第6話 新しいアイデア
「おおっと! 現魔王ジャヴィ氏、どうやらアリスちゃんに対して何かを思っている様子。彼はすでにアリスちゃんにデレデレになってますからねえ。けど、根っこの部分で魔族が人間を大切に思うことはよくないことだと考えていたんでしょう。それが今回、元魔王と聖王の関係を知り、自分の常識が崩れてパニクってますねえ」
ジャヴィの視線を追って、ルスヴンがアリスちゃんの存在に気付いた。
「あそこにいるの、人間? なんで? お前の?」
「っ! ちぃとツラ貸せぃ!」
「おやおや、ジャヴィ氏。カッと目を見開いてルスヴンを連れて行く! 通路の隅でヒソヒソし始めたぞ! この魔王同士、仲が悪いのかと思っていたらそうでもないようだあー! …………はあ、実況って結構疲れるぞ」
僕は慣れないことをした喉をさする。
「しかし、何の話をしてるのかな?」
予想としては、人間と魔族の関係。
うん、それ以外に考えられないよね。
「しかし魔王とはビックリだな。……って、あれ、聖王? どうしたんだろう」
不意に聖王が魔王コンビに背を向ける。
彼女は手元に宝石を握っていた。それに話し掛けている。こちらの声は聞こえた。
「よかった。では、いまは教会で妹さんと一緒にいるんだね」
『はい。なにかあったんですか?』
宝石から聞こえてきたのは懐かしい声。
この声は、遺跡ジオラマにきた少年――勇者くんか!
聖王は不思議な輝きを放つ宝石に向かって話し続ける。
「少し予定が変わってね。確認したかっただけだよ」
あの宝石は、異世界の通信装置って感じかな?
「問題ないならいいんだ。待ち合わせの時間に遅れてすまないね」
『気にしないでください。実はいま、エルシーがノイさんを巻き込んでクッキー作りを始めちゃって……」
おっ、新しい名前が出てきた。エルシーは妹さんだよね。
ノイさんは、誰だろう。僕の知ってる人かな?
「おや、魔導長もちゃんといるのか」
ばっちり知ってる人だった。僕はすぐにメモをとる。
「彼女はすぐに人目のつかないところに逃げてしまうからね。一緒になにかをして、逃がさないでもらえると助かるよ」
『お茶菓子用意してお待ちしてますね』
通話は終わったらしい。
聖王は宝石をしまう。そのタイミングで、魔王コンビも話がついたようだ。
ルスヴンがニッコニコで聖王に駆け寄る。
「アイツと色々話したんだけどよ、多分そのおチビさん大丈夫だぜ」
「どういうこと?」
「話すと長くなるから後でゆっくり説明するわ」
「でもあの子は本物の聖女だよ? お前も分かるだろ? 悪いけど、僕は納得できない。彼が現魔王であるなら尚更」
「心配してるのは、あのおチビさんが蔑ろにされてないかってところだよな? 安心しろ。見てみろよ。髪はサラサラ、肌荒れもない。服だって綺麗だろ」
「それは、そうだけど……」
「大丈夫だって。ジャヴィの奴、お前と同じだから」
「僕と同じ?」
「色んな感情が自覚できてなくて迷ってる最中」
聖王は真顔で考え込む。すぐに「あっ!」と声を洩らした。勘付いたらしい。
聖王はジイッとジャヴィを観察する。
「いいのか。いいのかあ……。魔族と人間ならば親子関係が一番マシかと思っておったが、そうじゃなくてもいいんじゃな。しかし、我は、いや、あああああああっ分からん! あれが愛いことしか分からん!」
悶々と悩むジャヴィ。
「あれは娘じゃ! それでいい!」
ジャヴィの中では娘としてまとまった様子だ。よかった。まだアリスちゃんは幼いから、僕としてもその認識でいてくれたほうが安心する。
異世界の成人年齢は分からないが、僕の目が黒いうちは倫理観を重視してもらうぞ。
「ジャヴィは言葉選びが下手なんだよ。けど、話してたら人間嫌いも随分と緩和されてるっぽいし。いい傾向な気がするんだよな。オレらの野望のためにも、様子見してやっていいんじゃね?」
「……分かった。理解したら、昔の僕を見てるみたいで恥ずかしくなってきた」
聖王はこめかみを押さえて天を仰いだ。
「うん。丸く収まりそうな流れだな」
僕は肩の力を抜いた。
これなら放っておいても大丈夫だろう。放っておくもなにも、今回僕はなにもできていないけど。
ただワタワタして、バタバタして、空回りして、見てただけだ。
「今回の僕は、無能すぎるぞ……」
自分で自分に不貞腐れる。
僕は悔しさを忘れないように地下牢獄ジオラマをスマートフォンで撮る。
険悪な空気はもうない。
ジャヴィはアリスちゃんを抱えると、他の二人と一緒に階段を登っていった。赤いサラマンダーもついて行く。
「うぅん……」
僕は膝に頬杖をついて、カラの地下牢獄ジオラマを睨む。
「作業部屋以外のジオラマが繋がるとは思わなかった。さすがにこれはまずい。気持ち的にも焦る」
実際に焦りまくりだった。
見てることしかできないもどかしさ。見るなと言われればそれまでだが、自分のジオラマ内でのバタバタを見逃すことはできない。
「極力は第三者を貫く気だったけど、ここは僕のジオラマだもんな。手を出さないでいることは無理だ。なら、どうする?」
アリスちゃんを通して、僕の正体を明かす?
それは無謀だ。
あくまでも僕の存在は隠したまま、できるなら作業部屋にあるジオラマと異世界が繋がるように誘導したい。
「僕の見えないところで異世界とジオラマが繋がるのが困りものだから……解決策となると、うぅーん……」
僕はスマートフォンをポケットに戻す。
地下牢獄ジオラマが入っていたダンボールの蓋を閉めた。
「転移魔法があるなら、特定のジオラマに転移させるミニチュアを作って配置するとか?」
いいアイデアはないものか?
考えながら、僕はつっかえ棒を外して物置き部屋を出た。
パタパタとスリッパを鳴らして作業部屋に戻る。
異世界のことを考えすぎて、背後でカツ丼が音もなく物置き部屋に侵入したのに気付かなかった。




