23話『零雨の鯨』
ハードなスケジュールをこなした、南花を始めとする狙撃小隊の面々は、同じ一つのテントで眠りに着いている。
闇夜の中、テントの屋根をポツポツと打つ小雨の音だけが僅かに聞こえる…
「その…ハンバーガーも…わたしが、食べる!」
夢の中でも食欲旺盛なコマチは、右手を振り上げ空を掴むが、無論空振りする。
そして、振り上げた拳は勢い良く降り落とされ…その先には…
「うっ!」
コマチの右隣で寝ていたアリサのみぞおちにクリーンヒット…
謎の鉄拳制裁を受けた被害者は目を覚まし、原因を把握すると、ため息を漏らす。
「(…なに…この音?)」
テントの屋根に小雨が落ちる音に紛れて、アリサ達の周囲の地面を、何かが引きずる音を耳にする。
「…それに、この匂いは…」
南花と出会った、あの日に感じた物と同じグラジオラスの匂いに気付いた
アリサは、寝床の近くに置いてある、愛銃の単発式拳銃に手を伸ばす。
「んぅ?…アリサ、どうしたの?」
アリサの立てる物音に気付き、隣で寝ていた南花も目を覚ます。
「南花、グラジオラスの匂いがする…あの日のロングコートの女性が近くにいる…」
起きた南花に警告したアリサは、手にした愛銃の撃鉄を起こす。
「ウソ…でも、確かに…あの匂いだ…」
親友の命を奪った存在が、テントの布地越しにいることに恐怖を抱きつつも、南花も護身用の回転式拳銃を手にする。
2人は耳を澄まし、重たい何かを引きずる音は、南花達のテント付近を時計回りに回っている事を察する。
「…エンキ局長や他の討伐部隊の人達は、気付いてないの?それとも…」
最悪のケースを想定してしまった南花の声は震える。
「いいえ、統括長であるエンキ局長が倒されている可能性は低いと思うわ…でも、ロングコートの女性によって、私と南花以外は眠らされている可能性も否定出来ないけれど…」
テントの布地越しに聞こえる音の行方に注視しながら、アリサはあらゆる状態を思索する。
回転式拳銃を握る右手の震えを、左手で押さえつつ南花が提案する。
「アリサ…背後から2人で奇襲すれば、拘束出来るかも…」
「危険ね…でも…南花と出会った日の真相を知れるかもしれないわね」
アリサの心が揺れる。
「2人の話は聞かせて貰ったわ…私も手助けするよ。」
いつの間にか、目を覚ましていたサクラが決意を表す。
「えっ、サクラさん…」
「そう…サクラ、助かるわ。」
驚きを隠せない南花とは違い、アリサは感謝する。
「音の位置的に、ちょうどテントの入り口の真反対に居るはず…」
サクラも地下道化師として使い慣れた、中折れ式の回転式拳銃の撃鉄を起こす。
「それじゃあ…出るよ…」
南花に対して2人は無言で頷く。
テントの入り口をそっと開け、小雨が降る外へ出た3人は、時計回りにゆっくりと歩みを進めていく…
何かを引きずって出来た、細く浅い溝の跡を、一歩、また一歩と追って行く。
まず、暖色系の明かりが僅かに見えてくる…
そして、その明かりによって揺れる影が見えてくる…
先頭を行くアリサが振り向き、南花とサクラに視線を向け、奇襲の合図を送る。
「動いたら、撃つ!」
「動かないで!」
「誰!?」
アリサの命令口調に続けて、南花、サクラも声を上げる。
「へぇ?」
予想していた状況とは異なる状況に、3人の目が点になる。
3人の視線の先には、短い足を4本生やしたランタンがいた…
そして、声に反応して、小動物の様に振り向く。
その生命的な動きを見せるランタンには、木の枝が括り付けられている。
「何、これ?」
「どんな魔術なの?」
「誰の仕業?」
予想外な状況に、余計に混乱してしまう3人…
「今晩は…これは私の魔術です。」
背後から声をかけられた3人は…ゆっくりと振り向く。
そこには、ロングコートの女が佇んでいる…
「何のつもり?」
真っ先に口を開いたアリサは、単発式拳銃を向ける。
「こちらに戦う意思はありません。あなた方5人に会いたいという方の代理として訪れました。」
「私達に会いたい?私の親友を手にかけた人の仲間の元には行きたくないな…」
南花も回転式拳銃を向けながら応じる。
ロングコートの女は、銃口を気にかけることなく続ける。
「その方からの伝言です。『この会合に関して、あなた達には拒否権なんて無いし…寧ろ、会った方が君達にもメリットがあると思うんだけどな』との事です。」
そう、ロングコートの女が言い放った瞬間、テントの周囲が寒色系の明かりに包まれる…
「まさか…この溝が魔術の術式なの!?」
アリサが、真っ先に感付く。
それに対して、ロングコートの女はコクりっと頷くだけである。
そうこうしている間に…南花達の足元が地面から、闇夜を写したかの様な水面へと変貌する。
その水面に、底知れない水中から巨大な気配が近付いて来る…
「えぇ…なに、あれ?魚?」
水面に迫って来るのは魚ではなく、鯨だった…
その黒い鯨は、餌を補食するかのように、大口を開けている。
そして、テントごと5人を飲み込んだ鯨は、水面に大波のような水飛沫を上げ…
何事も無かったかのように、全て消え去る。




