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これが新作のマグカップか。
筋肉質な上半身のマグカップの左右から力こぶを作るように上に伸びた取手?
持ちにくそうだ・・・
緑のクマは腰に手を当てる感じになっているから一応取手っぽくはなってる。
赤の羊はカップを抱き抱えているが、取手は無いし、頑張ってカップを持ち上げようとしている青とオレンジの牛はカップが斜めになっている。
カップに下敷きにされている真っ黒なカエルは何とコメントしていいのかさえ分からなかった。
新作のマグカップは、どれも実用的ではないデザインだった。
しかし、あのマグカップとしての役割を果たそうとしないデザインに惹かれた。飾っておきたくなるような見た目だ。
特に一生懸命カップを持ち上げようとしている牛が気になった。
ペンを立てる入れ物に使えばいいのでは?
何も飲み物を入れなければいけないという決まりはない。
あーそれならますます欲しいな。
そういえば、モスケルさんはオブジェもあると言っていたな。
マグカップばかりに気を取られて、他を見ていなかった。
!!!
これは・・・モスケルさん、だよな?
筋肉量はデフォルメされているようだが、どう見てもモスケルさんと思われる、高さが30cmほどある模型?を見つけた。
その左右には、様々なマッチョポーズを決める動物たちの模型も並べられていた。
凄いな。曲線が美しい。
別の棚には、足の筋肉だけや、胸筋だけなど、身体の部位ごとに切り取られたパーツも並べられている。
こうして研究を重ねてマッチョシリーズはあのクオリティを出しているのか。
さすがモスケルさんだ。
どのようなことでも、研究を重ねることで技は磨き上げられていくんだな。
??花瓶?
マッチョな動物たちが取り囲んだ花瓶と思われるものが、その腕で担ぎ上げられている。
これは大作だな。
持ち帰るのは厳しいか・・・
もう少し小さければ。
美術品を眺めるのは楽しいな。
王都へ戻ったら、美術館にも足を運んでみたいと思った。
「ウィル〜ちょっとこっち来い。」
モスケルさんが工房の奥から呼ぶ声が聞こえた。
扉を開けると、モスケルさんが1m近くある大きなマッチョ模型の顔を作っているところだった。
「これは?」
「おう、来たか。ちょっとそこに座ってくれ。」
「はい。」
私が置いてあった木の椅子に座ると、モスケルさんは私をジロジロと眺めだした。
「な、なんですか?」
「この大作な、ずっと顔が決まらなかったんだよな。で、今日ウィルに会って、顔が決まった。」
「ん?それってまさか・・・。」
「そうだ。ウィルだ。」
「私か・・・。知らない誰かが私の顔をしたマッチョな模型を部屋に置くことを考えると複雑だ・・・。」
「いや、これは売らん。ウィルにならあげてもいいが、他の奴に売る気はない。まぁ、うちの看板みたいなものだな。」
「そうか。さすがにこのような大きいものを持って帰るのは無理だな・・・。
ミニチュアなら。」
「ミニチュアいるか?次ラオが来るまでに作っておこう。顔のデザインをもらったお礼だ。
サイズはどれくらいがいい?」
「え?いいんですか?本当にくれるんですか?」
「あぁ、いいぞ。」
「じゃあ、モスケルさんの模型と同じくらいの大きさで。」
「了解。」
私の模型か。楽しみだな。
私のマッチョな姿とはどんな感じだろうか。
楽しみが増えた。
私の顔を眺めながら、作品を仕上げていくモスケルさん。
だんだん日が暮れて、部屋の中が薄暗くなると、モスケルさんは蝋燭に火を灯した。
「ライトの魔道具は持っていないのですか?」
「あぁ、あれは高いからな。」
「ライト」
私はライトの球を魔術で生み出して天井の少し下で固定した。
「ウィルは魔術師だったのか。」
「えぇ。騎士団の魔術部隊に所属しています。」
「騎士団所属にしては細身だと思っていたが、そういうことか。」
「えぇ。戦士のような筋肉質な身体ではないですね。」
「寒くなってきたな。薪を追加するか。」
「日が暮れると一気に気温が下がりますね。そう言えばラオは大丈夫かな?」
「あいつ真っ暗な中で凍えてるんじゃないか?」
「ちょっと見てきます。」
「ウィルー、ウィルー、」
ドアを開けてライトの球を部屋に放り込むと、真っ暗な中でカタカタと震えながら私を呼ぶラオがいた。
「大丈夫か?」
「あぁ、やっときた。真っ暗だし寒いし、このまま死ぬのかと思った。」
「いや、部屋から出たらいいのに。」
「真っ暗だしドアが見えなかったんだよ。」
「そうか。早く駆けつけなくて悪かったよ。」
「とにかく寒い。暖かくなる魔術ない?」
「温風でも出すか?」
「お願い。」
私はラオに向かって微風程度の強さで温風を出した。
「いやーやっぱりウィルは凄いな。」
「ラオ大丈夫かー?うお、何だ?この部屋暖かいな。」
モスケルさんが心配して部屋まで来たが、一歩中に入ると驚いた表情を浮かべた。
「俺が寒くて凍えてたから、ウィルに温風だしてもらったんだよ。」
「温風?」
「火と風の魔術を重ね合わせて、温かい風を出す魔術です。ほら、こんな感じで。」
説明しながら、私はモスケルさんに温風を向けた。
「おぉー温かい。魔術ってのはそんなこともできるのか。凄いな。」
「いや、魔術師なら誰でもできるわけじゃない。複数の魔術を掛け合わせるのはウィルだからできる技だ。」
「そんなことないと思うけど。」
「とにかくウィルは魔術師の中でもかなり優秀なんだ。」
「そうだろうな。ウィルが作業部屋で出したライトはウィルがその場を離れても固定されて明るいままだったしな。」
「本当に今年の冬の行商にウィルがついてきてくれて良かったよ。」
「今年は特に寒いからな。山間部は雪の量も多いし、物流が滞ってるって聞くな。」
「そんなに酷いのか・・・。
私たちが行ける場所はいいが、全て回れるわけじゃないし、辺境の村が心配だな。」
「ウィルは優しいな。」
「私は幼い頃に辺境にある小さな村で育ったから、他人事とは思えないんだ。
小さな村で身を寄せ合って生きていくのは、のどかでのんびりとしていて幸せだったけど、脆いのも事実だから。」
「分かった。じゃあできるだけ多く回ろう。商人ギルドにも相談してみよう。」
「いいのか?」
「そのために冬の行商を続けてるんだしね。」
「そうか。お前ら若いのに偉いな。しかもお前らにとってここは他国だろ?」
「国なんて、ただどこで産まれたかだけで、どの国に住んでいても同じ人間ですし。」
「そうか。まぁそうだな。同じ人間か。いいなその考え。」
「なぁウィル、モスケルのところで何買ったんだ?」
「私用のカップと中隊のみんなへのお土産だ。」
「へ〜、どんなやつ?」
「私用は、青とオレンジの牛で、頑張ってカップを持ち上げようとしているところが可愛くて格好いいんだ。
中隊のは、ワークスペースにペン立てとして置こうと思っていて。真っ黒なカエルがカップの下敷きになったやつだ。」
「・・・斬新だな。」
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