52話『曇天の青天霹靂』
翌朝…午前10時を向かえつつある東圏側B区の空模様は、今にも雨が降りだしそうな状況である。
帝国博物館の館長【アルカ・スコッチ】との待ち合わせ場所に指定したのは、川沿に複数立ち並ぶ古いレンガ倉庫…
多数、停泊している屋根付きのボートの内の一つから、南花達が降りる…
そして、指定した倉庫の中には…南花とヨハンナに加え、アルカの娘【ブロッサム】が入っていく。
残るハンムラビ、サクラ、コマチ、アオイは、外で倉庫の周囲を警戒に当たる。
ヨハンナが、先頭を歩き…慎重に倉庫の重たい扉を開けると…
「ブロッサム!」
「父さん…」
静まり返った倉庫内で…再会した父と娘の声が、僅かに響く。
「アルカさん、約束の物をお見せして頂いても宜しいですか?」
少し離れた場所からヨハンナが確認する。
「あぁ…これだ。」
アルカは手にしているトランクを開けて、アトラの星座早見表を南花達に見せる。
南花に右肩を軽く叩かれた、ブロッサムが同時にゆっくりと…アルカの元へ歩いていく。
「ブロッサム…無事で良かった。」
再会を果たした父と娘が、軽く抱き合う。
「では…アルカさん、星座早見表を渡して下さい。」
自分の目的の為に、2人を巻き込んでしまった事に引け目を感じながらも、南花が促す。
「これで良いんだな。」
「はい、確かに受け取りました。」
真鍮素材の星座早見表は、南花の両手から若干こぼれる程のサイズで…倉庫内に僅かに差し込む日差しを反射している。
「辛い運命に巻き込んでしまったな…しかし、南花君自身で決断したんだな…」
アルカが面と向かって伝える。
「それって…どういう意味ですか?」
南花が詳しく問い掛けるが…アルカは、首を横に数回振るうだけで、ブロッサムと共に去っていく…
南花達が入って来た入り口とは、真反対の扉が閉まった音が聞こえたタイミングで、ヨハンナが歩み寄って来る。
「これでアトラ氏の5つの懐中時計が揃ったね…良く見せてくれる?」
南花から手渡された星座早見表の表面…そして、裏面の順番でヨハンナが各細部を見るのだが…
「うん?…南花ちゃんが鉄之助さんから引き継いだ、アトラ氏の懐中時計を見せてくれる?」
嫌な予感が走ったヨハンナが、南花が昔から所持していた物と比較する。
「ヨハンナさん…どうかしましたか?」
ヨハンナの焦りが伝播した、南花が恐る恐る尋ねる。
「嘘でしょ…この、星座早見表は…複製かもしれない…」
「えっ…そんな…」
ヨハンナが指差す箇所を、南花が慌てて確認する。
『Atra-Hasis.R』
星座早見表には…アトラ氏の名前が、筆記体で刻印されている末尾に『R』が追加されている。
「まさか…偽物を渡されたってことですか?」
自分の目で確認した南花の声が更に震える。
「娘の身柄が掛かっている状況でそんなことをするとは考えられないし…そもそも、帝国博物館にて管理されていた訳だし…どういうわけ?」
複製を掴まされた可能性に対して、ヨハンナは様々な角度から思慮する。
ーーー
レンガ倉庫の外で、周囲を警戒しているハンムラビの耳に、アルカ達が出ていった扉が閉まった音が聞こえてから暫く時間が流れる…
「何かあったのでしょうか…」
南花達が入って行った側の扉が、中々…再び開かない事に対して、ハンムラビが疑念を抱く。
「うん?…降ってきたな…」
視覚だけではなく、優れた嗅覚でも監視していたコマチの鼻筋に、数滴の雨粒が当たる。
「うわぁ…ホントだ…っていうか…あれって確か…」
コマチに釣られて、曇天の空を見上げたアオイの視界に、見覚えのある飛行船が映り込む。
「あれは…ギルタブリル討伐の際に乗った、エンキ局長の飛行船だよね…うん?何か落ちてきている?」
記憶を遡ったサクラが、飛行船の後部ハッチが開いた事に気付く。
レンガ倉庫に向けて降下してくる2つの物体は、立体的な菱形のデザインをしている。
「不味い…あの投下された立体物の中に、複数の神格の反応があります…『目には、目を…歯には、歯を…』」
探知型の魔術を行使したハンムラビは、続けて攻撃型の魔術の準備に映り…その物体を撃ち落とそうとするが…
「やっぱり、距離が遠すぎたか…」
ハンムラビの手元から素早く放たれたトランプ型の攻撃魔術は、菱形の物体に当たりはしたものの…大した損傷は与えられなかった。
そうこうしている間にも、みるみると距離が狭まっていく…
そして、2つの菱形の立体物は減速することもなく…一つは、南花達がいるレンガ倉庫の屋根をけたたましい音と共に突き破り、侵入する。
残る一つは爆発にも似た音をさせて、ハンムラビ達の眼前に落ちる。
ハンムラビの敵意に合わせて…サクラ、コマチ、アオイも銃口を、落ちてきた立体物へと向ける。
次の瞬間…爆音と共に凄まじい蒸気によって、立体物の扉らしき箇所が、3ヶ所が解放される。
その飛散する各扉から身を守る為に、ハンムラビ達の照準が外れてしまう。
「あぁ…痛いなぁ…私達が【疑似神格術式】を有しているからって、降下が雑すぎない?」
そうぼやきながら、真っ先に小柄な六型憲兵が姿を現す。
「仕方ないだろ…急襲とは、そう言う物だからな…」
続けて九型憲兵が降りてくる。
「さぁ…無駄な抵抗はしないで下さい。」
そして、最後に姿を見せた八型憲兵が、虚ろな瞳で警告する。
「ユキノ姉さん…」
思わず悲しみが漏れてしまったサクラを始め、ハンムラビ一同は大人しく抵抗を諦める。
ーーー
「あっ、いててぇっと…こんな形での再会で私は悲しいよ、南花君…そして、だいぶと久しぶりだねヨハンナ君。」
レンガ倉庫内で、南花とヨハンナの前に現れたエンキが、重々しい雰囲気とは裏腹に、いつもの調子で挨拶をする。
「お久しぶりですね…エンキ様…」
ヨハンナが挨拶を返しつつも、脱出の糸口を作ろうとするが…
「あぁ、下手に動かない方が良いよ…足元を見てみなよ…」
エンキに促された南花が視線を落とすと…そこには、ギルタブリル討伐作戦の際に見た、菱形の術式が敷かれている。
南花とヨハンナの視線が、自分へと戻った事を確認したエンキが更に続ける。
「おほん…既に気付いているかもしれないけど…今、南花君が手にしている星座早見表はレプリカだよ。」
エンキの告白に、南花とヨハンナの眼は点になり…背中に冷たい汗が流れる。




