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「フェルゼン中隊長!準備が整いました!」
「よし!出発するぞ!先頭出発!後に続け!」
今回の討伐隊は魔術部隊の小隊2つと戦士部隊の小隊が3つ。魔術部隊は50名、戦士部隊は中隊長2名を含む82名。そして私と私の補佐のイースを追加して合計134名。キマイラという敵のためにこのような大きな討伐隊が結成された。
そして、統括は私。
別に誰でも良かったが、戦士部隊の中隊長2人の経験が浅いことから私になった。
どうやら2人の中隊長に私の采配を見せるのが今回私が選ばれた要因だったらしい。
確かに私は13歳から中隊長としての役割をこなしているから、もう7年になる。
脅威のある魔獣を討伐することも目的の一つではあるが、若手の隊員たちの経験を積むための遠征という側面が大きい。
そのために私も、若手の経験が浅い分隊を中心に集めたし、戦士部隊も今日は年齢層が低いように思う。
そして早く帰るには、面倒な報告書の作成を迅速に行わなければならない。
そのために書類作成要員として私の補佐であるイースを呼んだ。
現場まで、馬で2時間半の距離とはいえ、全員が馬に乗っているわけではない。野営の荷物や食料などは馬車に積み込むし、特に戦士部隊は大型の盾や、両手で持って使うような大きなグレートソードを持つ者、前線に出るために重い金属の鎧を身に纏い、歩くスピードも遅くなる。
私は魔術部隊のため、防刃難燃素材でできた騎士服に魔術耐性のあるマントという身軽さでフロイに乗っている。
戦士部隊の中隊長も馬に乗っているが、鎧が重くてバランスが悪そうだ。
これは昼休憩の前に一度休憩が必要だな。その後、昼休憩を取って、その進み具合でもう一度休憩を入れるか決めよう。今日は向こうに着いたら野営地を整えて本部を設置したら終わりだ。
途中で変な魔獣に出会わなければ、今日の夜は隊員たちをゆっくり休ませられそうだ。
戦いの場に疲れを引きずって行くのは怪我の原因になる。
私の今回の役割は基本は後方支援と後方から全体を見ながら各所に指示を出す役割だ。戦士部隊の中隊長は、前線と魔術部隊の中間の左右に位置取り、戦士部隊への指示を中心に行う。
私は浮かれていたようだ。
1度目の休憩では、その辺に生えていた小さい花を一輪摘んでフロイの鬣に飾った。可愛い。
昼休憩では、自分の髪をいつもは適当に一つにまとめて紐で縛っているが、その髪を緩く編んでいた。
「中隊長が髪を編むなど珍しいですね。」
「あぁ、まぁそうだな。」
昼休憩の後、街道から外れていくと、魔獣に遭遇し始めた。
魔獣とはいえ、騎士団に所属する者が遅れをとるような相手は出てこなかったので、丁度いい連携の練習になると言って、魔術師と戦士を全部適当に混ぜて10のチームを編成してチームで討伐に当たらせた。
突然の思いつきで始めた遊びのようなものだったが、それが思いの外良かった。
分隊ごとに割り当てるのが通常だが、その分隊さえもバラすことで、普段は組まない相手と組ませた。
最初は戸惑っていたが、様々な環境で柔軟に連携できるようになったり、話したことのない相手や苦手意識のある相手とも背を預けて戦わなければならない場面を体験すれば、嫌でも会話をすることになる。それがお互いを認め合うことにも繋がったようだ。
これは、今後何かの遠征がある時や、普段の演習でも取り入れることを団長に進言してみよう。
今回編成された討伐隊は、若手が多かったため、戦士と魔術師の間にわずかな壁があったが、それも取り除けたようだ。
合同訓練では一緒に動くが、基本戦士と魔術師は動きも鍛え方も違う。
慣れないうちはどこまで踏み込んでいいのか、どちらを優先で、どこをサポートするのか、タイミングが上手く掴めずに足踏みしてしまうことも多い。
私の中隊では戦士の訓練も取り入れているが、それでも人にはそれぞれ性格があり、得意な戦い方や動き方が違う。
経験が浅いうちはその見極めも難しい。
敵は予想外の動きをするし、天気やその場の環境も違う。いつでも平らで足を取られることのない開けた場所で戦えるとは限らないし、逃げ場がある場所で戦えることも少ないだろう。
足場も視界も悪い森の中で、適度な緊張感を持ちつつ、死の恐怖に足が竦むほどの敵でないとしたら、これは様々な連携を試す絶好の機会。
その後は上手く連携してキマイラを討伐。
いい訓練になって良かった。
戦士部隊の中隊長や小隊長にも、声に魔力を纏わせて指示を出す方法を教えたが、やはりすぐに再現するのは難しいとのことで、各自練習はしてもらうが、できる気配が無いようならまた相談に来てもらうということになった。
負傷者は魔術やポーションで治療し、大怪我も死者も無しで王都へ戻った。
空には真上を通り過ぎた太陽が眩しく輝いていたが、やはり冬なので頬を撫でる風は冷たかった。
私は一刻も早く邸に帰りたくて、イースに報告書を丸投げすると、フロイと共に帰宅した。
ちゃんと本部を出る前には、伝令魔獣を飛ばして今から帰ることを伝えている。
リーゼは待っていてくれるだろうか。
まさか帰ってはいないだろうな?
玄関のドアを開けると、清々しい空気が広がっており、リーゼがセバやサラと共に待っていてくれた。
「「旦那様、おかえりなさいませ。」」
「ウィル様、おかえりなさいませ。怪我もなく無事戻られてよかったです。」
「あぁ。ありがとう。」
嬉しい。リーゼにおかえりと言ってもらえるだけで、こんなに嬉しいなんて思わなかった。
「あの、ウィル様、お疲れのところ申し訳ございませんが、少しお話をしたいのです。
お時間はありますでしょうか?」
「あぁもちろん。リーゼのためならいくらでも時間を作ろう。」
私の自室のソファーにリーゼを座らせると、私は手ずから魔術でお湯を出してカモミールのお茶を入れた。
「どうぞ。このお茶は花のお茶でね、私の領地の特産品として、売り出しているんだ。」
「そうなんですね。とても良い香りがします。」
「話というのは、先日の答えだろうか。答えは急がないから、ゆっくり考えてくれていいんだよ。」
「ありがとうございます。
ウィル様が私に優しくしてくれたことにはとても感謝しています。
しかし、子爵家の私が侯爵家の方と結婚など畏れ多いといいますか、この邸に滞在していることも、畏れ多いのです。
せっかくお話をいたただいたのに申し訳ないのですが、結婚のご提案は辞退させていただきたいのです。
これ以上ご迷惑をお掛けするわけにはいきませんので、家に帰りたいと思います。」
「なぜ?それはやはり私のことが怖いからなのか?」
「いえ、あなたと私では身分に差があり、住む世界が違うのです。」
「そうか・・・。
やはりリーゼほど清い女性に、私のような汚れた者は釣り合わないか・・・。
そうだよな。すまない、悩ませてしまって。」
「いえ、ウィル様が汚れているなどとんでもない。私の方が・・・。」
「セバ、彼女を馬車で送ってやってくれ。」
「いえ、歩いて帰りますので大丈夫です。」
「ダメだ。リーゼに何かあったら・・・。とにかく送らせてほしい。」
「わかりました。ありがとうございます。」
子爵家には先ぶれを出し、彼女はセバと一緒に帰っていった。
「旦那様、リーゼ様を帰してしまって良かったのですか?」
「仕方ない。彼女が望むのだから。」
リーゼが帰ると、急に邸の温度が下がった気がする。
それに、初めて感じる喪失感が押し寄せてきた。
これが、寂しいという感情なんだろうか。
部屋に戻ると、妖精の絵を眺めた。
もう一度彼女に会えるなんて、想像もしていなかった。
しかも彼女は人間だ。たぶん。
あんな人間の女性もいるんだな。
さっき離れたばかりなのに、今すぐにでも彼女に会いたい。
リーゼ・・・
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