100
>>>リーゼ視点
翌朝起きると、酷い頭痛で知らない部屋にいた。
天蓋付きの大きくてふわふわなベッドに1人で寝ており、側には知らないメイドがいた。
結い上げた髪は解かれ、化粧も落とされている。
ドレスは回収され洗濯に回されているそうだ。
白いレースをあしらった寝巻きに着替えさせられていたが、メイドが行ったので安心するよう言われた。
身につけていた宝飾品や髪飾りも丁寧に机の上に並べられている。
メイドが説明してくれる内容をガンガンと痛む頭でボーッと聞いた。
「ありがとうございます。ご迷惑をおかけしました。」
コンコン
部屋をノックする音が聞こえ、メイドがドアを開けると、昨夜の男性が無表情で入ってきた。
「おはよう。具合はどう?
ここは私の邸だ。私はウィルバート・フェルゼン、フェルゼン侯爵家の当主だ。あなたの名前を伺っても?」
「名前も名乗らず申し訳ございません、侯爵様。
私はリーゼ・ワルツァーです。ワルツァー子爵家の次女です。
この度は、ご迷惑をおかけして申し訳ございません。
体調が悪いところを助けていただきありがとうございました。」
彼はフェルゼン侯爵家の当主だった。
ベッドの上から、恐縮しきりで小さな声で俯きながら謝罪と感謝を伝えた。
「まだ寝ていると良い。
ワルツァー子爵には、こちらの邸にいることを伝えておこう。」
ベッドの上からなんて、失礼にも程がある。そう思い立ちあがろうとしてフラつくと、彼が支えてくれた。家にも連絡してくれると言う。
父はきっと怒ってるだろう、侯爵家に来たことは褒めてくれそうだが。金の無心に来るかもしれない。
いや、さすがに父といえども侯爵家に乗り込んでくることはないか。
2時間ほど経った頃に彼は、自らトレーに乗せて食事を持ってきてくれた。
野菜がたくさん入ったスープとパンだった。
しかも2人分ある。
「大丈夫?」
テーブルに移動する際も、ベッドから起き上がるときには背中に手を添え、手を取られてベッドから降り、ガウンを掛けてくれ、身体を支えて椅子まで連れていってくれて、椅子を引いて座らせてくれた。
背中や腕に触れられたが、彼はとても紳士的で、夜会で一緒に踊った男性のように気持ち悪いとは全く思わなかった。
しかし、向かいに座るが、会話は無い。
2人とも無言でスープを口に運ぶ。
チラリと彼の顔を見ると、やはりとても整った容姿で、眩しいくらいだった。
当主と言っていたが、随分若そう。まだ20歳くらいに見える。
キリッとした眉に、切れ長の瞳はアメジストのような綺麗な透き通る紫、色素の薄い白い肌はきめ細やかで、鼻は高く唇は薄い桃色で。
顎はシャープでシルバーグレーのサラサラストレートなロングヘアは後ろでゆるく紐で結ばれていた。
背は高く細身に見える。手の指は長くしなやかで、触れた時は少し冷たかった。
なぜ、昨日初めて会った私に優しくしてくれるのか分からない。優しくしてくれているとは思うが、正直何を考えているのか分からない。
そして、なぜ邸に連れてきたのかも分からない。
酔ってボーッとしていたとは言え、迂闊に男性について行くなどどうかしていた。これが彼でなければどうなっていたか、馬車を降りた時に置いて行かれたらどうなっていたか。
「体調はどう?」
「大丈夫です。」
「そうか。良かった。
体調が良ければこの後、庭を散歩しないか?」
断ることなどできないので、小さい声で「はい。」と答えると、食べ終わった食器を乗せたトレーを持って部屋を出て行った。
メイドが淡い黄色のワンピースを持ってきて着替えさせられ、薄く化粧を施され、髪をハーフアップに結い上げられると、真っ白なファーのケープをかけられ、玄関に案内された。
彼は執事が開けたドアから出て行く。
着いてこいということか、彼の長い足の歩幅でスタスタと歩く後ろを、遅れまいと小走りで着いていく。
庭園の中ではゆっくり歩いてくれた。
庭園は綺麗に整えられ、冬なのに寒くなかった。香りの良いハーブも植えられているようで、見るだけでなく香りも楽しめる庭園になっていた
一通り回ると、ガゼボに案内され、そこにはメイドが1人付き、お茶とクッキーが用意されていた。
お茶はリンゴのような優しく甘い香りがした。
「・・・。」
彼は無言な上に無表情だったが、長い指でティーカップを掴んでお茶を飲む所作が美しかった。
綺麗な人はお茶を飲むだけで絵になるんだなと思い、ボーッと見つめてしまった。
見られている事に気付いた彼がこちらを向いて目が合うと、私は俯いた。
なぜ何も話さないんだろう。私から何か話しても良いのだろうか?
それよりも、なぜ私はここで彼とお茶をしているのだろう。全然分からない。
お茶を飲み、クッキーをいただく。彼はクッキーをお皿から1枚だけ取って、残りはお皿ごと私に寄せてきた。
お茶のおかわりが飲み終わる頃、彼は立ち上がった。
もうお茶の時間も終わりかな?
彼は終始無言で無表情だったけど、楽しかったのだろうか。もしかして喉が渇いていただけ?
暇つぶし?ラフな格好をしているから、今日はお休みなんだろうけど、本当に何を考えているのか分からない。
彼は立ち上がると、長い足でスタスタと玄関へ向かって行った。私も慌てて彼を追いかける。
「あっ・・・。」
急いで彼をで追いかけたせいで石畳の石に躓いて転びそうになる。
石畳に手を着きそうになった時、フワッと身体が浮いた。そして彼が一瞬で私の元に移動して私を抱えて立たせた。
「・・危なかった・・・。」
彼が聞こえるか聞こえないかくらい小さな声で呟いた。
そしてなぜか彼は私を横抱きにして運んでいく。
「あの、自分で歩けますので・・・降ろして、もらえませんか?」
恐る恐る彼の顔を見上げながら伝えるが、声が小さすぎたのか、こちらをチラリとも向くことなく、まっすぐ前を向いてスタスタと歩き続け、玄関に入ると階段を上がって部屋に入っていった。
彼の執務室だろうか?正面に置かれた大きな机には書類が積み上げられて、謎のポーズをとる動物の置物が乗せられている。
机の前で左に向くと、応接セットが置かれており、その革張りのソファに降ろされた。
「ありがとう、ごさいます。」
閲覧ありがとうございます。




