芸術担当
もーやだ、もーいやだぁ!
目の端に涙を浮かべながら、本日3度目の全力疾走をしていた。
傍から見たら、それほど恐ろしい出来事では無いかもしれない。ただ単純に生徒だと思った人が動物の仮面を被ってるだけ、と言えばそれだけなのだ。
でも、よく考えてみて欲しい。普通、学校で仮面被る?お祭りとかじゃないんだよ?テキ屋のお面被るのだって、中学生だってやらな……いやウケ狙いは分からんけど、多分しない。せいぜいお祭りアイテムとして後頭部につけるか、もしくは身バレしない為に無理やり被らされるとかくらいだ!と思うんだ。
それを、彼らは自らつけているように見えた。ここ、普通に学校ぞ!? 彼らは1人ポツンと行動中に見えたよ?!ウケ狙いたい相手もいなかったよ!?身バレしたら困る相手なんていた?居残りバレたら怒られるからとか?それなら私の身も危ういな。
まさか、学園の七不思議とか、そういうアレなの!?
そこまで考えて、ゾッと寒気がした。
まさか……7匹みたら祟られるとか、そういうアレなのだろうか……?
いやいやいやいや、コワイコワイコワイ!!
半泣き状態だった私は、本泣きになりながら、学生棟最端、東側の芸術棟に着いた。
芸術棟というよりも、建物の集合体のようなそこは、中央にティーパーティーが開けるような東屋があり、その周りに5棟の建物と、奥に大きなホールがある。
もう変な人と遭遇したくなかったので、建物の外からこっそり覗きながら見て回った。想像するに、絵画、彫刻、演劇、バレエ、吹奏楽など、それぞれの建物で異なった専門用の建物のようだ。さすが王立。色々な才能を伸ばすことに余念が無い。遠目からでも分かる高そうな備品を見れば、惜しみのない援助を感じる。逆に才能ある人からすれば、自分の力をのばしつつ、ここでパトロンとなる人と出会えるのだ。倍率の高さも納得だ。逆に言えば、なんで私入学許可されたのか不思議でしょうがない。
それにしても、疲れた。慣れない制服で全力疾走をした私の足は生まれたての子鹿のようにぷるぷると震えていた。
辺りを見回し、誰もいないことを確認する。建物の間から東屋をのぞき、そちらにも誰も居ないことを確認す。今なら誰も居ない。変な仮面の人に遭遇することもなさそうだ。
自分の安全を確認できると、東屋に置かれた椅子が急に気になる。
花に囲まれた空間。優しそうな日陰。座りやすそうな椅子。どれも疲れた私を優しく誘うようだ。鳥の鳴き声まで聞こえる。前世でいうところの、フルートのようなピッコロのような音が、旋律となって流れてくる。なんて優雅なんだろう。
ヨボヨボしながら東屋の中心まで移動し、またキョロキョロと辺りを見回す警戒心MAXだけどいいじゃない。祟られたくないんだもん。ここは慎重にいこうよ。誰もいないことを再度確認し、よっこいせと言わんばかりに椅子に腰掛け脱力した。
「はぁ〜。ここがこの世の楽園か〜」
東屋の中心にいれば、誰かが近寄ってくれば直ぐに分かるし逃げ出せるだろう。
花の香りと顔に落ちる木漏れ日が心地よい。鳥の鳴き声?も耳に優しい。そう、その鳥の奏でる旋律は、いつからか男性ソプラノの歌声となっていた。
……男性ソプラノ……だとぅ!?
私はバッ!と振り返り、東屋の太い柱のひとつをジッと見つめた。
なにも居ない。でも、なにかおかしい。
訝しみながら、音の方へとそっと近寄る。すると、巨大な鳥の羽のようなものがチラリと見えた。
「なんだ、鳥か」
「そうだ。ボクは鳥だよ」
うんうん。やっぱり鳥だった。
「って、鳥が返事なんてするかー!」
「しまった!」
「誰なの!?姿をお見せなさい!」
決まった!珍しく悪役令嬢っぽいセリフを述べられた!それも悪役令嬢っぽいポーズで!自分の役目を果たせるってキモチイイ!
感動に打ち震えていると、柱の影からひょっこりと、人影が現れた。その人影は頭には鳥の仮面、両腕に鳥の羽を模したもの、毛中には鳥の尻尾のような長い飾りを広げながらなびかせていた。それは、確かに鳥ではあるが、あまりにも派手で異様な姿だ。どこかで見たことがある。あれは、求婚するときの……あの大きな派手な鳥は……!
「孔雀だーーー!!!」
「違う!不死鳥だ!フェニックスだ!!!」
彼はそう叫ぶと天をあおぎ、両手を広げて不死鳥ポーズを取った。
「ふ、しちょ……???」
不死鳥なんて、前世では架空の生き物だ。今世では存在しているの……?いや、そんなことよりもあまりのインパクトで、驚きのあまり腰を抜かし、その場にへたりこんでしまった。
いつの間にか地平線まで落ちていた夕日は、地上の影を大きく伸ばす。
彼の奇妙なポーズから伸びた影も伸び、私をすっかり覆う頃、私は自分の意識を手放していた。