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飲むしかない。飲んで忘れよう。忘れるまで飲もう。
私は酒場に向かった。
カウンターの端に座ると、無表情のマスターがコップを拭いていた手を止めた。
「マスター、強い酒でお勧めのものを頼む。」
「かしこまりました。」
「テキーラです。まずはストレートでどうぞ。うちのはレーマンの酒造から直接買ってるんです。
他より少し度数が高くてキリッとした味わいですよ。」
「ほう。レーマンには酒造があるのか。」
私はマスターが出してくれたテキーラを少しずつ味わった。
「えぇ、冒険者が多い街ですからね、強い酒がよく出るんです。
冒険者の男が強い酒が飲みたくて作り始めたらしいですが、今ではもう酒造り一本でやってますね。」
「そうか。このテキーラいいな。喉にいい刺激がくるのに後味が爽やかだ。どこで買える?」
「そこの前の通りをずっと西に進んで赤い看板の肉屋の角を外壁まで進んでいけば酒造がありますよ。買えるかどうかはそこの酒造の主人次第ですね。」
「そうか。貴重な情報をありがとう。もう一杯くれ。ジョッキで。」
「は?ジョッキ?テキーラをですか?」
「あぁ。そうだ。」
マスターが注いでくれたテキーラを一気に飲み干すと、私は席を立った。
「釣りはいらん。情報料として受け取っておいてくれ。」
銀貨3枚を置いてその店を後にした。
マスターが教えてくれた通りに道を辿って行くと、外壁の際に大きな建物が建っていた。
ここか。
「ここの主人と話がしたいんだがいるか?」
外で掃除をしていた筋肉質の男に話しかけた。
「あ?誰だ?俺に何のようだ。」
「あなたがこの酒造の主人か?」
「あぁそうだ。」
「さっき酒場であなたの作ったテキーラを飲んだ。
私に売ってくれないか?」
「何に使う?」
「何に?私が飲むだけだが他に何か使い道があるのか?」
「自分で飲む分か。誰かに売ったりはしないんだな。」
「あぁ。私は商人ではないからな。売り先を探しているのなら商人の友人を紹介することはできるが。」
「前に、おかしな効果を謳って異常な高値で売った奴がいてな。それを買った客が効果が無いとうちに乗り込んできて揉めたことがあっんだ。それからは知り合いの酒場と個人で飲む分しか売らないようにしている。」
「そんな奴がいたのか。そいつはどうなった?」
「逃げたからどうなったかは分からねぇな。」
「そうか・・・。それでは生産者の努力が簡単に踏み躙られてしまう。
下手したら詐欺師扱いさたり、最悪は潰れてしまうかもしれない。
そうか。保護するのは農業や畜産だけでなく製造を行っている生産者にも必要か。正規の販売ルートを決めてそのルートのみで販売するようにするか、販売に関する契約書をあらかじめ書かせるか。商業ギルドで契約書に一枚噛んでもらえば不正はできないだろう。今度フェンスタさんに相談してみるか。
しかし、今はダメだな・・・。」
仕事から離れてここまで来たのに、また仕事を増やしてしまいそうだ。
「ん?何をブツブツ言っているんだ?
酒は買うのか?買わないのか?」
「すまん。買う。とりあえず1樽くれ。」
「1人でそんなに飲むのか?」
「あぁ、ちょっと忘れたいことがあってな・・・。」
「そうか。」
「情けないが仕事が手につかなくなって逃げてこの街まで来たんだ。
それでも、何もしていないと思い出してしまうから・・・。」
「お前、大丈夫か?」
「あぁ。潰れるまで飲めばきっと忘れられる。」
「おい、俺が作った酒をそんな風に飲むな。」
「すまん・・・。そうだよな。
喉にいい刺激がくるのに後味が爽やかで、あなたのテキーラを気に入ったことは本当なんだ。
また今度、もっとマシな精神状態の時に改めて買いに来るよ・・・。」
そうだよな。せっかく作ったものをそんな風に扱われては、怒るのも無理はない。私が生産者の努力を踏み躙るところだった。
「おい、ちょっと待て、もう今日は仕事が終わったから、飲みたいなら付き合ってやるよ。」
「いいのか?酒場で1人で潰れたら、宿に帰れないからどうしようかと考えていたところなんだ。助かる。」
「潰れること前提かよ。危なっかしい奴だな。」
「あぁ。私はウィルだ。冒険者をやっている。仕事は他にもあるが、今は冒険者だ。」
「そうか。俺はカクトスだ。」
「カクトスはいい奴だな。早く飲みに行こう。」
「分かったからちょっと待ってろ。お前、もうちょっと酔ってるな?」
「そうかもしれん。でもまだ2杯しか飲んでない。」
一杯はジョッキだが。
カクトスは掃除道具を片付けると酒蔵に鍵をかけて出てきた。扉が壊れているのか・・・。
「何か食べたいものはあるか?」
「あぁ、私は菜食主義だから肉は食べない。つまみなんてなくてもいい。酒だけあればいい。」
「お前、そんなことしていると身体壊すぞ?俺が聞いてやるから話してみろ。」
「お前じゃない。ウィルだ。」
「分かった。ウィル、じゃあ俺の知り合いの店に入るからな。」
「あぁ。分かった。」
カクトスは赤い屋根の小さな酒場に入った。
「いらっしゃい。カクトス、その美男子はどこから攫ってきたんだ?」
「あぁ、ちょっとな。」
「どうも、私はウィルだ。カクトスの酒のファン。
とりあえずウォッカロックで、ジョッキで。」
「おい、ウィル、いきなり無茶すんな。ウォッカをジョッキとか何を考えている。」
「とにかく今は、何もかも忘れたいんだ。今までの記憶を全て消してしまいたい・・・。」
私は力無く椅子に腰掛けると、そう告げて項垂れた。
「こいつは重症だな。マスターとりあえずウォッカは薄めにソーダで割ってジョッキで出してやってくれ。俺はエールで。」
「カクトス、乾杯しよう。」
「あぁ。」
「「乾杯。」」
「ん?なんだこれ?アルコールが薄い。ソーダで割られている・・・。
こんなんじゃ酔えない。」
「あぁ、俺が頼んだ。ウィルはもう酔っているからな。」
「いいんだ。もう、どうなってもいい。でも投げ出すことができない仕事がある。だからまたいつか帰らなければならない。それが辛い・・・。」
「何があった?」
「・・・天使で妖精の彼女は、私が手を差し出すと手を取ってくれたんだ。」
私はまだ彼女の柔らかい手の感覚が思い出せてしまう左手をじっと見つめた。
「・・・?天使で妖精の彼女?」
「でも、彼女には他に想い人がいた・・・。」
「あぁ、失恋したのか。なるほどな。」
「私はモテるんだ。色欲にまみれた女ならいつでも寄ってくる。私が微笑みかければ落ちない女はいないと周りから言われて、どこかで慢心していたんだな。
自分が恥ずかしい・・・。」
私は机に突っ伏した。
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カクトス:テキーラを作っているので名前の由来はサボテンです。




