第2話 地下牢獄ジオラマ
「この港街で密会がおこなわれるのは分かっている。勇者のみならず、行方不明であるはずの魔導機関の魔導長とも秘密裏に連絡を取り合っているのは知っているんだからな! 今度はなにを企んでる⁉︎」
檻を蹴ったフードの男が責める口調でがなる。
勇者って、元貴族で、金髪の少年のことだよな?
魔導機関の魔導長ってのも、僕が猫もどきをあげたフードの子のことだ。
色々と気になるので、僕も聖王の返答を待つ。
でも、いつまで経っても彼女は答えない。
それどころか、フードの男を一見もしない。
完全に無視を決め込む聖王にフードの男は苛立って、また鉄格子を強く蹴った。
「お、おい。やめろよ!」
「お前はなんとも思わないのか⁉︎」
「だってそれは、その……」
「まさかお前も他の奴らのように元老院の御言葉を疑うのか⁉︎」
「そ、そうじゃなくて……と、とにかく落ち着けよ! お前だって、その、思うところはあるだろ?」
「うるさい!」
もう一人に止められるまでそいつは鉄格子を蹴り続ける。
騒音の中、アリスちゃんは身じろぎすらしない。
「まさか意図的に眠らされている?」
この騒動の中でこんなに寝続けるのはおかしいだろ。
なら、やはりなんらかの方法で眠らせられていると考えたほうが妥当だ。
「勇者の妹と勘違いして攫われたなら、すぐには危害は加えられないだろうけど……どうするか」
僕は物置き部屋を見渡す。
なにか助け舟を出せるミニチュアをしまってなかったかと他のダンボールを漁った。
けど、ろくなものがない。
「これ、ヤバいんじゃないか?」
僕は冷や冷やしていた。
実は、一番心配しているのは二人に危害が加えられることじゃない。
というか、正直に言えば二人のことはあまり心配していなかった。
この二人が命の危機に陥る事態は起きないと思ってる。
「だって、この二人って……片や恋人が元魔王で、片や保護者がドラゴンだぞ」
僕が心配しているのは、そこだ。
この二人はバックについてる奴がやばい。
冗談抜きで、やばい。
「僕としてはバックのヤベー奴らが乗り込んでくる前にどうにかしたいんだよ……!」
ここにいるフードの奴らがどんな計画を企んでいるのかは不明だが、よくない思想の持ち主なのはなんとなく分かる。
「我らのは元老院方の意思を注ぐ! 命に変えても、なすべき事をなすぞ!」
ほーら、不穏なことを口走ってるよ。
きっとフードの奴らはよくないことをやらかす気だ。
そのやることの項目に『聖王の命を奪うこと』と『勇者の妹(勘違い)を人質に、勇者を利用すること』が含まれているなら……。
元魔王と、保護者ドラゴンは黙ってない。
「頼むから、僕の目の前で血腥いことを始めないでくれよお……」
祈りながら、必死に必死に、どうにかできるミニチュアはないかとダンボールを漁る。
「チッ、帰りが遅いと思うたら……。汝等、我の子になーにしてくれとるんじゃ」
ヒイッ!
地下牢獄ジオラマから聞き覚えのある声が聞こえてきて、僕は肩を跳ね上がらせた。
「だ、誰だ⁉︎」
「どうやってここに入ってきた!」
狼狽えるフードたちの声。
僕はバタバタと地下牢獄ジオラマのダンボールまで戻る。
「ああっ、やっぱり! ボードに張っ付けてあるだけの地上への階段も本物になってる!」
半円形の地下牢獄ジオラマは、直線の通路側から半円側の端ほどを囲むふうに石壁を模したボードを張っている。
劣化感を出すため、雑な縁取りをしたアイロン型の出入り口をボードに作って、地上への階段をくっ付けているのだが……。
そこから、角の生えた赤褐色の男が気怠げに降りてきた。
「うるさいのう。普通に入ってきただけじゃ」
「ふ、ふざけるなっ! 見張りがいたはずだ!」
「見張りぃ? あー……騒がしい小蝿ならおったのう」
僕がふざけてあげた毛皮のコートがよく似合うガラの悪いそいつは、これまたガラの悪い笑顔で吐き捨てる。
ヤベー奴その一。
アリスちゃんの保護者――火山ジオラマに住み着いたドラゴン(人型)が現れた。
僕は拳を握り締める。
「くそっお前っ! 素肌に直で毛皮のコートとか最高にガラ悪いのに! 似合っててやばいな! 地下牢獄ジオラマのやばい空気感がクッソ似合ってるぞ! あとでガラの悪さ倍増するようにゴッテゴテのカラーサングラスを作ってやる! エセ中華も似合いそうだな!」
なーんて、満面の笑顔ではしゃいでしまった。
いやね、僕も男の子なので。
厨二心をくすぐられるのは大大大好きなんですよ。あと、ガタイいいの羨ましいなあ。
「筋トレ三日坊主なんだよねえ……」
僕はチラリと隅っこにある小さなダンベルを見る。
この部屋には、ノリと勢いと希望と理想像だけで購入した数多の筋トレグッズが埃をかぶってる眠っている。……すまん。
「聖王の仲間か!」
「あっ」
筋トレ再開を悩む僕の前で、フードの男がドラゴン(人型)に向けて手をかざした。
「怒りの雷帝よ! 聖なる我らに仇なす罪人へ、容赦なき鉄槌を与えたまえ!」
フードの男が呪文を唱える。
手元が光り、ドラゴン(人型)の下に魔法陣が浮かんだ。
「お?」
ドラゴン(人型)が、呑気に下を向いた次の瞬間。
激しい雷撃がドラゴン(人型)を襲った。
「うおおおおっ! 呪文詠唱! めっちゃくちゃファンタジーな光景すぎる!」
僕は思わず前のめりになってしまった。
魔法は前にスケルトンと戦う魔導長を見たけど、あの時は無詠唱だった。
アリスちゃんと意思疎通ができるようになり、僕は異世界ジオランドのことをより知った。
というか、知識のないアリスちゃんがドラゴンから色々と教わるのを見聞きして、僕も学んだ感じだ。
異世界では『魔法を使うためには詠唱が必須』。
詠唱を必要としないで魔法を使えるアイテムもあるが、そういうのは入手困難。
稀に市場に出回っても、屋敷がふたつみっつ変えてしまうほどの高値で売買されるらしい。
無詠唱で魔法を使えるのは稀代の天才か、英雄、勇者、聖女などと呼ばれる守護神に選ばれた者のみだと。
「無詠唱でスケルトンをバンバン倒してた魔導長のあの子は、本当にすごい子だったんだなあ」
それじゃあ苦労するわけだ。
思い返して、改めてあの子の苦労にホロリとする。
「我は、雷は主食じゃない。しかも、安っぽい雷じゃのう」
ゲフッ、と口から煙を溢し、ドラゴン(人型)は不満気にぼやいた。
「あっ、やっぱり生きてる」
ドラゴンだからそれなりに強いだろうとは思っていたけど、ここまで余裕のある態度でいられるとはすごいな。
客観的に見ている僕とは異なり、相対しているフードの奴らからしたら脅威的だろう。
「どれ。我が一流の雷を食わせてやろう」
尖った歯をニッと見せ、愉悦感たっぷりの極悪な笑みを浮かべるドラゴン。
筋張った指をわざと鳴らす。
バチバチと、ドラゴンの手に雷が纏わり付いた。
「ひいっ」
フードの男が怯えた悲鳴を上げて、尻餅をつく。
「おまっ! 相手は人間で――!」
「たんと味わえ!」
僕が妨害する間もなく、赤い雷がフードの男を穿った。
「うわっ!」
僕は反射的に身体を逸らして、顔を腕で覆った。
小さなジオラマの中の出来事なのに、耳が痛くなるほどの轟音。
咄嗟に顔を隠したけど、それでも視界が一瞬眩んだ。
「っ……」
桁違いの威力に心臓がバクバクする。
瞬きを繰り返してから、ソロリと目を開けな。
「ありがとうございます、聖王様あああああっ!」
僕は天を仰いで本気で叫んだ。
「ど、どうして……封印は完璧だったはずだ」
唖然とするフードの男の前には、なんてことない様子の聖王が立っていた。
元々聖王がいた場所――魔法陣とドクロがあった場所では、ドクロが真っ二つに割れていて、魔法陣も光を失っている。




