第1話 物置き部屋のジオラマ
「な、なんじゃこりゃああああっ⁉︎」
ダンボールだらけの物置き部屋に絶叫が響く。
誰の絶叫かって?
ここは僕の家。
僕以外の叫び声なわけがない。
「んにゃー」
「はっ!」
足元のカツ丼がふんふんと鼻を鳴らす。
僕は我に返ると興味深そうに件のダンボールを覗き込むカツ丼を抱っこする。
「ごめん、カツ丼さん! ちょーっと外に出てて!」
カツ丼を廊下に出す。
引き戸を閉めれば、にゃーにゃー! と、抗議されるが開けられない。なぜなら……
「ダ、ダンボールにしまってたジオラマまで、異世界と繋がってる⁉︎」
作業部屋に飾ってあるジオラマではなく、物置き部屋に放置していたジオラマが異世界と繋がっていたからだ。
ダンボールに入っているのは半円形の地下牢獄ジオラマ。
おどろおどろしい雰囲気のそれは、当時ハマっていたホラーゲームに触発されて作った。
直線のほうが通路、半円側が檻になっている。
無駄に細かいものを作りたくなっていた時期で、拷問器具や拘束具にも力を入れた代物だ。
ただ、しばらくして感性が変わったのと不注意で一部を壊しちゃったので、ダンボールに入れてしまっていた。
「猫じゃらしどころじゃないぞこれ。ごめんな、カツ丼。少し待っててくれ」
今日は昔買った自動猫じゃらしを探そうと室内を漁っていた。
すると、どこかから異音が聞こえて……
探したらこれだ。
「くそ。完全に油断してた」
信じられない光景に頭をガシガシと掻く。
「まずいっまずいまずいまずいだろ! なんでアリスちゃんと聖王がこんなところに捕まってるんだ⁉︎」
地下牢獄ジオラマには、拘束された二人がいた。
一人は、手足を縛られた状態でスヤスヤと眠っているアリスちゃん。彼女は、火山ジオラマでドラゴンに生贄にされた女の子だ。
もう一人は、位の高い聖職者らしいデザインをした純白の装いの聖王。聖王は拘束されていないけど、不気味なオーラを放つ魔法陣の中心に座らせられている。
「こんな魔法陣。僕は書いてないぞ。このドクロだって知らない」
聖王のそばには禍々しいドクロが置かれている。
ファンタジーミニチュアをよく作る者としての直感が、あれはよくない魔法道具だと訴えてきた。もしかしたら、あれが聖王の動きを封じているのかもしれない。
「もおーっ意味が分からない!」
そもそも、僕は作業部屋に飾っているジオラマだけが異世界と繋がると思い込んでいた。
でも、こうしてダンボールに放置していたジオラマも異世界と繋がった。
しかも、壊れているジオラマにだ。
「てことは、僕はそれなりの数を作ってるぞ」
物置き部屋を見渡して、気絶しそうになった。
「っ! 駄目だ駄目だ!」
気合いを入れて、頬を叩く。
「いまは目の前のことをどうにかしなきゃ!」
というか、僕のジオラマのせいで誰かに危害が加えられる可能性があるとか、後味が悪いどころの話じゃない!
マジで寝込むぞっ!
「お、おい。本当にやるのか?」
「なにをビビってる! 元老院ドゥ様の御言葉を忘れたか!」
真っ白なローブを着た人たちが、切羽詰まった様子でで言い争いをしていた。
声からして、どちらも男だろう。
囚われた二人はもちろん檻の中に。
フードを深く被って顔を隠した二人は通路にいる。
薄暗く不気味な牢獄に不釣り合いな真っ白なローブのデザインと元老院という単語に、僕の表情は自然と渋くなった。
「……陰謀が渦巻いてるなあ」
つい探偵のように顎下を撫でてしまう。
推測するに、僕が聖王に解呪の指輪を作ったことで元老院とやらの悪い計画が破綻した。
だから、実力行使に出たのかな?
「元老院は聖王に、いや、この凶悪な偽善者に殺されたんだ! なにが世界に降り掛かる禍いから民を守るためだ。違う! コイツに呪い殺されたんだ!」
「それは、いや、それでも……その」
「なんだよその態度! そうだろ!」
一人が苛立ちを露わにして檻を蹴る。
赤黒く錆びた檻は酷い音を立てた。
それなりに激しく蹴られたが、それでも聖王は澄まし顔のまま。この人、黙ってると聖王って肩書きが本当に似合うよな。
メイド服を着ていたとは思えない……。
「というか、アリスちゃんがまったく起きないな」
大きな音がしてもアリスちゃんはスヤスヤと眠っている。
ここ一ヶ月で、この子は随分と成長した。
僕のことを認識できるこの子の扱いに最初は戸惑ったが、ドラゴンの世話をしようとちょこまかと頑張る姿に胸を打たれた。
そんなアリスちゃんに影響されてか、ドラゴンの性格もガラッと変わった。
まさかあそこまで父性を爆発させるとは……。
異種族間の家族ごっこというのは、見ていてジーンとくるものがあった。
なので、作る気はなかったけど、僕はこの子が喋れる道具を作ってしまった。
意志が弱いと我ながら思ったが、情に流されるのも仕方がないんだよ。僕は家族愛に弱いんだ。
「アリスちゃんは本物の聖女だから、いつか聖王と会う機会があればと思ったけど……。こんな出会いは予想してなかったぞ」
なにがどうしてどうなって、この二人は囚われてるんだ?
僕はダンボールの前にあぐらをかいて、真剣に考える。
「このローブの人の発言からして、元老院はみんな亡くなった。で、表向きは国民のために元老院がなにかしたみたいな感じで……実際にはって話か」
実際に、聖王がなにかしたんだろうな。
神聖教会を統括するガイラディアス神聖国家は、元老院のせいでお綺麗な総称からは想像もできないほど黒く染まっていた。
聖王は、そんな国を整えるために動いている。
どんなふうに動いているのかは僕には把握できなかったが、現状から勝手に予想するに相当大きな動き方をしたのだろう。
「このローブの人たちは元老院側の残党って感じかな? だから、聖王を捕らえた。そこまでは分かる。問題は」
僕はチラリとアリスちゃんを一瞥する。
彼女は小さな身体を丸めて気持ちよさそうに眠っていた。
「どうしてアリスちゃんまで攫われたのか。本物の聖女ってバレたのか?」
元老院は本物の聖女であるアリスちゃんをドラゴンを使って片付けようとした。
二人を攫った相手が元老院派なら、本物の聖女が生きていたと知って始末しようと動いても不思議じゃない。
「聖王を始末したら、勇者の妹を使って勇者を神聖国家に取り込む。勇者が盗賊集団の奴と一緒にいるのだって、どうせ弱みを握られてるからだろ。じゃなきゃ、ならず者の掃き溜めの盗賊集団と勇者が一緒にいる理由なんてない」
それがあるんだよね。
少なからず、勇者の彼は外面だけがおきれいな宗教国家よりも、薄汚くても人情で動いてくれる盗賊を信じたよ。
「……って、勇者の妹? 本物の聖女じゃなくて、勇者の妹だから攫われたの?」
僕は遺跡ジオラマでのことを思い出す。
遺跡ジオラマに宝を探しにやってくるも始終ビビっていた少年は、いまでは立派な勇者になった。
「アリスちゃんは勇者の妹じゃないぞ」
間違いなく彼には妹がいた。
元貴族の勇者は妹と一緒に闇市に売られてしまい、盗賊集団のお姉さんに助けられた。盗賊のお姉さんを先生と仰いで、彼は闇市から妹を助けるために頑張っていた。
僕のプレゼントにより彼は無事に妹を助けられただろう。
しかし、助けられたあとに妹さんがどうなっているのかは知らない。知らないけど、勇者の妹がアリスちゃんじゃないのは確かだ。
「もしかして、アリスちゃんは勇者の妹と勘違いされて攫われた?」
は? なんで?
僕の知る限りでは、アリスちゃんと勇者には何の接点もない。
つまり、僕の見えないところで誤解が生じるような何かが起こった?
「ええっ、どういうことだ?」
混乱する僕の前で、話はドンドン進んでいく。




