第1話 洞窟ジオラマ
「さーて、初めてのペーパークラフトだ!」
地下牢獄ジオラマの一件から早一週間。
僕は自作ペーパークラフトの展開図に鼻息を荒くしていた。
「ペーパークラフト専用の3Dアプリって便利なんだなあ」
作ったのは扉のペーパークラフト。
異世界が物置き部屋のジオラマとも繋がってしまうことに焦りを感じた僕は、特定のジオラマに転移する扉を製作することに決めた。
転移の扉は、僕が見ていないジオラマにも置いておけるように量産しなくちゃならない。
しかし、ハンドメイドミニチュアの量産は難しい。
悩んだ末、僕はペーパークラフトで扉を作ることにした。
「名付けて、どこでもド……は、やばいな。これはただの『僕の指定したジオラマに繋がるドア』だ」
頭の中に青タヌキ、ではなくて青い猫を思い浮かべつつ、ペーパークラフトの展開図にハサミを入れていく。
「絵心ないから悩んだけど、それっぽくするだけならどうにかなったな」
本当はアイロン型で磨りガラス窓かステンドグラスの小窓が付いた大正レトロなお洒落扉にしたかったけど……。それはさすがに高望みだ。
長方形の平凡な扉になっちゃったけど、大満足だ!
「今回は試作品だしね」
余白を大まかにハサミで切り捨てる。
ざーっと形を整えたら、次はカッター作業だ。
「こういうチマチマした作業が最高に楽しいんだよねえ」
嬉々として新しく購入したペーパークラフト用のカッターナイフを開封しようとして、僕は手を止めた。
「カツ丼? なにかあった⁉︎」
猫の悲鳴が聞こえて、僕は慌てて立ち上がる。
開封前だが念のためにカッターナイフを引き出しにしまい、バタバタと部屋の外に出ようとして立ち止まる。
よく聞くと、違和感を抱いた。
「この声、カツ丼じゃないぞ?」
猫の喧嘩声や悲鳴は似ているようで個性的だ。
一流の下僕ともなれば、飼い猫の悲鳴音階は把握できる。
「この悲鳴は、カツ丼じゃない!」
確信した僕は素早く踵を返し、窓を開ける。
見えるのは田んぼ、田んぼ、田んぼ。
少し遠くに国道。散歩中の犬とじいちゃん。
僕は夕陽で赤く染まる見慣れた風景に、外猫がいないか探した。
「いた!」
無駄に広い庭に置いている僕の原付に野良猫がいた。
あの子は去年とっ捕まえて去勢した猫だ。
「去勢してから太ったなあ」
リラックスして寝ている。
周りに他の猫はいないし、それにあの子はメスで性格も喧嘩するタイプじゃない。
なのに、まだ聞こえてくる猫の悲鳴。
「外の猫じゃないとなると」
僕は深呼吸をして、窓を閉めた。
「さーて、今日の異世界ジオラマはどこだ?」
僕は声を頼りに異世界と繋がったジオラマを探し始めた。
「あれ? ここら辺だと思うんだけど」
今回はなかなか見付からない。
それでも必死に探せば、まさかの場所にいた。
「えっ! こんなところに⁉︎」
引き出しタイプの収納ボックスの上に並べている洞窟ジオラマ……というよりも、洞窟ミニチュアにケットシーがいた。
樹脂粘土で作った洞窟ミニチュアは、それひとつで完成している手の平サイズのものだ。または、アクアリウムに憧れて、人魚姫の住む水中ジオラマを作ろうとして作成した岩場のひとつでもある。
「失敗して洞窟っぽくなっちゃって、適当に苔や草を生やして置き物にしてたんだよね」
まさか、こんな小さなところにもくるなんて。
「この間から予想外のところに異世界が出現するなあ」
僕は眉を顰めて溜め息を吐く。
「物置き部屋のジオラマと繋がるよりましか。それにしても、どうして泣いてるんだ⁉︎ 大丈夫か⁉︎ 大丈夫なわけないよなあ、泣いてるんだもんなあ!」
耳をぺしょんとイカ耳にして、尻尾を身体に巻き付けて泣くケットシー。
白の面積が多いサバトラ柄の体毛は、ビショビショに濡れてしまっている。泣きながら弱々しく毛繕いをする様が、余計に愛猫家の胸を締め付けた。
目を凝らせば、洞窟ジオラマの表面は濡れていた。しかも濡れた表面には次々と波紋が浮かび上がり、水滴が跳ねる。
まるで、なにかがここに降ってきてるみたいだ。
「もしかして、雨が降ってるのかな?」
僕に雨は見えない。
けど、耳をすませば確かな雨音が聞こえてきた。
なんだか環境音楽みたいだなあと一瞬だけ気が緩んだが、僕の思考はすぐにひりついて目尻がギンと吊り上がる。
「可愛い可愛いお猫様が泣いてるなんて緊急事態だっ! どうした⁉︎ なにがあった⁉︎ 雨に打たれて悲しくなっちゃったのか⁉︎ 待ってろ!」
僕はバタバタと必要なものを持ってくる。
今回はジオラマと違ってどこまで異世界に繋がってるか分からない。分からないが、お猫様が悲しんでいるんだ!
やれることはやらなきゃならない!
「うおおおおおっ! 待ってろよニャンコ!」
まずは、人工芝マットを逆さにして縁を洞窟ミニチュアの縁に合わせて大まかな形を取る。ザッとマット裏にペンで印を付けて、作業机に移動。印にそってマットをカット。
くっ付けられるジオラマ用の雑草と苔キットを持って、ケットシーの元に即座に戻る。
「よしよし。どうにかなるぞ」
人工芝マットと洞窟ミニチュアを合体させた。
突貫作業なので隙間ができてしまったが、そこは雑草と苔のキットで埋める。
せっせとピンセットで整えて土台は完成。
「おっ、本物になった! よっしゃあ、これで異世界と繋がったぞ!」
人工芝マットの質感が本物になる。
雑草に雨粒が落ち、辺りが濡れ始めたのを見て口角が自然と持ち上がる。
「ここからが本番だ!」
気合いを入れて急足に、しかし丁寧に次の作業に取り掛かった。
用意したのはキャンプミニチュア一式。
まず、テントとタープのミニチュアを配置する。すぐにテントやタープにぶつかる、ぼつぼつぼつ……と低い雨音が聞こえてきた。
「あとはタープの下に魔法の絨毯とローチェア、いや、丸ダンボールがいいかな」
ケットシーがいるミニチュアが置いてある引き出しタイプの収納ボックスには、色々なミニチュアがしまってある。
僕はそこから魔法の絨毯と、猫用品ミニチュアをいくつか取り出してタープ下にきれいに配置した。
「焚き火台には、火が直接当たったら炎の魔石を缶ミニチュアの中に置いておこう」
焚き火台ミニチュアの中に、レジンで作った火の魔石をいくつか入れる。
「こんなもんかな!」
充実したキャンプセットにニヤニヤが止まらなくなる。
「あとはケットシーが気付いてくれればいいんだけど……あっ!」
僕の願いはすぐに叶った。
くすんくすんと鼻を啜っていたケットシーが、アーモンド型の瞳を輝かせる。
その瞳には、間違いなくキャンプセットが写っていた。
「なああぁん!」
耳と尻尾を喜びにピンと立たせて、ケットシーは洞窟から飛び出してきた。
スライディングする勢いでタープの下に避難してきた。
プルプルプル! と身体を揺らして水気を飛ばすと、熱を放出する火の魔石の前で毛繕いを始めた。
「ぎゃわいいっ……!」
叫びたい気持ちを抑えたつもりだが、駄目だ。これは駄目だ。
「にゃー!」
「……うぉお!」
油断をしていたら作業部屋の外からカツ丼の鳴き声が聞こえてきた。
遊び疲れで寝てたのに。もしかしてケットシーの声に反応して起きちゃったのか?
「ごめんねー! 浮気じゃないよー!」
僕は扉の向こうに投げキッスを贈る。
我ながら気持ち悪いな。けど、猫愛は気持ち悪いくらいがちょうどいいんだよ! 暴論万歳!
僕の重い愛を感じ取ったのか、カツ丼が部屋の前から離れていく気配がする。
自動給餌機の音が聞こえた気がしたが、決してごはんに釣られて離れたわけじゃないと僕は信じている。
「あっ! この子はお腹空いてないかな?」
カツ丼のごはんの時間であることに気付いた僕はケットシーのお腹が心配になる。
「ケットシーってなにを食べるんだろう? 前に料理店ドールハウスに来ていたケットシーは普通に食べてて……あれ?」
僕ははたと気付いた。




