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夜明けのボトルシップ  作者: 高橋
二章 白日の推理
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8話『おはようございます』

「な~に、見てるの?」

「別に……」


 少女は顔を背け、不満げに顔を顰めた。

 黒髪のツインテールを高いところで結い、首元には銀の十字のネックレス。病的なまでに白い肌はきめ細やかで、赤い切れ長の瞳はロウソクの光を受け煌々と輝いている。


「本? なになに……ナディウス教の聖典? 人間の宗教に興味があるの?」

「ちょ……っ、触らないで!!」


 少女は本を閉じると、キッとその相手を睨み付ける。


 艶めく青い長髪の少女。しなやかなストレートの髪の上には軍帽を目深に被り、そこから覗く黄金色の瞳は不敵に微笑んでいる。


「とうとう見付けたってよ?」

「何が……」

「あなたの次の番号の霊鬼」

「……っ! まさか……」


 青い髪の軍帽の少女はすっと立ち上がると、それから牢獄の外へと歩いて行く。


「フェリちゃんが教えてくれたの。二日後、私たちが手を貸せば特別に会わせてくれるって」

「……会って何をするの? 見付けたのは第四でしょ? 私たちが探してるのは第九霊鬼。それ以外の霊鬼なんて、興味ない……」

「でも手がかりにはなるかもしれないよ?」

「……」


 黒髪の少女は息を吐き、それから戸棚に本を置いて呟いた。


「それなら……行く」



 ◇ ◇



 目を覚ますと、私は知らない部屋のベッドに横たわっていた。

 本棚に並ぶ分厚い本ときらきらと輝く酒瓶の数々。テーブルの上には精巧に作り込まれたボトルシップが並び、その横には金属製の細長い棒のような道具や糸や布切れが転がっている。


 私はさらりとしたシーツを撫で、それから半身を起こした。頭がクラクラする。身体の痛みもまだ引いてない。


 しかし最低限動けるくらいには回復している。


「ちょ、おい馬鹿!! まだ動くな!!」


 私が部屋の中を眺めていると、奥の椅子で本を読んでいた男が勢いよく立ち上がった。

 彼は本をテーブルに投げ出すとこちらに歩いてきて、頬の辺りの筋肉をぴくぴくと痙攣させながら、歯軋りをして興奮気味に言う。


「お前……! あれからまだ三時間しか経ってねえんだぞ……。言っておくが!! お前のその傷は全治三ヶ月の大怪我だ! 分かったら大人しく寝てろ!! でなきゃなあ──」

「治ってるでござるよ?」

「治ってねえだろうがよ!? 腕っ、上げてみろ!!」


 私は傷む右腕を上げ、男の顔を見上げる。

 男は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに元のイライラしたような表情に戻り、溜息を吐いた。


「それはお前が痛みに鈍感なだけだ……。普通なら動けねえんだよ……」

「動けているでござるよ?」

「あぁ? 話聞いてんのか?」


 私はイライラする男の顔を見て、少しだけ自分の口元が綻ぶのを感じた。

 この男は何か怒っているみたいだけれど、悪い人ではない。それは先の戦いで既に確認済みだ。


「イアン・シュトラーゼ殿でござるな? 昨日は助かったでござるよ。本当に、ありがとうでござる」

「ござるござるうるせえな……。それにお前話聞いてねえだろ? 『あれから三時間しか経ってねえ』って俺は言ったんだ!! お前の身体は術後三時間の、まだまだ安静にしてなきゃらなねえ状態なんだよ!! 俺の言ってること分かるか!?」

「およ……? ふむ……そうでござったか」


 あれから三時間……ということは、日の出から推測するに、今は午前八時か九時くらいだろうか。

 どうやら、私は本当にあのダンジョンを無事に脱出し、この街も爆破されずに済んだらしい。


「奇跡……でござるな……」


 私がそう呟くと、奥のテーブルから女の声が聞こえてきた。


「ふふ……。どうやらお目覚めのようですね……?」


 視線を移す。


 白い髪に白い肌……漂白された雪景色を思わせる、儚げな雰囲気を纏った麗人……。青い瞳がこちらをすっと見据え、それから微笑みを湛えていた口元が、ゆっくりと開かれる。


「おはようございます、サキ・ナイトフォールズさん……。私の名前は、フェリシア・デイライト」


 彼女は手元にある作りかけのボトルシップをそっと撫でゆったりと微笑む。


「弊ギルド、<<夜明けのボトルシップ>>へようこそ……。ヴィリクス市を救った勇気ある勇者の訪れを、私たちは心より歓迎致します……」


「……勇者?」


 私の問いに女は「はて」と首を傾げ、それからにこり微笑んで答えた。


「ああ……あなたは"勇者"ではなく"忍者"でしたね。世を忍び闇夜に溶け込む恐怖の暗殺者……。しかしその実態はたった一人で最高位ダンジョンに挑み、街を爆発から守った勇気ある英雄……。素晴らしいですね」


 彼女は背後のほうに視線を送り、そこに立っていた"何か"に手招きをした。


 子供が砂場で作ったかのような形の定まりきらない泥人形。その胸元には赤い半透明の球体が埋められ、瞳にも同様の赤い石が瞬いている。

 その人形に押され彼女の車椅子がこちらへと進んでくる。


「貴殿、足が……」

「ええ、少しばかり体が不自由でして。こちらは自動人形(ゴーレム)の『ゴゴーレム』。弊ギルドにおける頼もしい執事です」

「ゴゴーレム! ゴゴゴーレム! ゴゴゴゴゴ!!」


 ゴゴーレムは両手を上げ、輝石を点滅させながら何かを叫んでいる。


「ふふ……ゴゴーレムもあなたとの出会いを喜んでいるようですね」

「そ、そうでござるか……フェリシア殿、イアン殿、ゴゴーレム殿……改めまして、助けて頂いて感謝の極みにござる。当方名乗り遅れ申したが、拙者の名はサキ。サキ・ナイトフォールズでござる。……とは言っても、貴殿らは既に拙者の名を知っているようにござったが……。何故? どのようにして貴殿らは拙者の名を知ったでござるか?」


 私の顔に名前が書いてあるのなら話は別だが、どうして彼女たちは私の名前を知っていたのか。ここに来るまでの間に名を名乗った覚えはない。


「依頼を受けて救助に向かいましたから。それにそれなりに名の知れたパーティの所属ですし。何もおかしなことはないかと」

「なるほど。納得でござるな」


 どうやら思ったよりも単純な話だったようだ。


 私の納得した様子にフェリシアはにこにこと微笑む。

 静かで爽やかな朝。外では小鳥たちが、新しい一日の始まりを喜ぶかのように、ちゅんちゅんと楽しそうにさえずり合っている。


 窓から吹き込む心地良い風を頬で感じ取っていると、ふと腹の虫が鳴った。

 そういえば一週間ほど前からろくな食事を取っていない。今日は何を食べようかと思案を巡らせることコンマ数秒、私はさっと血の気が引くのを感じた。


「ぅ……。有り金、全部ダンジョンに捨てて来たでござる……」


 少しでも身軽にするために、戦闘に必要のないものは全部捨ててしまったのだ。

 今の私は文字通りの一文無し。屋台で軽食を買うことすら出来ないのだ。


 ……。

 仕方が無い。旅の恥はかき捨てだ。

 命の恩人にこれ以上縋るのはみっともないが……背に腹は代えられない。


「も……申し訳ないのでござるが……食べ物を恵んでは頂けないでござろうか……」


 フェリシアはイアンと顔を合せ、それからこちらを見てふふっと微笑む。

 その次の瞬間、扉が勢いよくノックされた。


「デイライトさん! 宅配です!! 贅沢シーフードピザ、トッピング全て乗せ! 五枚!!」

「フェリシア……お前……」

「なんですかイアン? 依頼の報酬金は振り込まれますし、今日はヴィリクス市が救われた記念日です。少しばかり贅沢しても文句はないでしょう?」

「それにしたってトッピング全部乗せ五枚って……お前……」


 イアンは私とフェリシアの顔を交互に見て、それからゴゴーレムが受け取ってきたピザ五枚を眺め、絶望に包まれた表情で呟く。


「コイツは怪我人で暫くメシを食ってねえ。胃が弱ってるからそんなに多くは食べられないはずだ。そしてフェリシア……。お前はそもそも一枚の半分も食えば『気持ち悪い……気持ち悪い……』と呻きながら一日中怠そうにすることが目に見えてる。そしてゴゴーレム。お前はそもそもメシを食えない……」

「ゴゴーレム!」

「あらあら……」

「あらあらじゃねえよ!!! どうすんだよこれ!!!」


 イアンが指指した贅沢シーフードピザを眺め、フェリシアはうーむと唸り、それからイアンを見上げてにこりと微笑んだ。


「でも、余ったらイアンが食べてくれますよね?」

「テメエなあ……!!!」

「だって仕方がないじゃないですか!! 美味しそうなんだから!! 食べたくなっちゃったんです!!」

「お前はガキか!! いつもいつも食えねえ量頼みやがって……!! メシひとつとっても、畜産業やら農業やら材料を作ってくれる人たちから調理人まで、色々な人の手が加わってこうして出来上がってんだよ!! それを! 食えねえ量頼んでんじゃねえ!! 倫理観がねえのか!?!?」

「酷い!! イアン、あなたはなんてことを……! いいでしょう……食べてやりますよ、五枚全部……!!!」


 フェリシアが腕まくりしピザの箱を開けるのを見ながら、私はイアンの顔を見上げる。

 彼はぜえぜえと息を切らせながら、こちらに視線を移した。


「なんだよ……」

「いや……」


 私は少しだけ胸を張り、垂れそうになる涎を飲み込みながらニヤリと笑った。


「拙者……これくらいならぺろりでござるよ?」

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