第3話 ケットシーの異世界料理店
ケットシーは人間相手に商売をするために頑張っている。
そんな健気な子に、僕はドールハウスで作った料理店をプレゼントしたい。
同時に、僕の見えないところのジオラマと異世界が繋がってしまった時、異世界の人たちは可能なら僕の見えるジオラマへ移動してきてもらいたい。
「もしこのケットシーの料理店が異世界で人気の店になれば、この店に繋がる転移の扉を見付けた異世界の人は扉をくぐるんじゃないか?」
僕は閃く。
「名付けて、ケットシーの異世界料理店!」
いいじゃないか!
視界がパァッと輝くほどわくわくしてきた。
「お店にたくさんお客さんがくるのは嬉しいはずだしね。僕は僕でペーパークラフトドアを量産して、適当にジオラマに置いておけばいいし。あっ……でも、ペーパークラフトも作るの大変なんだよな。それなりの数も必要になるし。うぅん……魔法があるなら、チラシに転移の魔法をかけるとかできないかな?」
ペーパークラフトのドアにするか、魔法のチラシにするかは考えておこう。
いまは、ケットシーの言語練習を応援しつつ、料理店ドールハウスの内装を完成させようじゃないか。
「あの子が言語の勉強をしてるなら、少し時間に余裕ができたんじゃないか? ならさ、やっぱり内装もちゃんと作ろうよ! ねっ!」
聞こえてないと分かっているが、ついケットシーに話し掛けてしまう。
実は、これだけテンションが高くなる要因は他にもあった。先日、スマートフォンを買い替えた。
ついでに動画用のカメラも買ってしまった。
それは異世界ジオラマをより画質良く撮影するためだ。
「頑張ってる姿を、早速新しいスマホで……」
僕は作業台に置いていた新しいスマートフォンを早足に撮ってきて、お勉強するケットシーを撮る。
撮る。撮る。満足するまで撮る! 連写!
大量の画像の中から、特に素晴らしいものをいくつか選別する。
「さあ、世界よ! この可愛さを見るんだ!」
僕は鼻歌混じりに『人語お勉強中のケットシー』をSNSに投稿した。
すぐさまいくつもの反応が飛んでくる。
最初の頃は吐き気を催すほど緊張していたけど、いまでは随分と慣れてきた。まあ、それは僕の作品よりも異世界の人たちのほうに関心を持たれているからっていうのもある。
「……本当に、いいタイミングかもな」
SNSアカウントの今後に悩んでいた時、僕はひとつのコメントをもらった。
『作業風景も見てみたいです!』
僕のアカウントは初投稿で万バズを経験した。
その結果、驚くべきことに五桁のフォロワーがいる。
その人たちは、出来上がっている異世界のジオラマを眺めたいんだと思ってた。いいや、実際にほとんどの人がそうだろう。
けど、作業風景を見たいと伝えてきてくれた人がいる。
少し戸惑ったけど、すごくすごく嬉しかった。
うまく言葉にできないけど、多分、作品だけじゃなくて作品を作ってる僕自身を見てもらえるみたいで、嬉しかったんだ。
「さてと、続けてお知らせしとくか」
僕は再度カメラアプリを起動する。
半端な仮置きをしてるDIY木製ドールハウスの写真を一枚だけ撮った。
その写真を、SNSに載せるためにコメントを書く。
「『テーマはケットシーの異世界料理店。これから内装を作ります。作るミニチュアの作業工程をできる限りアップしていきたいです』っと」
深呼吸のあと、震える指で投稿ボタンを押す。
「はあー……」
一気に緊張感が襲ってきた。
そりゃあそうだ。前の僕は自分の作品を他人に見せるなんて、それこそ不特定多数の人の目に晒すなんて出来なかった。
「成長したなあ」
緊張するけど、いまでは心のどこかで見てもらいたいと思っている。
自分の作品を楽しんでもらいたいとニヤついている。
異世界ジオラマと違って、この投稿の反応は鈍い。それでもちらほら反応してもらえた。
「ん?」
通知が来た。
見ればさっき投稿した内容にコメントがついていた。
『楽しみにしてます!』
たった一言だけ。
たった一言だけでも、僕にはにっちゃにちゃに顔面崩壊を起こすほどの幸せな言葉だった。
「ケットシーのためにも、自分のためにも、やるかあー!」
そして、この時から僕はケットシーの異世界料理店のために作業漬けの日々を送る。
ああっ、すっげー幸せな日々っ!
◆ ◆ ◆
それから、僕は一日三〜五時間の作業を毎日続けた。
そして可愛い可愛い料理店を完成させたー
猫脚テーブル。猫耳付きチェア。猫尻尾の振り子時計、その他もろもろ猫モチーフの家具を配置した。
「我慢できずに鉄格子も猫型に変えたし、最高! 完璧!」
僕は完成した料理店ドールハウスを四方八方から撮る撮る撮る。
「やっべえな……。久しぶりに自己肯定感が爆上がりする満足感を得られてる。たっのしいー!」
SNSに投稿するのはテンションが落ち着いてからにしようと思っているので、とにかく写真だけを撮る。
ひと通り撮った僕はフォルダを眺める。ニヤニヤ。ニヤニヤ。
「自分の作業動画を見返すのも楽しいし、もっと早くやってればよかったな」
作業工程をショート動画にして載せたら、思ったより見てもらえた。
ああいうちまちま作業を見るのが好きな人もいると知られて嬉しい。
「さて、僕は満足したんだけど……こっちは、まだなんだよね」
僕はケットシーのいるキャンプスペースに向かう。
そこには僕があげた豆本の山。
そして、頭を抱えるケットシーがいた。
「んなあああっ、目玉焼きってにゃんれすか! 目玉じゃないれす! 焼くのは卵れす! 卵焼きれす! れも、卵焼きは別の料理になるのれす! なんれれすかああああっ⁉︎」
ケットシーは尻尾をバシバシと荒ぶらせる。
喋り言葉は随分と流暢になったが、まだ理解できない意味合いが多いみたいだ。
言語の壁は厚いよね。
「僕には日本語で聞こえてるけど、実際は異世界の言語だろうから、なんか難しいところがあるんだろうね」
ここまで話せるならいいんじゃないかと僕は思っちゃうけど、ケットシーは納得してない様子。
こうしてまだまだ言語の勉強をしている。
「こっちと向こうは時間の流れが違うっぽいけど、その流れの違いもまばらなんだよねえ。ご都合展開というか、適当というか。猫の気分みたいに気まぐれな時間感覚だよなあ。なんか法則があればいいのに」
異世界とジオラマが繋がる時点で非科学的な不思議現象だ。そこに法則性を見出そうとするのは間違いか。
僕は溜め息を吐く。
「まあいいか。面倒な話はわきに置いといて……。いま大事なのはケットシーの異世界料理店ドールハウスが完成したということ。つまり! 店に来て欲しいんだよ!」
なのに、この子は勉強に夢中でテントから出てこない!
しかも、それは勤勉というよりも……
「なーんかこの子、わざと勉強を長引かせてここから離れないようにしてないか?」
僕の予想は、多分、当たってる。
ケットシーは言語練習で日記を書いている。
その日記には、『一人前の料理人になってやる!』という旨の内容が多く書かれていた。
けれども、この子はある程度話せるようになっても自ら新しい就職先を探そうとはせず、ひたすら言語勉強ばかりしていた。
異世界でケットシーが働くのは難しいのかな?
だからきちんと話せるようになるまで頑張ってるのかな?
なんて考えた時期もあったが、実はこの間保護者竜不在の時があり、アリスちゃんと話す機会に恵まれた。
アリスちゃん曰く――
「ケットシーはゆーこうてきな種族で、妖精って種族だとジャビさまが言ってました! 言葉は通じないけど、人間のお手伝いをしている子も多いそうです!」
らしい。
つまり、人間の言語を話せるケットシーのほうが珍しいようだ。
「この子は、一歩踏み出すことを怖がっているように見えるんだよね」




