花屋・カルトゥレ
花屋・カルトゥレ
一匹の店主が経営する花屋「カルトゥレ」の下で働いているのは紛れもなくこの湿気った世界から抜け出した不幸にも幸運な私という本来の人間である。
特に冴えないが二色はあっただろう私の服装は、何か画面が廃れた不安を晴らした後に純白なワイシャツを隠した分厚く真っ黒い一色になってしまった。それでも、隠した純な心を躍らせ晴れの日を歩き出すのは当然私に限ったことではないが、人によってはその晴れの日は珍しいもので、ほとんどはざわつく胸を這いつくばる蝸牛でいっぱいの湿った六月真っ只中のようになってしまう。
ただそれは冷静に考えてみれば当たり前なことで、汚れやすいワイシャツが真っ黒い集団に入るとその理不尽さや顔のシワと共に増えるその見下しに苛まれ、人間とはこうも残酷であったかと自分を疑う。
果たして人間にとってどういったものが幸せなのかなんて黄昏ることも多くなり、また乱れ始めた画面をどう直すかばかり考えていた。その黄昏は時折世間にいる普通の女性にまで伝わるようになってしまった。
今日は少し手が冷えるね、とあなたが悲しい顔をするとより一層息ができなくなった。
かつては逐一写真を撮ることも忘れるような恋をしたものだけれども、目の前の画面が乱れているせいかどうも一人の人間も幸せにすることができないどころか、自分自身も幸せにすることすらできなくなってしまった。いや、自分を幸せにする方がよっぽど難しいのかもしれない。大抵の小さな幸せは偶然起こる世間からはどうでも良いものなのだけれども、近頃そんな戯れた喜びに、その後の憂鬱の影が重くなってきているものだからどうも正直に喜ぶことが出来なくなってきた。
その夕暮れ、私は思ったより日が早く落ちてゆくのを眺めているとあなたは砂浜が風に飛ばされるようにいなくなった。あなたがいた場所には一本のスミレが靡いていて、いつの間に取ってたんだろうと砂浜を固く濡らした。
あなたはよく道端のスミレを摘んでは自慢げに見せることが多かった。そしてその度私がその小さな幸せをもらっていたが、いつの間にかその小さな幸せに気づかなくなってしまっていた。この世界の理不尽さに怯えていたのは私だけではなかったはずだ。あなたもきっとそうだった。許されるのならもう一度私がスミレを一本摘んで、小さな幸せを分け合いたかった。
ぼんやりと空っぽの線路に俯いていた。そういえば久しぶりにこんなに雨が降った気がする。冷たい風の吹く方をまたぼんやり眺めるが、どうも錆びた線路に集中している人間は僕だけではないらしい。ここにいる白黒の人間全てが興味もないものを見続けていて、つられるように私も見続けていたが首がやけに疲れる。少し顎を力ませると、反対のプラットフォームも全く想像通りだ。だが、ただ一つ違うのは、周りと同じ黒いスーツに身を包む白黒の人間が前のボタンを開けて純白さを主張していることだった。そして彼は腐った目を赤くしながら無理矢理に笑っている。
向かいのプラットフォームの拡張機が騒ぎ始め、横向きに降っている雨の粒を一つ一つ鮮明に照らし始めると同時にルビーのように真っ赤な雨粒が弾け散った。そうか、こんな逃げ道もあったのか、と考えるものが私を含め複数人いたのは間違いない。残りの人間は喚くなり携帯で写真を撮ったりと全く散々だった。
ビニールにあたるテンポの良い雨音を聞きながら初めて赤い色が私の身に飛んでいることに気づいた。「この腐った社会の一人として」や「一人の大人として」といった真っ黒い墨に染められた半紙は同じく腐っている教師ののオレンジ色の直し筆が入れられた。よく目立つ人間への添削は私の足を止めてくれた。いや、あんな逃げ方なんか決してよくないだろ、と悲しくなった。彼もおそらく私と同じで、赤い雨粒になる前に赤筆で直されていたらこうはならなかっただろうに。だが正直この逃げ方は賢い。賢いが同時に勇ましくもあり情けなくもある。この世界では、一人の存在は思う程重くない。冷めたものならすぐに捨てられる。
また歩き始めた時には雨足はさらに激しくなっていた。そういえばワイシャツこれしかないんだっけ、と思い出し、クリーニング屋を探しだした。無愛想なおばさんは思ったより高めの値段を提示して奥へ行ってしまった。明日までにという要求だからだろう。クリーニングを待つ間、息苦しくて店先の歩道へ傘を差しに出た。だが思ったより急に冷えた空気になっていたものだから息苦しい方がまだマシだと振り返ると、クリーニング屋の隣には古びた花屋があった。古びているがどこか愛らしくて、「ハナヤ」とだけ手書きで書かれた看板は綺麗に手入れがされていた。
急に私はあなたをまた想った。あなたからは私を探さないで、と遠回しに言われたことを思い出した。ハナヤに入るとあのおばさんが許せるようになる程愛想の良い女性がいた。何かお探しですか、と優しい声でぼんやりしている私に声をかけた。スミレを探しています、と小さな声で言うと彼女は三、四本の葡萄のようなスミレを持ってきた。私はその中から一番小ぶりなスミレを指差してレジへ行こうとした。すると彼女は一本だけなら差し上げますよ、と汚れの無い笑顔で言った。
この時期の雨というものは所構わず降り出す。理由はないが、小さく大きな小雨が止まらなかった。雨でかさを増した川のように何かが溢れた。笑顔な彼女も顔を困らせて背中を撫でてくれた。決して何も言わなかった。それが良かった。それから私は深々と礼をしてその店を後にした。
翌日私は息が通る柔らかい服を着てクリーニング屋へワイシャツを取りに行った。どうせすぐに黒く染まるはずの真っ白いワイシャツを受け取ると、近くにあったゴミ箱に丸めて捨てた。
悪魔みたいなドアを開けて腐った自尊心でいっぱいの机へとその顔を睨みながら進んでやった。丁寧に書いた退職願を悪霊祓いのお札ように貼り付けて二度と戻らないことを神に誓った。
翌日、私は今まで稼いだ金で旅に出ることにした。旅の目的は、もちろんスミレや花屋が似合うような場所を探すことだ。それから私は国中を駆け回り一つの細々とした土地を見つけた。それはちょうど、穏やかな波の上で空を見上げながら黄昏ている鴨が流れ着く場所で、そこに流れ着いた鴨たちは皆そこに生えているスミレをつついて流れた場所を辿り返すのだ。そしてつつかれたスミレはいつも嬉しそうに笑う。
舗装されていない草道の横に流れる純粋な小川は常に小魚や鴨たちで賑わっていて、遠くに走る満員電車の窓からここを眺める人間がちらほら見えた。小川の波が大きな岩で堰き止められている場所が私の小舟の場所である。頼りになる大縄をほどいて身の丈よりも大きな櫂を動かすと、周りの鴨もその流れに身を任せてくる。
花屋カルトゥレの看板が見える頃にはすでに体がじんわり暑くなっている。蝶が留まる聖母の彫刻の脇に縄を括りつけ、スミレを傷つけぬように店へ近づいた。鍵など必要ない大きな木の扉を開けると昨日まで準備し続けた眩しい花達が部屋中に溜まった七色の匂いを放した。ようやく新鮮な風が入り込み、花たちも安心する。もちろんスミレもそうだ。
今日は私の花屋カルトゥレの門出である。船でしか行くことのできないその花屋はこっそりとこの世界に芽を出した。
だが当然すぐにお客が来るわけがなく、数日はただ花を愛する暇な若者になっていた。だがその花を愛する暇な私が驚くほど穏やかで、実に人間的であった。黒い服に潰された、当たり前とされていた当たり前じゃない人間から、少しは離れることが出来ただろうと感じていた。
朝は鴨と流れ、昼は蝶の舞う中でパンを食べ、その後は眠くなりながら花に水をやり、時折ネコの鳴き声が聞こえる夜は船の上でぼんやり月を見た。
蝶と共に一人パンを食べたのはこれで何回目だろうとふと思った日、最初のお客さんが現れた。私の最初のお客さんは、一匹の三毛ネコだった。私のように少しお腹が出ていて綺麗な白と少しの黒、甘いミルクコーヒー色の子だった。彼は怯えることもなく堂々と私の顔を見続けていて、何か言いたそうな顔だった。私は店の中から一本のスミレを持ってきて彼の顔の前に置いた。お代はいらないよ、と言うとネコはまるでなんのことやらといった困った顔をするものだから、こっちも困ってしまった。お客さんじゃないのかい、というとネコは不思議に私のエプロンを眺め始めた。
そうか、君は僕と一緒に働きたいんだ、とおかしなことを思いついて、膨大な暇な時間を何日間か使って、自分なりの彼用のエプロンを作ってやった。エプロンの名札にはミケと書いてやった。アルファベットでミケと書くのもいいかなと思ったが、そうすると味気のない欧米の奴になって急に人間っぽくなるからやめておいた。
翌日の店のホームページの「店主」の欄にはミケの名前が大きく書かれた。三毛ネコが運営する花屋なんておそらく世界初だろう。イスタンブールにもありやしない。
私が一匹の店主の下で働き始めて三日が経ったある日、一人目のお客さんがやって来た。ほっと胸を撫で下ろしたのはお客さんが来てくれたことよりもお客さんがネコじゃなかったことだった。
髭は綺麗に剃ってあるが特に特徴もないつまらない格好をして頭には麦藁帽をかぶっていた。片手にはフランスの作家の自然主義小説がくっついていて離れそうになかった。小さくはない声で挨拶を返されたが、彼にはどこか物淋しさを感じた。
私は小さな椅子に座ってレジの横に隠れていた。ミケもやけに姿勢を正してレジの横で腰を丸めて花をじっと見渡す客を見ていた。匂いを嗅いだり、そっと触ったり、たまに麦藁を直したりするその客は油絵よりも静かな時間を作ったものだから壁にかけた小さな時計の針がやけに騒がしくなった。
一瞬腰を大きく伸ばし、片手にスミレ、もう片方にはムクゲを取ってじっと見つめた。ミケの微妙に動く細い口ひげのぼやけた間で客は何秒も眺め続けた。
「店長さんはどちらが好きですか。」
急に客が声を出すものだから店長は飛び跳ねて外に行ってしまった。
「あいにく店長が不在なものでして、、」
客は一瞬戸惑った表情を見せた。
「私でよければ私の意見を言わせてもらっても良いでしょうか。」
「ええ、もちろんですよ。」
もちろん私は客の右手を指差した。すると客は片方の花をそっと戻していくらか聞いてきた。
「お代は結構ですよ。」
「いえいえ、困りますよ。払わせて下さいよ。」
客はなんの裏もなく純粋に困っていたが、なんとかなだめて財布をポケットに収めさせた。帰り際、客はなんとなく柔らかく風に当たっていた。
「こういう花屋は初めてです。自分に失望した者や傷心した者は一度思いもしない場所に行ってみたら良いものですよ。」
私は彼が小さな花を選ぶ曲がった腰の姿を思った。
「何度でもおいで下さい。わかる人にしか到底わかりませんですもの。厚い雲の怖さなんて。」
水の流れよりも遅く進む小舟を眺め終わり店へ戻ると店のポストの上には三百円が並べられていた。
苦めの珈琲を飲みながら最初の店の売り上げを店長と半分に分けようか、それとも全て店長に渡してしまおうかなんてことを考えた。ふと店長を見ると店長はミケらしくなびく風を丸い顔全体で満喫していた。
今日はもう客は来なさそうだったので、ミケのエサを買いに私専用の小さな小船に乗って店を出ている間、カルトゥレは店長に任せることにした。
だがやはり一歩カルトゥレを抜け出すともうそこは大雨の降りそうな黒い雲に覆われていて苦しいほど息ができなかった。さっさと魚を買い済ませて船着場に着くとやはり客用の小舟は変わっていなかった。いつも通り鴨の導きで花屋に戻ると、もはやレジのようになっているポストの上に一本のヒヤシンスが置いてあった。
客が居る様子もいた様子も無く首を掻いていると店長が小さな鼻を伸ばして挨拶をしていた。ミケの鼻先には何もなかったが、見たことがないほどに店長らしい威厳を保っていた。すると堂々とした細い背中で私が乗ってきた小舟がある川岸まで行くと目をパチリとさせながらゆっくりと振り返ってまた船を見た。ただただ穏やかに私の残像を残して揺れる船にネコらしくない礼をすると満足した顔で私の目の前にやってきた。
よく見るとミケは私の背中を見ているらしく、視線を追うともはや忘れていたヒヤシンスが風でポストから自由になりたがっているところだった。
あなたが持って来たのですか、と答えを期待しないで一人呟くとミケはやはり案の定であった。
そこら辺の中古屋で買い揃えた黄色じみたレジの横に倉庫から持ってきた小さな花瓶を添えてそれを満たした。あ、失敗したなんて思いながらミケが持って来たであろう一本の贈り物をまるで給与のように大事に静かな水面に差したがやっぱり台が濡れてしまった。下で見ていたミケは落ちてくる水滴から大袈裟に逃げていった。
毎日客が来るわけもなく、絵の具の独特な匂いに眩暈がして空気を吸いに出るとちょうど向こうから一人の女性が流れてきた。私より三つか四つほどしか離れてないだろう若い女性はいかにも元気の代表格のように手を振ってきた。その笑顔はどこから湧いてくるんだなんて思ってると視線は店長に一直線のままであったものだから、そういえば私もミケを撫でるときはあんな穏やかな顔であろうなと思い出した。
小船は私を通り過ぎて店長の近くに止まった。店長は大人しく彼女に顔を擦って笑顔を作らせた。彼女はすぐ私を向いて気軽ではあるがしっかりしているといったような挨拶をした。一人目の客とは違って時計の針の音が聞こえない店内には花の匂いに純粋に感動している声が響いていた。すると急にミケは外にひょいと飛び出して鼻を動かし始めた。今日はどうやら目と耳が少し忙しい気がしていた。ミケが気分の良さそうに店に入ると急に楽しそうな声が止んで辺りを見回した。彼女は私の顔をじっと見て何も言わなくなってしまった。
「こういうの、わかりますか?」
私は数秒間黙って頭を動かし続け、納得の返答をした。
「どうゆうことでしょう。」
「怖がりはしませんけど、感じる人間もいるものなんですよ。」
まさか、なんて思いながら綺麗な顔を見るが少し固まった顔を見るなりすっかり同情してしまった。
「あ、わかった。もしかしてだけれども、この子が連れて来たんだわ。」
と彼女は首をかしげる店長を指した。私は急に興奮気味になって大人気なくワクワクした。本来は怖がるものなんだろうけど、なんとなくカルトゥレのような花屋に来るそういう客はワクワクしたのだ。
「そういえば、この前この子が何かに挨拶していたような気がして、変だななんて思っていたらそこのポストの上に一本の花がいつの間にか置かれてたんですよ。」
ミケがいつの間にかスミレが咲いた芝生で花を動かしているのを見つけると、彼女もやっと彼女らしく興奮気味になって出口へ向かい始めた。
「もしかしたら今回もポストの上にあるんじゃない?」
彼女は若々しく店長のように外に飛び出した。私はその後を追って店のドアに手をかけると彼女はポストの上にある一本のキランソウを指差して興奮していた。
「お代金よ!」
と今まで以上に大きな声で私にいうと急に顔を赤らめてあら、失礼しましたと言ってきた。
「でも素敵なお店なんですね。この川もだけど、あの川を渡った後でもまた来れるんですもの。」
満足した顔で私に言うとスミレを一本持ってきて彼女からレジへ向かった。私は流石にそろそろお金をもらわなきゃと負い目を感じながら百五十円を受け取った。
もう一人の客はどこへ行ってしまったんだと言うように目を遠くにしながら穏やかに彼女は消えていった。店長はポストの上にあるキランソウを欲しそうに眺めていたから取って渡してやった。
その日からこのカルトゥレでは人間接客の担当は部下の私で、見えない客担当は店長に任せることにした。あまり部下なんて言葉は使いたくないが、今はあの頃のように一人の大人として、とか腐った世の一人としてなんていう当たり前じゃない囚人のような社会を当たり前だと思っている「社会人」の部下ではないから気にもならないものである。
もちろん私だってわかっている。いくら自由が大事だとしても人間に生まれてしまった以上社会の規律に従う必要がある。だが私の周辺の人間はどうだろうか。その人間的な、生物学的な社会規律の意味を完全に履き違えているのだ。そしてその履き違えに気づかないのが私の嫌になった理由で、その靴を履き続けると変な道に行ってしまうことに気付いたからよかったものだ。もう少しで靴擦れがひどいどころか人間じゃなくなってしまうところだった。
今日のように絵の具に酔って、花の匂いに落ち着いて、誰かとなんの苦しさもなく話して、不思議に驚いて、今のように夜風に当たりながら月を見たりしてみると、私も相当本来の私を取り戻したと嬉しくなった。
壁の向こうにいる小さな一人の男の子が手前の優雅に踊る男女を眺める様子をその子のより後ろのような気分で眺めていた。実際の絵は見たことがないがいつかは見てみたいと思うといつもより弱く船の音が泣き出した。
遠くからはまだ男の腕にはほど遠いような細い毛のない腕が光っているのが見え、誰の帽子か分からないほど小さすぎる頭があった。ただ船着場に着くなりしっかりとその弱い腕で力強く縄を結び息を切らしながら私に近づいた。
「いらっしゃいませ。」
「おじさんはむかし恋をしたことはありますか?」
そうか、私はもうそんな年に見られているのかとがっかりしたがすぐに子供の透き通るような恋の相談に乗ってやった。
「好きな子ができたのかい。その子に花をあげるのかい?」
「はい、ずっと見惚れているので声をかけようとしましたがどうにもできません。」
それに関しては幾つシワが増えても変わるまいと思いながら私はその男の子を見つめた。
確か私も同じだったのだ。目を奪われた子が同じ教室の全員にお土産を渡すと平気な顔でそれを受け取り家に着くまで大切に握っていたものだ。友人はそれに気づくと、なんだ食べないのか、なんて無神経なことを言って余ったならそれも食べたいなどと言う。私はそれを家に帰って食べるんだ、と少々不機嫌に言い放つが結局家に帰ってもそれをじっと横目に眺めるだけだった。彼女が渡してくれたお土産などクラス中がもらっているのは知っているのに。
この子は全くそれであろう。三毛の店長は珍しくその子のくるぶしを嗅ぐとスミレを一本持ってきた。すると店長に少し恐れを抱きながらその子はミケを撫でた。どのお宝よりも大切そうにスミレを持って帰ると急に静かになった気がした。
自分の骨が砕ける音が聞きたくなかったものだからイヤホンの音量は最大にしておいた。ただでさえ砕けそうな頭蓋骨が弾けそうである。目の前の重い静けさを纏った雨は周りの目よりは暖かかった。
最後くらい妄想したっていいじゃないか。こんなに冷たい雨から逃げる前に最後くらい。
令和五年一月