第2話 DIY木製ドールハウス
「この子、前に料理店ドールハウスにいたような……。うん、そうだよ。いたいた。モップで掃除をしてた見習いケットシーだ!」
ポン! と僕は手のひらを打つ。
「って、まさか……」
そこまで思い出して、顔面から血の気が引いた。
その場にガクリと膝をつく。
「待ってくれ。まさか、この子が泣いてる理由って……」
ど、どうしよう。思い当たる節がある。
「僕がスープを取っていったから、料理店をクビになったのか⁉︎」
僕は過去にケットシーの営む魔法の料理店から魔法のスープを拝借したことがある。
だが、それは僕の作った魔法スープミニチュアだ。
だから僕が持って行っても本来なら問題はないはずなのだが……あったはずの料理がなくなったのを見て、他のケットシーたちがどう思ったのかは分からない。
「いやいやいや、落ち着け。落ち着けー。まだ分からないだろ。あー……なにか、なにかこの子の状態が分かるものはないか?」
ケットシーは毛繕いに夢中だ。
僕はそばにあったピンセットを掴む。そろりと洞窟の中を探った。
「結構、しっかりめに奥があるな。ここまで深く億は作ってないのに。この洞窟ミニチュア、異世界だとこんなに深くなるのか」
少し奥には草を集めて作ったベッドがある。
他には集めた小枝、いくつかの木の実、洞窟には僕の知らない生活のあとがしっかりと刻まれていた。
「まさか、ここに住んでるのか?」
ふと、草ベッドにカバンを見付けた。
潰れた小さな肩掛けカバンは、枕代わりにしているのだろう。僕は申し訳ないと思いつつ、カバンをピンセットで摘み出した。
「ごめんね。すぐに返すからね」
聞こえないだろうが、僕はウトウトと船を漕いでいるケットシーに伝える。
肩掛けカバンを開いた。
出てきたのは、こう言っちゃ悪いがゴミだった。
綿の出てる魚型のぬいぐるみ、片方だけの靴下、いくつもの葉っぱに、クシャクシャの紙。
「ん? この紙はなんだろう?」
ピンセットを使って紙クズを丁寧に広げる。
足跡のスタンプがついてる紙は手紙のようだった。
「ケットシーの文字かな? ミニチュアから取り出せば、こっちの世界の言葉に変換されて読めるかな?」
紙を手のひらに乗せてみる。
あれ? 文字は足跡スタンプのままだった。
「読めない……。けど、なんとなーく意味は分かる気がするぞ。ばつ印ってことは、よくない意味だよね」
紙には、デカデカとばつ印が記されていた。
脂汗が止まらなくなる。
「や、やっぱりこの子がこんなところでひっそりと暮らし、メソメソと泣いているのは、スープ泥棒の汚名を着せられて魔法料理店を追い出されたから? それで、就職先が見つからず、お腹がすいて、一人で震えてるのか⁉︎ そうなのか⁉︎」
僕の脳裏に、ブワッと昔の記憶が溢れ出す。
我が家に迷い込んできた時のバブバブベイビーカツ丼はガリッガリで目付きが悪くて、常に怒ってるか怯えているかだった。
あろうことか猫疥癬や寄生虫までいて、動物病院で頑張ってもらった。
ああっ! この子も放っておけば怪我をしたり病気になるかもしれない。
色々と思い出し、目の前のケットシーと昔のカツ丼の姿が重なってしまって涙腺が熱くなる。
「こ、この子は悪くない! 悪いのは僕だ!」
猫の下僕としてなんたる失態!
挽回のチャンスをください! お願いします!
「君の再就職先を見つけてみせる! いいや、僕が作るよっ!」
ガバッと立ち上がり、強く誓った。
「必ずやこのケットシーに相応しい料理店ドールハウスを作ってみせると!」
それまではこのテントで暮らしてくれ。
一式あげるから。なんなら、他の便利道具も追加するから!
僕はペーパークラフトのことを忘れ、クビになったケットシーに新しい店を作ることに燃えた。
「そうと決まれば、構想を練らなきゃ!」
僕はケットシーのカバンをササッと戻し、周りを片付ける。
「こっちと向こうで時間の流れが違うから、作るなら早くしてあげなきゃ。異世界のほうが時間の流れが早いんだよな。うわあっ、そうなると最初から作るのは厳しいか。となれば……」
僕はニヤリとほくそ笑む。
「ふっふっふっ、ついに覚悟を決めてあの作業をする時が来たようだ」
僕は部屋の隅に布をかけて置いてある『それ』のところまで進んだ。
「異世界とジオラマが繋がってからバタバタしてて、ずっと放置してたんだよね」
僕はバサリと布を剥がす。
そこにあったのはDIY木製ドールハウス。
工具店で買ってきた木材を自分で切ってヤスリもかけて組み立てた大型のドールハウスだ。
煙突のついた急斜面の屋根。格子付きのアイロン型の窓。レトロで可愛い外装は洋館をイメージしたものだ。
土台の下には、お洒落な猫脚を付けている。
そこにあるだけで存在感を放つこいつは、筋肉痛に苦しみながら作った大物。
組み立てて外側を仕上げたはいいが、気に入りすぎて内装に悩んで手を出せずにいた。
そしたら異世界ジオラマが爆誕して、そっちにかまけて構想も練る暇もなく。
部屋の隅で保管するだけになっちゃったんだよ。
「洋館にしようとしたけど、今日からここはケットシーのステキ料理店だ!」
僕はウッキウキで腕を捲る。
完成させたい気持ちはずっとあったんだ。
ついに完成させられるとなればそりゃあもう浮き足立つぜ。るんるんるん。
「飲食系のミニチュアはいくつか作ってあるから……。えーっと、雰囲気が合いそうなやつを先に大まかな配置をして、足りないものは作ろう。あー、でもケットシーのお店なら猫をモチーフにしたものあるといいかな?」
中身は二階建てのシンプル構造。
けど、それなりの広さと奥行きがある。
はてさて、どうのミニチュアをどう使おうか?
「一階はキッチンスペースとホールで分けて、二階は生活スペースにしてあげたほうがいいよね。あのケットシーは住む場所がないだろうから、一通りの設備は備えてあげたい」
僕は、既に作ってあるミニチュア作品を仮置きして大まかなイメージを決める。
「お洒落だけど、ケットシーの料理店にしては少しインパクトが薄いな。せっかくなんだから猫イメージにしたいよねえ」
つーか、僕がそうしたい。愛猫家として猫グッズは妥協できねえぞ。
猫脚テーブルはもちろん、背もたれに猫耳デザインをつけたチェア。尻尾の振り子時計に、肉球マークをあしらった家具……ああっ、にゃんて素晴らしい!
「やべえ、考えるだけですっげー楽しい」
僕は激しい妄想を膨らませる。
「時間はないが、妥協もできない。どうすれば……あれ?」
気が付くとケットシーが起きていた。
ケットシーはなぜか空に向かってペコペコとお辞儀をしている。見覚えがある光景に、僕はすぐにピンとくる。
「あ、これ分かるぞ。守護神様、もしくは邪神様ありがとうってやつだ」
それからケットシーは洞窟に戻ってあのボロボロのカバンを持ってくる。
途中でカバンの肩掛け部分が千切れて中身が散らばった。
「うにゃ! にゃぅ、うっ、にゃー!」
ワタワタと小さな手で中身を拾い集めるケットシー。
それを横目に僕は、ドール用の小物入れから肩掛けカバンを取り出した。
「よければ新しいの使ってね」
僕は新しい肩掛けカバンをテントの中に入れる。
ただ、もし古いカバンに愛着がありそうならあとで直してあげよう。
「にゃっにゃっにゃっ」
ケットシーは両手でカバンを抱えてキャンプスペースに戻ってきた。
「にゃうー……」
ホッと一息付くケットシー。
どうやらケットシーはここを本拠地に決めてくれたようだ。よかったよかった。
「あれ? なにするのかな?」
ケットシーはまた洞窟に戻り、今度は煤けた塊を持ってきた。
洞窟の中で焚き火でもしてたんだろう。その燃え滓を置く。次は鞄から大きな葉っぱを出して隣にセット。
そして、自分の爪に燃え滓を付けると……
「い、にゃっにゃい、にゃ、せ」
は、葉っぱにミミズ文字を書き始めた⁉︎
「ま、まさか、人間の言語を覚えようとしてるのか⁉︎ じゃああの葉っぱは、ゴミじゃなくてお勉強してたものなの⁉︎」
やめてくれ!
これ以上僕の涙腺を刺激しないでくれ!
「うぐっ、ぐぐぐぐぐ……ひぃ、ひいぃ……」
僕は顔面を手で覆い、天を仰いで奇声を発するのを堪える。
ケットシーが異世界でどんな立ち位置なのかは分からないが、言葉を勉強するということは人間とは言語が異なっているということ。
そして、このケットシーは健気に言葉を覚えようとしている。
それすなわち、人間相手に商売をしようとしている証拠!
「っしやあ!」
僕は自分の頬を思い切り叩いた。
「今後の方針が決まったあ! このケットシーの料理店に繋がる転移のドアをペーパークラフトで作ればいんだ!」




