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63話『メソポタミアの姉と妹』

極夜の帝国東圏側B区に降る雨脚が強まるなか…冥界の統括長ドミニウムである姉【エレシュキガル】と地上の統括長ドミニウムの一人である妹【イシュタル】が対峙している。


「姉さんが、地上に上がってこれるということは、マルドゥクが討伐されてしまったみたいですわね。」

エルフ一族の長でもあるイシュタルが、僅かに考える素振りを見せる。


「モルガーナが上手くやってくれたみたいだね…」

そう答えたエレシュキガルは、魔力によって黒旗を形成し、柄の部分を地面に刺して自立させる。

その黒旗の左上には、小さな赤い彼岸花が刺繍されている。


そして、エレシュキガルがスカートを右手ではためかせて、右足の太股に装着している革のチョーク入れから白のチョークを取り出す。


そのチョークで黒旗に勾玉を模した一つの魂を描くエレシュキガル。

すると、一人の騎士であり、一人のエルフが現れる。


「そんな…貴方は…」

その現れたエルフを見たイシュタルが思わず動揺を見せる。


「イシュタル様…どうして私が、南花の暗殺を教唆されている時に、手を差し伸べて下さらなかったのですか?…第四騎士団の団員でもあり、同じエルフの私を…」

帝国西圏側の少女騎士だったマリアの魂が、同族であり上司のイシュタルに訴え掛ける。


「その…マリア…貴方には、悪いことをしてしまいましたわ…ごめんなさい。」

イシュタルは、戸惑いつつも謝罪の言葉を紡ぐ。


「妹ちゃん…統括長ドミニウムの一人を目の当たりにしている状況で、死人と対話する暇があるとは随分と余裕だね?」

不敵な笑みを見せたエレシュキガルは、次に黒旗にチョークで素早く六角形を書き込む。


そして、六角形を書いたチョークを握り潰し粉々にすると…それを目の前に撒く…


「っう!?しまった!」

「冥界の漆門しちもん…展開。」

エレシュキガルの詠唱に呼応したチョークの粉が、黒くなったかと思いきや…イシュタルを中心に囲む形で、6つの門が次々と建造される。


そして、6つの門によって形成された結界内に、イシュタルは囚われてしまう。

各門の扉には、川の様な流線形のラインと彼岸花が描かれている。


「姉さん、貴方には死者の魂への敬意というものは無いのですか!」

道徳心に欠ける手を打ってきた姉に対して、イシュタルは憤慨する。


「いやぁ、だってさぁ…純粋な戦闘能力で言えば、あのマルドゥクとギルガメッシュを上回り、バビロニア一の騎士と言われる妹ちゃんと一対一で対決するんだからさ、これくらいのハンデは欲しいなって思ってさ。」

そう弁解したエレシュキガルは、6つの門による結界の外にある、更に一回り大きな木造の校門を背にしている。


「そうですか…この結界をとっととぶち壊して、姉さんの歪んだ心に制裁を加えてあげますから。」

部下の魂を弄ばれた怒りを具現化するかの如く、イシュタルの全身から金色の魔力が溢れ出す。


「私の半神格の元に顕現しなさい…【シタ・アマツミカボシ】」

次の瞬間…イシュタルは、右手には打撃系の武器であるメイス、左手には片手で扱える盾がを、そして機動力を優先する為に胸周りのみを守る為の鎧を装備する。


「それじゃあ…地獄花、幽霊花、死人花、蛇花へびのばな毒花どくか、疫病花…かいもん!」

結界を形成する6つの各門を表す名称を述べたあと、エレシュキガルはわざとらしく語尾をワントーン明るく上げる。


開かれた門からは、黒い灰の霧と赤い水が放出されていき…瞬く間に結界内を満たしていく。

そして、赤の水面から無数の淡い色の魂が浮上したかと思いきや…その魂達は、腐敗臭と油と毒素を放つアンデッドと化して武装している。


「うっ…私の姉がこんなにも臭いなんて思いたくありませんわね…」

生理的な嫌悪感を思わず口に出してしまうイシュタル。

「ちょっと!?私自身は臭くないんだけど!それに死者に対して失礼じゃない!」

エレシュキガルが即効でツッコミを入れる。


「姉さん、ブーメランが刺さっていますわよ。」

痛い所を再び突かれてフリーズする姉に対して、やれやれと溜め息を漏らした妹が続ける。


「オホン…それでは、バビロニア帝国の西圏側を治める統括長ドミニウムイシュタルとしてお相手させて頂きますわ。」

そう宣言したイシュタルは武器メイスを握る右手のみならず、魔力によって全身の身体能力を増幅させる。


「ふっ、正に一騎で千の相手に立ち向かう勝利の女神だね…」

そのエレシュキガルの一言を機に、アンデッド達がうめき声と共に、イシュタルへ群がる。


イシュタルは、真っ先に襲い掛かって来たアンデット4体を、メイスの一撃で粉砕するが…


「ッウ!やってくれますわね!」

粉砕された屍から飛散した黒い油を浴びた右手が高温に晒され火傷を負う。

その熱に怯んだ隙を狙って別のアンデッド達が襲い掛かる。


「残念ながら、この程度の傷は…」

今度は、左手に持つ盾によって、その複数体を吹っ飛ばす。


「一瞬で回復しますわ。」

その言葉通り、金色の魔力に覆われたイシュタルの右手は元通りに治癒する。

そして、イシュタルは電撃の如く脚力を加速させて、一つの目の門を破壊しに向かう。


「流石は生命力の高いエルフ一族の長だね…それに…」

改めて驚嘆するエレシュキガルを無視して、イシュタルは毒花の門を、立ち塞がるアンデッドごと魔力を載せた右の回し蹴りで粉砕する。


「凄まじい馬鹿力だよね…」

もしも、あの本気の蹴りを食らったらっと身震いをするエレシュキガル。

「くぅ…先ずは一つ目の門ですわね。」

右足に掛かった黒い油を気にすることなく、イシュタルは次の門へ視線を向ける。


「(ですが…このまま近接攻撃のみで対処していたら、全ての門を破壊する前に魔力も生命力も尽きてしまいますわ…ですから…)」

メイスで近くのアンデッド達を粉砕しながら、イシュタルは新たな一手を練る。


「ちょっとお邪魔ですわ…よ!」

一際大きな声と共に、魔力を載せたメイスを地面に打ち付けることで、衝撃波を生じさせて、自身の四方を囲むアンデッド達の上半身と下半身を真っ二つにする。


右頬を焼く黒い滴を、右手で拭ったイシュタルが不敵な笑みを見せた後…瑠璃色

の弓矢を魔力によって形成する。


「ラピスラズリの浄化の矢で、一気に消え失せなさい。」

その言葉の後、イシュタルは極夜によって薄暗い空に向かって、弦を引き絞り放つ。

「おっと、それは不味いな…」

一本の矢が分裂し各門へと飛んで行く様に驚きの声を上げたエレシュキガルは、黒旗にチョークで術式を書き込む。


すると…各門の前にアンデッド達が積み重なり、自ら障壁と化して、イシュタルの矢に対抗する。

次の瞬間、アンデッドの壁に直撃した複数の矢は、青い爆発と轟音を起こす。


屍達の黒い油が混ざった事で、明度の下がった青い爆煙が周囲に立ちこめる。


そして、爆煙の向こうには、門が一つだけ耐えていた…


「はぁ…はぁ、一つ残ってしまいましたか…」

残る魔力の大半を一気に消費したイシュタルは、思わず片膝を着いてしまう。


疲弊した戦の女神は、各門から放出された赤い水面に自然と目線が落ちてしまう…

すると、赤い水底から今まで相手にしてきたアンデッドとは異なる、頭蓋骨だけの化物が勢いよく迫って来る…


「くっ、回避が…」

イシュタルは、疲弊した四肢に力を込めるが…間に合わない。

そして、赤い水面から一瞬で飛び出した頭蓋骨の化物は、標的の眼前で爆散する。


爆音と共にイシュタルは、何度も転がり水面に打ち付けられながら、10メートル以上吹き飛ばされてしまう。

至近距離で強力な一撃を食らったはずのエルフは、水面に伏しながらもまだ息をしている…


「エルフ故の高い生命力だね…妹ちゃん…」

エレシュキガルの口は、驚きよりも恐怖心を漏らす。


「はぁ…はぁ…帝国一の騎士と言われる以上は、この程度では…くたばりませんわ。」

何とか立ち上がったイシュタルは、胸周りを防御していた鎧を失った上に、胸元から出血している。


「あと一つですわ…あと、一つの…門を」

荒い呼吸の中、イシュタルは残る魔力を振り絞り投擲用の長い槍を形成し、最後の標的に向けて構える。


「ふっ…そう上手くいくかな?」

僅かに口角を上げたエレシュキガルが、黒旗にまたしてもチョークで術式を書き込む。

すると、赤い水面から弓矢を構えるアンデッドが現れ、イシュタルに向けて一撃を放つ。


「っう!当たってぇ!」

左足に刺さった矢に顔を歪ませながらも、イシュタルは渾身の投擲を見せる。


イシュタルの手から放たれた槍は、魔力によって更に加速し…残る門の前に立ち塞がったアンデッドの残党ごと門に刺さる。


そして、一撃を受けた門が霧散していくのと同時に、屍達も消滅していく…


「おぉ、凄い凄い…でも、流石に傷を治す為の回復力も…魔力も使い果たした感じだね…」

敵ながら天晴れと言うが如く、エレシュキガルが称賛の乾いた拍手を数回ほど贈る。


「っう…姉さん、心にも思ってもいない癖に…相手を褒めるのは止めた方が良いですわよ。」

満身創痍のイシュタルが刺さった矢を抜くが、左足の傷も、胸の傷も回復する気配は感じられない。


「あぁ~確かに妹ちゃんの勝利宣言には、少しだけ早かったかも…だってさぁ、もう1つ残っている『もん』ね。」

そう答えたエレシュキガルは、自身の背後にそびえる一際大きな木造の校門を、振り返らずに右手の人差し指で強調する。


「それに、ようやく…対イシュタル用のこちらの本命を呼び出す準備が出来たみたいだし…」

冥界の主の言葉に呼応した校門が、不気味に軋みながら徐々に開いていく…


そして、赤い水が溢れ出す門の奥から、巨体の影が垣間見れる。


「そうですわよね…姉さんが、この一連の計画を遂行する上で、あの存在を温存する訳が有りませんものね。」

その巨体の正体を知るイシュタルは震えながらも、言葉を続ける。


「そう…メソポタミア最強の神獣であり…私から奪った【冥海めいかい黒鯨牛グガランナ】を…」

傷だらけのイシュタルの眼前の空間を、全ての鯨偶蹄目げいぐうていもくの始祖と呼ばれる、約26メートルの黒い歯鯨メルビレイが泳ぐ。

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