80
シードルって美味しいよな。
味覚が戻って苦いエールは苦手になってしまったが、甘いシードルは好きだ。
私の領地でもいつか作れたらいいな。
りんごか・・・。
りんごの木は何年くらいで実をつけるようになるんだろうな。
きっと何年もかかるんだろう。
開墾して、りんごの木を植えて、そして育てて、初めから上手くいくわけないよな。何年も試行錯誤を重ねて・・・。
一体完成までに何年かかるのか、気の長い話だが、パスタの街やタッシェの建築が落ち着いて、領地の他の村や街も落ち着いたら試してみてもいいかもしれない。
クンストから北西に進んだフォーフトという村から、今年はりんごが豊作だと報告を受けていた。
りんごが実っているところを見てみたいな。いつかの参考になるかもしれない。
「フロイ、寒いがフォーフトのりんごでも見に行ってみるか。」
ブルルル
「そうだな。りんごは美味しいな。」
フロイはりんごが好きで、りんごを食べられると思ったのか機嫌がいい。
この寒い中での収穫作業は大変だろう。
私も何か手伝えることがあるかもしれないな。
収穫の作業を体験してみるのも良いかもしれない。
私はフロイに飛び乗り、フォーフト村に向かった。
「フロイ、これは凄いな。後でフロイの分も買ってやるから勝手に食べるなよ。」
ブルルル
そんなことしないと言っているようだ。
「よしよし、フロイはいい子だ。」
私はフロイを村に入ってすぐの木に繋ぐと、りんごの収穫をしている村人の元に向かった。
「みんなご苦労様。寒い中の収穫作業は大変だろう。私にも手伝わせてくれ。」
「あぁ、って領主様!?
ど、ど、どうされたのですか?」
「りんごが豊作だと聞いて見に来た。このりんごでいっぱいになった籠をあっちに運べばいいのか?」
「えぇ、そうですが、領主様に荷運びをさせるなど・・・。」
「気にすることはない。よし、運ぼう。」
私はりんごでいっぱいになった籠をひたすら運んだ。
重力操作を使ったので、大変ということはないが、これを村人たちは魔術なしで運んでいるのかと思うと、大変な作業なんだと思い知った。
フェルゼン領は、平地ではあまり雪が降らないが、それでも冬は寒くないわけではない。
悴む手に息を吹きかけながら、りんごを収穫していく村人たちを見て、領民を大切にしようと改めて思った。
「領主様だ。」
「あら本当だ。」
「荷運びしてくれたのかい?ありがたいねぇ。」
「領主様ありがとう。」
仕事が一段落して休憩のために集まってきた村人たちが私に気付いて声を掛けてくれた。
「皆、寒い中ご苦労様。私が温かいココアをいれよう。」
先日、ジムナーシア伯爵から交易の品として第一弾の荷物が届き、引き取ったばかりだ。
トルーキエは雪が多いため、冬は交易は中断してしまうが、また春になったらココアが届くだろう。
私はココアにお湯を注いで村人たちに配った。
「美味しい。」
「甘いね。」
「初めて飲んだよ。」
「温まるね。」
「これはココアという飲み物で、トルーキエ王国の都市から輸入しているんだ。
秋にその都市の領主と提携を結んだから、これからフェルゼン領でも広まっていくと思う。」
「ほう、難しいことは分からんが、領主様が色々してくれているのは知ってるよ。これも領のためになるんだろう?」
「そうだな。困った時には助け合うという提携を結んだんだ。」
「へぇ、それは凄いことなんだろうな。」
「今年はりんごが豊作だと聞いたが、いつもはもっと少ないのか?」
「えぇ・・・いつもよりかなり多い・・・。」
「だな・・・。」
「ん?多いことはいいことだと思ったが、違うのか?」
なんだかあまり嬉しそうな表情でない村人たちが気になった。
収穫作業がキツイんだろうか?
「いや、多いのは少ないよりはいいんだが、ジュースもジャムも、これ以上作っても・・・。
木が傷んじまうから実った分の収穫はするが、売れずに捨てることになるかもしれん。」
「そうか・・・。この村ではりんごの加工品はジュースとジャムだけだったか?」
「はい、そうです。それ以外はそのまま売るか、家で食べるなら焼いたり煮たりもするが。」
「シードルは知っているか?」
捨てられてしまうくらいなら・・・。試しに作ってみてもいいのでは?
「何だろうな?」
「聞いたことがねぇな。」
「りんごの種類か?料理か?」
「シードルはりんごで作った酒だ。捨ててしまうなら、作ってみないか?」
「酒か。いいかもしれん。」
「どうせ捨てるなら作ってみてもいいかも。」
「作り方が分からない。」
「作り方はワインとだいたい同じだ。りんごを潰して絞って、それを樽に入れて寝かせるんだ。」
「それだけでいいのか?」
「それなら作れそうだ。」
「1ヶ月から3ヶ月で出来上がるらしい。」
「領主様はなんでも知ってるんだな。」
「いや、私はシードルが好きで、作り方を調べたことがあったんだ。いつかフェルゼン領で作れないかと思ってな。」
「領主様が好きな酒ならぜひ作ろう。」
「そうだな。」
「作ろう。」
「ありがとう。樽は私が用意しよう。私の我儘だからな。」
「いいのか?」
「あぁ。私も楽しみができた。」
「ほわー綺麗な笑顔だ。」
「成功しそうな気がしてきたな。」
「領主様のために頑張るぞ。」
樽はタッシェの木材加工所にお願いしてみるか。
無理なら商人ギルドのフェンスタさんか、ラオを頼ってみよう。
その日は夕方までりんごを運ぶのを手伝い、フロイ用にりんごを少し分けてもらった。
「フロイ、りんごを分けてもらったよ。1つ食べるか?」
ブルルル
フロイは嬉しいようだ。
「残りはまた帰ってからな。
帰りは途中でタッシェに寄りたい。いや、タッシェに辿り着く頃には皆クンストへ帰っているか。」
タッシェの村は工房や加工所などの建設は、年内に終わったものの、まだそこで暮らせるほどの施設が整っているわけではない。
そのため、職人たちはクンストに住んでタッシェに通ってもらっている。
一応寄ってみるか。誰かいるかもしれないし。
私はフロイに飛び乗り、タッシェに向かった。
タッシェに着く頃には、日は暮れて真っ暗だったが、村の中に灯りがついている工房があった。
「こんばんは。」
「誰だ?って領主様!?」
「あぁ、こんな遅くまでご苦労様。何かトラブルでもあったか?」
「いえ・・・。ぶどう農家がワイン樽の発注を二重にしてしまったようで、せっかく作った樽が売れ残って、しかも場所をとっている。
荷車の受注を抑えて樽の制作に時間を費やしたんだ。売れなければ今月は赤字で、どうしたものかと考えていたら、こんなに辺りが真っ暗になっていて・・・。」
「樽?見せてもらってもいいか?」
「えぇ、構いませんが。こちらです。」
これは偶然なのか?
30リットルほどのサイズの酒樽が10ほど倉庫を埋めていた。
「これは全部私が買う。」
「え?いや、助かりますがそこまでしてもらわなくても。」
「いや、シードルを作るための樽を依頼しようと思ってタッシェに立ち寄ったんだ。
フォーフト村で今年はりんごが豊作なんだが、豊作すぎて売れ残りは捨てることになると聞いたからシードルを提案してみたんだが、樽がなくてな。」
「本当ですか?」
「あぁ、本当だ。助かるよ。
さっそく明日、樽を引き取りにこよう。支払いも明日でいいか?」
「はい。ありがとうございます。」
「日が暮れてからクンストに帰るのは不安だろう。一緒に帰ろう。」
「良いのですか?」
「あぁ、私たちもちょうど帰るところだからな。」
「ありがとうございます。すぐに準備します。」
良かった。そうだよな、樽を発注してもすぐに作れるわけじゃない。
りんごの収穫は進んでいるし、何ヶ月も待たせるわけにはいかない。
どこの農家かは知らないが、二重に注文してくれてありがとう。
私はフロイの手綱を引いて、ライトの玉を複数浮かべながら、彼と一緒に歩いてクンストまで帰った。
翌日、シバに御者をお願いして、荷馬車でタッシェに行き樽を購入すると、そのままフォーフト村に向かった。
「皆、今日も寒い中ご苦労様。」
「領主様、今日も来てくれたんですか?」
「偶然いい樽が手に入ったから、さっそく持ってきたんだ。」
「え?もう用意できたんですか?」
「そうなんだ。」
「すぐに皆を集めますね。」
「いや、大丈夫だ。また休憩の時でいい。それまで私も手伝おう。」
「ありがとうございます。」
休憩の時間になると、酒蔵などは無いので、空き家を聞いてそこへ樽を運んだ。
「上手くいけばいいが、初めてだしな。失敗しても構わない。
上手くいったら、来年からも少量でも構わないから作ってくれると嬉しい。強制はしない。」
1月半ほど経った頃、領主邸にシードルが届けられた。
手紙が添えられており、村の者はシードルを飲んだことがなく、成功しているのか判断ができないとのことだった。
そうだよな・・・。
せめてシードルを買って見本として持っていけばよかった。
栓を開けると、発砲している音がした。
これは、成功なんじゃないか?
少量を部屋にあったティーカップに注ぐと私は驚いた。
見慣れた琥珀色ではなく、そのシードルは薄いピンク、ロゼの色をしていた。
綺麗だ。
そして一口飲むと、飲み慣れた甘いシードルの味がした。
少し甘さが控えめで、シュワシュワとした炭酸が喉を通り過ぎていく。
甘さが控えめなせいか、後味もスッキリしており、食事中でも違和感なく飲めそうだ。
美味しい。
できれば来年以降も作り続けてほしいな。
私はさっそく、成功と感謝を伝えるためにフロイに飛び乗ってフォーフトへ向かった。
今回は見本のためにクンストの酒屋でシードルを買った。
私が成功だというより、市販品と飲み比べてもらう方が安心するだろう。
そして、フォーフト村は私がロゼのシードルは綺麗で素晴らしいと伝えたせいか、ジャムの製造はやめて、シードルの製造にシフトし、シードルと少量のジュースを作るようになった。
りんご農園の規模を広げることも考えたが、村人の負担を考えると、これ以上広げるのは難しかった。
そのため、作られたシードルは、村人が飲む分を除く全てを侯爵家が買取り、領内のみで販売している。
当初の私のシードル製造計画とは異なるが、領地でシードルを作るという夢は思った以上に早く叶った。
私の我儘を聞いてくれた村の皆には本当に感謝している。
私も少しは貢献したいと、収穫時期には治安部隊の数名を連れて手伝いに行ったり、シードルを開封する時期には差し入れとして魔獣を狩って行ったりしている。
閲覧ありがとうございます。




