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異世界ジオラマ  作者: 彁はるこ
六章 物置き部屋のジオラマ
24/33

第3話 ツンデレドラゴン

「ハア? なぜに其奴(そやつ)を庇うんじゃ?」


 低い声でドラゴンが訊ねる。

 バシン! と強い音が響いた。人型のドラゴンからトゲトゲの太い尻尾(しっぽ)が生えていた。


 このドラゴンに、人型に変身できるアイテム――ミニチュア王冠を与えたのは僕だ。

 すると、こいつは僕の予想を大幅に超えた使い方を覚えてしまった。

 それは、人型のまま身体の一部だけをドラゴンに戻す技だ。


「格好いいのがまたなんとも言えないんだよなあ……!」


 ぐぬぬぬぬっ……と、僕は奥歯を噛み締める。


「庇う理由が分からん。あの封印からして、お前はそこの小蝿(こばえ)どもに捕われておったんじゃろ?」


 ドラゴンはムスッと腕を組み、尻尾を何度も叩き付ける。重そうな尻尾は石床に簡単に亀裂(きれつ)を入れた。

 それは答えを急かすような態度だ。

 けど、殺意の高い赤雷からフードの男を庇った聖王は無言を貫く。


「ど、どうして……」


 助けられたフードの男は、聖王を見上げて唖然と呟いた。

 聖王はフードの男に顔を向けると、ただ静かに微笑んだ。そして、懐から宝石を取り出す。

 聖王はその宝石をフードの男にそっと握らせた。


「これは、転移の魔導具(まどうぐ)? こ、こんな貴重なもの、どうして?」


 当惑(とうわく)するフードの男。

 聖王は男の問いには答えずに、柔らかな声音で一言だけ伝えた。


「行きなさい」

「わ、我々は、貴方の命を……」


 フードの男が震えた声で言うが、聖王は穏やかな微笑(びしょう)を崩さずに「しっ」と自分の唇に人差し指を当てた。

 自分は何も知らないと言わんばかりに。


「っ……」


 フードの男は肩を震わせる。

 目深に被っていたフードを外して、隠していた顔を晒した。自ら素顔を明かした男は深々と頭を下げ、聖王の服の裾を摘み上げるとそこにキスをした。


 漫画やゲームで見たことがある。

 多分、忠誠(ちゅうせい)を誓うとかそういう意味合いの行為だろう。

 命を狙った自分を見逃す聖王の寛大(かんだい)さに心を打たれ、更生し、元老院ではなくて聖王に忠誠を誓い直したって感じかな?


 まあ、元老院って色々やってるようだからね。

 フードの二人のやり取りを聞いてる限り、元々疑心暗鬼(ぎしんあんき)もあった様子だ。

 もしかしたら、彼が異様に苛立ってたのだって本当はそれが原因かもしれない。


 フードの男は通路の端で腰を抜かしてる仲間に駆け寄る。

 転移の魔導具を使った。宝石が砕けると、二人は光の粒子に包まれる。

 その瞬間、雷が二人を襲った。


「ひえっ!」


 突然のことに僕の口から情けない声が出る。


「逃したか」


 雷を放ったのはもちろんドラゴン。

 けど、そこにはもう誰もいない。どうやらフードの人たちは逃げられたようで、ドラゴンは(しか)めっ面で舌打ちをする。


「自分の命を奪おうとした者を逃すなど、偽物の聖王とは言え優しいのう」


 ドラゴンは(あお)る。


「人形は、見る人によって表情が変わる」


 何の脈絡もなく、ぽつりと聖王が言った。


「人形は寄り添うために作られているんだ。だから、嬉しい時に見れば笑って見えるし、悲しい時に見れば泣いて見える」


 意味が分からず、ドラゴンは首を捻る。

 裏腹に、彼女の素の性格を知る僕はなんとなく理解できた。

 微笑んでそれっぽいことを言っておけば、相手が都合良く勘違いしてくれるってことかな?


「僕は、聖王という人形になるために作られた。だからね、黙ってると人は勝手に僕を崇高な存在として見てくれるんだよ」


 聖王は自嘲(じちょう)気味に笑う。

 都合よく解釈されたとしても、ボロが出る時は出る。

 それを出さずに、誰も不幸にさせないなら、それは時にカリスマと呼ばれることもあるだろう。

 聖王はそのタイプだと僕は思うけどね。


「ところで、先程うちの子と言っていたけど……その子のことかな?」


 聖王はアリスちゃんに視線を移す。


「この気配、君は魔族だよね? しかもとても強い。あの子とは、どういう関係?」


 聖王の問いにドラゴンは、ウッと息を詰まらせる。

 なぜか気まずそうに視線を彷徨わせ始めた。言葉を発しようとして、なにも言えずにパクパクと唇だけを動かす。

 ザ・挙動不審!


「あ、あれは、その、我の、む、むす、むす……」

「むす?」


 不思議そうに復唱した聖王の前で、ドラゴンは呻く。

 意を決したように、カッと目を見開いて叫んだ。


「む、むすっとした時に使う我の贄だ!」


「バッカ! お前そこでツンを出すなよ!」


 恥ずかしいのか娘と答えられずにぶっ飛んだ返答をしたドラゴン。

 僕は全力でツッコミを入れてしまった。


「僕はお前が父性爆発させてるのを知ってるぞ! 最近めちゃくちゃデレッデレじゃないか! 火山ジオラマからいなくなった理由だって、アリスちゃんの体調を気遣ってだろ! 二人して海の別荘ジオラマに現れた時は白目剥いたからな僕は!」


 さらに言えば、お前はアリスちゃんにパパって呼んでほしくてソワソワしてるだろ!

 どうにか呼んでもらえないかと悩んでる姿は全部こっちから丸見えなんだからな!

 頑張れよ!


「贄だって?」


 途端に聖王の声音が低くなる。

 こ、これはまずい勘違いをされたのでは?


「ち、違う! そいつはただの照れ屋ドラゴンなだけで……」

「ああそうじゃ! あんなちっさくてもちもちほっぺの笑顔がキラキラな人間を、この我が、む、む、娘のように可愛がるわけなかろう! そ、それにあれは邪神様に捧げる黒巫女じゃ。我がきちんと教育せねばなるまい!」


 ドラゴンは(まく)し立てるように早口で言う。

 誤魔化すのが下手くそで、僕からすれば逆に微笑ましさすら感じてしまうが、聖王はそうじゃない。

 そもそも、地下牢獄という異質な空間が余計に聖王の警戒心を高めている気がする。

 気合い入れて恐ろしい雰囲気で作りすぎてごめん!


「と、とにかく! いいから、サッサと返せ!」


 ドラゴンの口調がより乱暴になる。

 僕にはそれも照れ隠しだと分かった。

 でも、


「それを言われて、返せるわけがないよね」


 聖王は立ちはだかるように大きく一歩前に出る。


 そりゃそうだ。

 聖王は魔族に対して偏見(へんけん)がない。

 それはつまり、最初から魔族を悪と決め付けず、相手の態度ややり取りから自分で判断するということ。


 はたからしたら、ドラゴンは発言も態度も酷い。

 聖王には、目の前の奴は子どもを悪の道に引き摺り込もうとする悪い魔族にしか見えないだろう。

 見た目も最高にガラ悪いしなあ。


「ああああっ勘違いの連鎖(れんさ)が始まる予感!」


 僕の顔から血の気が引く。


「あの子は、聖女だろ? 邪神に捧げる黒巫女ってどういう意味?」


 おっと。さすがは聖王様。

 どうやらアリスちゃんが本物の聖女だというのも見抜いているらしい。


「それって、余計にやばくね?」


 僕の背筋に嫌な汗が流れる。

 ピリピリとした空気感が、すっごく怖い。

 自分が作ったジオラマが、このいやーな空気感を作る要因(よういん)のひとつになっているというのも複雑すぎる。いや、複雑な心境を通り越して、若干の罪悪感が……。


「頼むから、一触即発はやめてくれ!」


 僕には祈ることしかできないのか?

 なにかできることはないのか?

 祈りも虚しく、聖王がドラゴンの地雷を踏んだ。


「この子は僕が保護する。大人しく帰って――」

「ぁあ? 小娘が、ふざけたことぬかしてんじゃねえぞ」


 本能的に僕は(すく)み上がった。

 ドラゴンは眼力だけで相手を卒倒させそうなほどの殺気を放つ。


「それは我のじゃと言っとるじゃろ」


 ドラゴンの周りでバチバチと不穏な音がし始めた。

 彼が尻尾を動かす度に小さな稲光が弾ける。威嚇どころか、やる気満々。


「ラウンド2とかまじでやめろ!」

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