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時は少し遡り、モスケル到着から一月ほど前のこと。
私は早朝に王都を出ると、クンストまでフロイで駆け、領主邸に寄って祖父に挨拶だけすると、すぐに土木ギルドに向かった。
展示販売施設の建設の件で、商人ギルドと土木ギルドを交えて話し合いを行うことになっており、土木ギルドに集まることにしていたのだ。
土木ギルドのティーフバルと、商人ギルドのフェンスタと共に芸術作品の展示販売施設についての話を詰めていった。
「絵画や壺や彫刻など、家に飾る美術品だけでなく、音楽や舞踊、様々な芸術作品に対応できるようにしたい。
軽食やお茶が楽しめるカフェを併設し、食器や家具などの美術品を実際に使えるようにするのはどうだ?」
「音楽や舞踊を披露できるステージを作るのもいいんじゃないか?収穫祭など街のイベントでも使える施設にしたらみんなが寄りやすい。」
そんな案も取り入れつつ最終調整を行っていく。
「この街の象徴となるような建物を建ててやるよ。」
「それは楽しみですな。」
「期待しているよ。」
展示販売施設は、これでもう建設に入れるな。
モスケルが到着するまでには間に合わないだろうが、想像以上に素晴らしいものができそうだ。
ティーフバルの、『この街の象徴となるような建物』という言葉も嬉しかった。
商人ギルドのギルドマスターのフェンスタが帰ると、次は研究所と魔術の演習場の建設計画だ。
「こちらは本当に問題が山積みで、所長になる者がなかなか捕まらなくてですね・・・。
それよりも魔術演習場の方が難しいんですが。」
子供たちにも魔術を教えると言っていたし、騎士団の演習場ほどでなくてもいいがなるべく広く取りたい。
研究所は魔術を教えるだけでなく、文字や計算を教える教師を雇って、領内の識字率を上げるのもいいな。
しかし、それだとクンストにわざわざ来てもらわなければならない。
まぁそれは後で考えてるとして、研究所と演習場だな。
研究所の場所は街の中心から少し離れた領主邸の横の空き地に、演習場は研究所の奥に作ることになった。
設計図と共に計画書を作成し、国から許可が下りれば建設に取り掛かれる。
しかしその後、研究所の建設経験がないティーフバルと、研究者でもない私が作った計画書は、何度も却下されることとなる。
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「ティーフバル殿、本当に申し訳ない。先日の計画書もまた審査が通らなかった。」
「・・・そうか。研究所も演習場もワシに経験があれば良かったんだが。」
「いえ、それはお互い様でしょう。私も自分自身に知識がないのに、ティーフバル殿に無茶を言っている自覚はあるんです。」
「「はぁ・・・。」」
私たちは何度目かの却下にため息が出てしまった。
会議から何度も逃げ、仕舞いにはさっさと辺境へ帰ってしまったミランが恨めしい。
計画書が完成してギルドを出る頃には、日が傾いて空が赤く染まっていた。
明日は気分転換のためにも、クンストを出て領地を回ってみよう。
視察というほどでなくてもいい。フロイと一緒に春を感じながら遠駆けするのもいいな。
ふぅ。
私はポケットから、森の妖精の絵を取り出して眺めた。
領主邸の部屋にも私の癒しになるようなものを置きたい。とりあえずモスケルが領地に来たら何か作ってもらうか。
領主邸の私の机には、唯一、トルーキエの村で女の子から貰った、花びらを閉じ込めた氷だけが飾られている。
この氷を見る度に、領主として頑張ろうと思う。
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翌朝、雲はあるものの晴れ渡る空が広がっていた。
「フロイ、早駆けするか?」
ブルルル
私はフロイと共にクンストを出て北東へ続く街道を駆けた。
すると、甘い香りのする白い花が一面に広がっている美しい景色に出会った。
あの黄色くて小さい花が咲き誇る、あの村が懐かしいな。
この村は確かミール村といったか?
ここ数年の間に災害に見舞われたり、不作という話は聞いていない。珍しい野菜なども特にないと聞いている。
まぁ特産なんて無いのが普通なんだ。私が育った村も無かったと思うし。
花か・・・
「あの、ここに咲いている花は何という花ですか?」
花畑の横にある石の上に座り、日向ぼっこをしているお爺さんを見つけて話しかけた。
「あぁ、旅のお人、この花が珍しいのかい?この花はカモミールって名前の花だよ。」
「なんだか甘い香りがしますね。」
「この辺ではこの花でお茶を入れるんだよ。紅茶なんて高価なものはなかなか買えないからね。」
「そうなんですか。お茶にするんですね。それはどこかで買えるんですか?」
「いや、そこの花を詰んで、ポットに入れてお湯を注いで蒸らすだけだよ。
時期が終わりに近づくと、乾燥させておいてそれをお茶にする人もいるけど、今はいっぱい咲いているからね。」
「そうですか。」
「みんなその辺の花を好きに摘んで、午後にはお茶で一服するんだ。」
「なんだか優雅ですね。花でお茶を淹れることができるなんて、知りませんでした。教えてくれてありがとう。」
「よかったら飲んでいくかい?わしの家はすぐそこなんだ。」
「良いんですか?」
「あぁ、いいよ。どうせ暇してたしな。」
花を摘んでお爺さんに着いていくと、本当に家はすぐそこだった。。
「お湯を沸かすからちょっと待っていてくれるかい?」
「私がお湯を出しますよ。」
お爺さんが用意したティーポットに花を入れると、私はそのポットに魔術でお湯を出した。
「君は凄いね。魔術でお湯を出せるなんて知らなかったよ。」
「いえ。」
カップを用意しながら、他にも干した果物や、ナッツなど軽く摘めるものも出してくれた。
「水を汲みに行くのも大変だから助かったよ。」
「井戸が遠いのですか?」
「ここは少し村の中心から離れているからね。この歳になると重いものを上げ下げするのが大変でね・・・。」
「甕があれば私が水を入れておきますよ。」
「良いのかい?」
「ええ、花のお茶を教えていただいたお礼です。」
「ありがとう。助かるよ。」
「いえいえ、他に困っていることや大変なことはありませんか?」
「そうだね、歳をとると足や腰が痛くてね。それくらいだね。」
「そうですか。何かお手伝いできることがあれば良かったのですが・・・。」
「気持ちだけで嬉しいよ。ありがとうね。」
「いえ。お爺さん、この村はどんな村なんですか?」
「普通の村だよ。特徴もない。けど、災害が起きない。きっと神に守られているんだ。」
「それは素晴らしいですね。では、あまり外に出ていく人もいないんですか?」
「そうだね。まぁでも、若い人は街に出ていく人もいるよ。普通に暮らしていけるけど、贅沢はできないからね。」
「そうですよね。
このお茶の花は、売ったりしないんですか?」
「そんなことをしているのは聞いたことがないね。その辺に生えている花なんかは売れないだろうよ。」
「このお茶は香りが良くて、買いたい人はいると思いますよ。どこにでも生えている花ではないですし。」
「そうかい。村の収入になるなら、そんなことをしてみるのもいいかもしれないね。」
「村の皆さんにも聞いてみないといけませんね。
もし販売することになったら、私の友人に行商人がいますので、相談してみますよ。領の特産に指定するのも有りだな。」
「領の特産なんて恐れ多い。それに領主様がこんな小さな村に目を掛けてくれることはないだろう。」
「そんなことないですよ。今、領地の村を巡って発展させようと動き始めたところですから。」
「旅をしていると、そんな領主様の情報まで入ってくるのか。」
「え、えぇ、まぁ。
えっと、私はまだこれから旅を進めなければならないので、この辺で。話を聞かせてくれてありがとう。また改めてこの村に来るよ。」
「そうかい。気をつけてな。こちらこそ、水をありがとう。何も無いけど、いつでも来てくれ。」
「はい。」
花畑の端に繋いでいたフロイは、この花が気に入ったのか、フンフンと香りを嗅いでは、ふぅ〜と息を吐いて寛いでいる。
「フロイ、さぁ帰ろうか。」
ブルブル
「そうか、その花が気に入ったか。暗くならないうちに急いで帰ろう。
一旦領主邸に寄って、それから王都まで帰ることになるが、大丈夫か?」
ブルルル
全然平気とドヤ顔をするフロイをガシガシと撫でて、背中に飛び乗った。
「うん。じゃあ任せるよ。」
後にこの花は乾燥させて領の特産品として売り出し、香りが豊かでリラックスできるお茶として人気になった。
花畑は広げられ、何年経っても春から初夏にかけて美しい花畑が広がっている。
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ミランの研究所と演習場の件は結局、研究者であるヴィントに助けを求めた。
やっと計画書の審査が通ったのはモスケルがクンストに到着する3日前、計画を立て始めてから1ヶ月後のことだった。
ミランには領地のためにしっかり働いてもらおうと心に決めた。
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