第4話 ミニチュアドールケットシー
その気持ち、すごく分かる。
新しいことにチャレンジするのって覚悟がいるよね。覚悟を決めたって足がすくむ時もある。
学生の時はもちろん、大人になって働き始めても同じだ。同じ職種でも職場が変わると細部の勝手が違うことがあるし、前の技術が新しい職場で通じなかったらどうしようかと迷うこともある。
「やってみたら意外とどうにかなるもんだよ。……なんて、他人が口出しするだけなら簡単なんだよね」
どうにかならなかった時の責任は誰が取るのか?
そんな不安があるね。
しかし、安心してくれ。
「すべての責任は僕が取る」
なぜならここは僕の作業部屋の僕のジオラマの中だ。
君の力でどうにもならなくなったら、僕がどうにかしてやる。
そのために、僕は作ったんだ。
異世界の料理店を。
ペーパークラフトの異世界ドアを。
そして、《《あの子》》を。
「だから、とりあえずやってみるといいよ」
僕はペーパークラフトのドアを人工芝に置いた。
ペーパードアは本物になる。
色は青。上部には猫の型に切り取られた小さなガラス窓が付き、ノブも伸びた猫型だ。
「うおおおおっ! おっ洒落ーっ! 実物になるんだから気合い入れなきゃと思って、お金払ってデザインしてもらってよかったー」
凝ったデザインがそのまま実物になった興奮に頬が熱くなる。
僕はうっとりと本物になったドアを観察した。
「はあぁ、細部まで最高だ。ほんとはこれもミニチュアで作りたかったなあ。量産は時間が掛かるから諦めたけど、ひとつふたつなら作るか」
ハンドメイド作家として、このデザインを一から自分の手で作り出したい欲望が湧いてくる。
ニマニマしていたら、ケットシーが動いた。
「おっ、気付いたか?」
お勉強に熱中していたケットシーは顔を上げた。
「んにゃ⁉︎」
眼前の立派なドアに尻尾を膨らませて固まるケットシー。
突然キャンプ地にお洒落なドアが現れたら驚くだろう。しかも、この子はこのキャンプスペースを自分の縄張りのように思って安心しきっていたからね。
ケットシーは全身の毛を逆立てるとゆっくりと姿勢を変えて――やんのかステップでドアに威嚇をし始めた。
「可愛いなあ。いつまでも見ていたいけれど、今日の僕は背中を押す気満々なんだよね」
それこそ、物理的に。
「えい」
ガチャッとドアを開ける。
僕は警戒しているケットシーを続いてドアの中に押し入れた。
「んにゃああぁあ⁉︎」
見えない力(僕の指)に強制的に押されたケットシーは、悲鳴を上げてドアの奥に転がっていく。
あの子には勢いが大事だ。
そして僕にも、
「異世界に関わっていく勢いがね」
よっこらしょ。と、じじくさい掛け声とともに背伸びをひとつ。自信作のドールハウスに身体を向けた。
ゆっくりとドールハウスに近付いて、覗き込む。
「にゃ? にゃっ?」
異世界料理店の中で、ケットシーは大きな双眼をパチパチとさせていた。
「おや。やっと来たね」
「⁉︎」
呆然とするケットシーを出迎えたのは、白い毛並みのケットシー。
黒を基調としたホールスーツは高級レストランのウェイターをイメージして作ったものだ。
「遅い。まだオープンしないとはいえ、いつまで待たせるんだい?」
腕を組み、溜め息を付く白ケットシーの名前はソルト。
ソルトは僕が作ったミニチュアドールケットシーだ。
でも、僕がただ好き勝手作っただけのミニチュアドールじゃない。
ソルトは、正真正銘のサバトラケットシーの友達だ。
それはサバトラケットシーが一番よく分かってるはず。
「……ソ、ソルトれすか?」
何度も目を擦ったあと、サバトラケットシーは恐る恐る訊ねる
ソルトくんは即答した。
「ああ、そうだよ。自分で作った友達を忘れたのかい?」
ソルトくんは、サバトラケットシーが勉強の合間に落書きしていた空想のお友達だ。
こんなお友達と料理店を開いて、みんながアッと驚く料理を作りたいと、サバトラケットシーは夢見ていた。
僕はその落書きを元にソルトを作り上げた。
「……これは、夢れすか?」
「ああ、夢だ。ここはお前が思い描いた夢が、運良く天の目に触れて生まれた奇跡だ。ここにあるのは、料理人のいないキッチン、スタッフのいないホール、出てこない料理、そして客のいないがらんどうの料理店。それだけ。この意味が分かるか?」
「わ、わからない、れす……」
「この奇跡の夢を、現実にするのはこれからのお前――いや、クロとぼくだ」
ソルトくんはサバトラケットシーに手を伸ばす。
白が多めのサバトラ柄だけど、名前はクロと言うらしい。毛色に縛られない自由な名前で素敵だね。
「夢を、現実に……?」
「みんながアッと驚くすごい料理店にするんだろう?」
パチパチと何度も瞬きをするクロくん。
瞬きを繰り返すうちに大きな瞳は潤みだし、耳もぺしょんと下がってしまった。
そして、料理店に子猫のような泣き声が響き渡る。
「そうれす! そうれす! がんばるれすっ!」
ボロボロと涙で髭を濡らしながらクロくんは力強く頷いた。
ソルトくんは機嫌良く尻尾を立てる。
「よし! では準備をしなくてはね!」
ソルトくんは感涙がとまらないクロくんに頭突きをかました。猫の頭突きは、仲良しの印。
「この二人はきっといいコンビになるね」
僕はほっこりとした気持ちに包まれる。
微笑ましい光景を眺めながら、僕は作業机に置いていたペットボトルを掴んだ。
「今回は、ゆっくりと眺めてられるな。ふあぁっ」
ここ連日、それなりにハードな日程で作業をしていたので安心したらドッと疲れが襲ってきた。
僕は喉を鳴らして、甘い炭酸水を摂取する。
「ちょっと毛繕いをして待っていておくれ!」
ふとソルトくんが言う。
ソルトくんはぐりぐりとしつこい頭突きでクロを落ち着かせると踵を返して、階段を駆け上がった。
二階にやってくると、ぱっ! とソルトくんは僕のほうを見た。
「マスター! やっとお話しができるね!」
「ぶほっ、マ、マスターッ⁉︎」
キラキラした目で見詰められて、とんでもない発言をされた。
油断していた。
「ごほっ、っぶねえ……ずびっ」
鼻から炭酸を吹き出すところだったぞ。鼻の粘膜に炭酸は地獄すぎるので、気合いで死守する。
「マスターにずっと言いたかったんだ!」
無理やり冷静を取り繕っている僕の前で、彼は再び言った。
「マスター! ぼくに身体をくれて本当にありがとう! これでクロと一緒にいられる!」
うーん。明らかに僕を『マスター』と呼んでいる。
ソルトくんを想像したのはクロくんだが、作ったのは確かに僕だ。なら、いままでの経験上こうなってもおかしくはないだろう。今更驚くことじゃない。
僕は、ふう……と息を吐いて落ち着くと、ペットボトルを作業机に置く。
「こちらこそ、喜んでもらえて嬉しいよ。ソルトくん」
「マスター。くん付けなんてやめてくれ。ぼくとマスターの仲だろう? ぼくのことは、ううん。クロのことも親しみを込めて名前で呼んでおくれよ」
「分かった。よろしくね、ソルト。話せて嬉しいよ」
しかし、マスターか。
なんか、新鮮な響きでちょっとニヤついてしまうな。
「ねえ、マスター。クロにコック服をプレゼントしてもいいかな?」
ソルトは猫型のクローゼットからコック服を取り出した。
僕はすぐに頷く。
「もちろん。彼に着てもらうために作ったからね」
「ありがとうございます!」
ぱあっと表情を明るくするソルト。
「あと、マスターの世界の料理を教えてほしいんだ」
「僕の世界の料理を?」
「うん。クロはみんながアッと驚く料理を作りたいと思っているんだ。だから、マスターの世界の料理を教えてあげたい。それに、マスターも言っていただろう。ここはケットシーの異世界料理店だって! マスターの世界はぼくらからしたら異世界だ!」
なるほど。僕は納得する。
同時に弱々しく眉を下げた。
「面白いアイディアだね。でも、僕は料理店で出せるような料理は作れないんだよ」
「えっ? いつも作ってるじゃないか。たくさん。この間だって、この料理店にこんな料理があったらいいなあって作っていただろう?」
「それって、もしかしてミニチュア料理のこと?」
「そう! マスターがそう呼ぶその料理は、ここでは本物だ! その作り方を教えてほしい!」




