、アンタのそういうとこ好きだよ。でも、基本的に貴族は好きじゃない。むしろ嫌い」
「……」
「だってそうでしょ?身分が違うからって、立ち入ることすら出来ない場所があるなんて!私の飽くなき探求心を、そんな事で阻むなんて……!」
握りこぶしをつくり、縁石に足をかけ、力説するジュリーは、どこか眩しく感じた。
「それってつまり、貴族街のほうに行ってみたいってこと?」
「……平たく言えばそう」
「それじゃあ、私の制服を着れば入れるんじゃない?」
我が学園の制服は、貴族と平民でデザインが違う。1目で見分けられるように、なっているらしい。
貴族が色とおおよそのデザイン、校章入りワッペンを付けるだけなのに対し、平民は画一で同じデザイン同じ素材なのだ。
それに、王都で学園の制服を知らない人間は居ない。つまり、貴族側の制服さえ着てしまえば、誰でも『貴族の子女』に見えてしまうのだ。
私の提案を受け、悪い笑顔を浮かべるジュリーが、そこにいた。
表情豊かなジュリーはさておき、彼女の役にやっと立てそうで、この時の私には嬉しかった。