第5話 ミニチュアパスタランチセット
そうは言われても、困ったなあ。
「申し訳ないけど、僕は料理人じゃなくてハンドメイド作家なんだ。参考程度に色々見るけど、分量とか調理方法は分からないんだ。ミニチュア料理と本物の料理は違うんだよ」
ごめんね。と僕は謝る。
しかしソルトはすぐに首を横に振った。
「ミニチュア料理を食べさせてほしい! ぼくはマスターの作ったミニチュア料理を食べれば、そのレシピが分かるから!」
「えっ! そんなチート能力を僕はきみにつけたっけ⁉︎」
思わず全力でツッコミを入れてしまった。
ソルトは得意げに髭をピンとさせる。
「マスターがぼくを作った時、クロが想像したソルトそのものになるように設定してくれたね。同時にマスターは言った。『クロの力になれるように頑張ってね』と! だから、ぼくはクロの力になれることならなんでもできる! クロの願いはアッと驚く料理を作ること。その願いを叶える力として、ぼくは食べたもののレシピが分かるんだよ」
「マージかー……」
そんなことを言った気がする。
ポロッと溢した発言まで絶対に反映されるのか。本当にすごいな。
「でもまあ、それならよかった。分かったよ。ぼくが作ったミニチュア料理をソルトにあげればいいんだね」
「お給料ってやつだね」
「きみの雇い主はクロなんだけどね?」
「お店が軌道に乗るまでは無理だよ。彼の夢が叶う手伝いを……いや、責任は取ってくれるのだろうマスター?」
「あはははっ、そうだね」
僕が思っていた以上にソルトはやり手のようだ。
「喜んで、ケットシーの異世界料理店のパトロンになるよ」
答えるとソルトが手を伸ばしてくる。
僕は小指を伸ばし、小さな彼と握手をした。
ソルトの手は、温かかった。
「では、早速なにかもらえないかな? クロもお腹が空いてると思うんだ」
「ケットシーって食べちゃ駄目なものとかある?」
「ケットシーは普通の猫とは違う。人間と同じ食生活だよ。あとは、個人の好き嫌いだね」
「ソルトはなにが食べたい?」
「カフェのミニチュアドールハウスに飾ってあるパスタランチセット!」
「おおっ、よく見てるねえ……」
僕はチラリとカフェのミニチュアドールハウスに視線を移す。
棚に飾っている現代風のそれは、いまのところ異世界と繋がったことはない。
ご所望のパスタランチセットはカウンター席に置いてある。
「いいよ。けど、あそこに置いてあるのひとつだけなんだよね……」
「パスタランチセットは四種類くらいあっただろう? クリアボックスにしまっていたよね」
「本当によく見てるね。しまってあるのも合わせれば、ジェノベーゼ、カルボナーラ、ポルチーニクリーム、ペスカトーレがあるけど……。どれがいい?」
「全部じゃ駄目かい?」
「さすがに食べ過ぎ。ミニチュアだったら傷まないけど、異世界にいったら痛むでしょ? お腹」
僕はソルトの小さなお腹を心配する。
なにかあればポーションはあげるけど。それでも極力は頼らずに健康体でいてほしい。
「そうだね」
納得したソルトは真剣に考える。
「では、ジェノベーゼとペスカトーレを!」
「ペスカトーレはまだしも、ジェノベーゼって……バジルが入ってるけど」
「もう! ぼくらは猫とは違うと言ったはずだが?」
「そうなんだけど、愛猫家としてつい気になってしまうというか……なんというか」
良いにゃんこは真似するなよ!
と言いたくなっちゃうよねえ。
そわそわしてしまった僕は、居心地悪さを誤魔化すように首の後ろを撫でる。
「分かった。用意するよ」
「やったね! 嬉しいよ! ぼくは先にクロに服をプレゼントしてくるね」
「パスタランチセットは二階に用意すればいいの?」
「まさか! せっかくだから、マスターが素敵に作ってくれたテーブル席で味わうよ」
つまりそれは、僕に用意しておいてってことだよね?
僕は肩を竦める。
「今日は記念日になるもんね。なら、ケーキもつけてやろう!」
「わあっ、マスター太っ腹!」
「あっ、分かってると思うけど僕のことは」
「うん。マスターのことはクロには秘密にしておくよ」
ソルトはコック服を胸に抱く。
スキップをしそう足取りで階段へ向かい、最後にこう付け加えた。
「なにかあれば、守護神さまのおかげって言っておくね!」
やっぱりそこに行き着くのか。
クロの元に早足で向かうソルトに、僕は溜め息を付いた。
「早く聖王に神様になってもらわないとなあ。……あれ? そういえば、僕ってジャヴィには邪神って呼ばれてるんだっけ? うわっ、邪神も誰かに押し付けなきゃ」
僕のげんなりとぼやいた瞬間、楽しげな笑い声が響いてくる。
「こ、これは! くれるんれすか⁉︎」
「そうだよ。クロはこれを着てキッチンに立つんだ!」
「ふにゃあーっ!」
キッチン服を見せびらかすソルト。
少女のように胸の前で手を合わせて喜ぶクロ。ウルウルとキラキラが混ざってるクロの目を見ているとこっちまで涙腺が刺激される。
「はあー……こういうのに弱いんだのねえ。泣きそっ」
鼻を捩り、込み上がってくる涙を瞬きを繰り返して撃退する。
そそくさと、パスタランチセットとミニチュアケーキの準備を始めた。
「自慢だけど、ミニチュアスイーツには自信があるぞ。たくさん作ってるからね」
僕は特にお気に入りのホールケーキ――苺のチーズケーキをクリアケースから取り出した。
ぱっと見はシンプル。
だが、中心には苺の薄切りをバラのように配置している。
ミニチュアの苺スティックをカッターで切ったあと、ピンセットでチマチマと形を揃えて行くんだが……同じ作業を繰り返しているとゲシュタルト崩壊してくるんだよ。
苺の量が多くてもバランスが気持ち悪いし、少ないとスカスカになって寂しいし。
「本物のケーキの写真を見ながら、めっちゃバランスを意識して作ったからね!」
僕はミニチュア料理をピンセットで料理店の丸テーブルに配置した。
もちろん配置にもこだわるよ。
少し離れたところでは、クロがルンルンと着替えをしている。自分専用のコック服に緊張しているのか動きがぎこちない。と思ってたら転びかけた。
すかさずソルトがカバーする。よかった。
「さて、お祝いの準備できたよ」
僕が声を掛ければ、ソルトが反応した。
尻尾が、ぴーん! と立つ。ふんすふんすと鼻を動かして、本当に嬉しそうだ。
着替えもちょうど終わっていて、いいタイミングだ。
「クロ! もうひとつプレゼントがあるよ!」
ソルトはコック服をまとうクロを引っ張る。
「えっ⁉︎ ま、まだあるんれすか⁉︎」
「ジャジャーン!」
ソルトが豪華な料理を自慢する。
気付かぬうちに現れていた料理にポッカーンと固まるクロ。
ソルトはクロの背中をグイグイと押して、テーブルまで連れてきた。
「こ、これ、食べていいんれすか?」
「今日は記念日だからね!」
「こんなすごいごはん、初めて見たれす!」
「うんうん。そうだろう? だってこれは異世界の料理なんだ!」
「い、異世界の料理っ⁉︎ ど、どういうことれすか?」
クロは料理とソルトを交互に見る。
「クロにはこの異世界の料理を覚えてもらうよ」
「異世界の料理を覚える? そ、それって、これを作るんれすか⁉︎ クロが⁉︎」
毛を逆立てて唖然とするクロ。
突然そんなことを言われたら混乱するよね。
「にゃ、にゃ、にゃにを言って……冗談れすよね?」
「真面目に言っているよ。ぼくがサポートをする。安心してよ」
「で、でも……」
「ほら、早く!」
ソルトはクロの手を引っ張り、席に着かせた。
「さあさあ、まずは食べてみてよ! これはパスタランチセットだよ。クロのはペスカトーレ。ぼくのはジェノベーゼだ」
「え、ええ……」
困惑顔のクロ。
だが、その大きな目はペスカトーレに釘付けだ。
ゴクン、と生唾を飲み込んだ。
離れてる僕にまでいい香りが漂ってくるんだ。目の前に座ったら涎が止まらなくなるよね。
「自負するが、僕のミニチュアの完成度は高いぞ。抗えるわけがない」
この後の動きを予想して、スマートフォンを構える。
「ほらほら、悩むなら食べてから考えよう。それに、クロだって異世界の料理を食べたらきっと美味しくて自分でも作りたくなるよ!」
僕の予想通り、ソルトが進める。
クロにフォークを握らせた。
「じゃ、じゃあ、一口……」
クロはフォークを握り直す。
プルプルと耳を震わせながら、ペスカトーレに手を伸ばした。
ケットシーは器用だ。まん丸な手で器用にフォークにパスタ麺を絡め、パクリ!
「――んにゅううっ!」
クロが歓喜に染まった奇声を上げた。
ぱあああっ! クロの周りの空気が光り輝き、花が舞っている幻覚が見えるよ。
はっはっはっ! いい反応をするじゃないか!
僕とソルトは目を合わせ、ニンマリとする。
「こ、これか……こ、これが! 異世界の料理!」
クロは興奮で耳をぴるぴると小刻みに震えさせる。
鼻息が荒くなり、さらに飛び付く勢いで二口目。そうなれば、もう止まらない。クロはガツガツと食べ始めた。
「どう?」
ソルトの問い掛けに、クロは食べるのに夢中で答えられない。
それがもう答えだ。
「その汚れたコック服は誰がきれいにするのかな? 僕だろうねえ」
僕は肩を竦めると、二人の記念日をスマートフォンにおさめた。
さあ、異世界の諸君。
ケットシーの異世界料理店オープン日を楽しみに待っていてくれ!




