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サバ缶

作者: 哀原 暖鼠

 鯖は臭い。男が食した数少ない魚の中でも群を抜く。喋る汽車の一番が海辺を嫌う原因は鯖ではないか、手元のサバ缶のラベルが青いというだけでこうも思考が自由になる。男は酔っている。本来であれば、〆鯖と日本酒を望んでいたのだが、近所のコンビニの〆鯖は売り切れていた。同じ思考の敵が多いらしい。いつもこの組み合わせを適えたいのだが、商品名しか拝めない。しかし、自ら料るほど男は執着しない。ならばと、サバ缶を手に取った。味噌煮ではなく、水煮である。汽車と自分を馬鹿にしながら、夜道を歩く。乱高下。


 男は面倒を嫌うが、一手間加えることを酒のためには厭わない。肺が弱く煙草を吸えないにも関わらず、趣味のキャンプで使うから、火器の機嫌が斜めだからと己を騙した、ジッポを引っ張り出す。世にはサバ缶レシピと検索するだけで、その結果は山のようであろう。料るのは立派な事よと少しばかり斜に構えて、フタを剝く。


 男は怠惰を美徳とする。天使も悪魔も浅薄な男には届かない。水煮は塩辛い。ニンニクチューブをたっぷり三センチ入れれば充分である。楽を求めているが、拘りはある。支那のものでは塩気が強すぎる。青森のニンニクを使ったチューブ以外認めない。


 サバ缶を火器の上に置き、小気味いい音で熱し始める。〆鯖ではないのだから何にしようかと、一瞬目を瞑り、ウヰスキーと炭酸を用意する。格好をつける自らに酔う男である、不意にフランベのことを思い出し、少量垂らす。勿論、水煮であるから水分は多く、何も起こらない。男は酒が好きであるが、下戸も下戸である。お楽しみの前にロックでと。すぐにグラスから唇を遠ざけ、濃い、と当たり前のことを一言漏らす。すぐさまウヰスキーを嗜む己の幻覚から目を覚まし、ハイボールにする。一転、これは甘い。グビリ〳〵と喉を鳴らして、一息つく。温められ強烈に臭うそれをぱくつく。男は心地よく意識を手放した。



 固形の栄養食品で口の中がパサ〳〵になるを感じて、腹の虫にジャブを打ち、机に向かう。向かう先を硯とし、手に持つものが筆であればと思いつつ。目的は万年筆を愛でること。チタンニブではなく、金ニブの萬年筆でさえない、鉄ニブの万年筆である。軽い軸は一八金ニブの魅力にも抗いうる。矢羽の美しいクリップにうっとりしながら、指先を黒くする。何か、何か在るモノを書きたい。尊大な欲求は、あてもなく彷徨うペンポイントが紙を汚すにつれて、冷静さを取り戻した理性により、羞恥心に置き換わる。悪夢である。これは数瞬を永遠のように引き延ばし、男の精神をすり減らす。



 目が覚めると、夜の入り口だった。まだ寝ているらしい。そう思いたいが、デジタル時計は非情にも四桁の数字を並べている。気分が悪い。そういえば、今日はまだ呑んでいない。酒はガソリンとはよく言ったものだ。アテは何にしようか。カラカラな喉にそこらにあった液体を流し、少し落ち着いた頭で考える。

鯖が食べたい。


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