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夜明けのボトルシップ  作者: 高橋
一章 夜明けのボトルシップ
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6話『呪い』

 猛り狂う暴風雨のような咆吼が漆黒の闇を引き裂いて、その場における「戦い」の意味を一瞬にして自らの概念によって塗りつぶしていく。


 世界の色が白と黒に塗り替えられ、無限に湧き続ける刀と剣が互いに互いを斬り刻み合い、黒い血飛沫が画面を濡らす。広漠とした血の平原を眺め、イアンはその異常な光景に辺りを見回した。


「ここは……どこだ?」


 イアンはいつの間にか腰掛けていたシネマシートから立ち上がり、隣の席でポップコーンを食べる『何か』を見下ろし、それから、画面の反対側、見上げた先の映写機の光に眉根を寄せた。


『イアン……イアン! 聞こえていますか!?』


「ああ……一体、何だここは……」


『落ち着いて聞いてください……。そこは霊鬼が造り出した世界……私たちの認識を越える上位概念の情念が生み出した別の次元の世界です。ただ、私たち人類にはそれを正しい形で認識することは出来ません。だから、それは歪んだ形で『上映される』……ようですね。私もこのような形で見るのは今回が始めてのことですが……』


 小ぶりの劇場ホールのような暗い部屋の中、聞こえてくるのは映写機のカタカタという乾いた音……。

 イアンは頭に手を当て、それから瞼を閉じて言った。


「つまりここは俺たちの認識を越えたものを、俺たちが理解し見られるように造り出された『仮染めの世界』ということか?」


『そうなりますね』


 イアンは隣の席でポップコーンを頬張る謎の影に目をやった。人の影のような『何か』はぼんやりとしていて正確な姿はよく見えない。顔も表情もなく、真っ黒で揺らぎながら、それぞれの席でただポップコーンを食べながら静かに画面を眺めている。

 イアンはそれに触れようとした。

 しかしその『何か』には実体がなく、ただ触れようとした手が透けて向こう側に突き出るだけだった。


『そこにあるものは情念だけです。恐らく、実体があるものは何一つありません。霊鬼が私たちに言っているのでしょう。お前たちはただそこに座って観ていろ、と……』


「……気に入らねえな」


 フェリシアの言葉に溜息を吐き、イアンは元のシネマシートに腰を下ろすと、腕を組み、映写機の光の写す画面の向こうを真っ直ぐに睨み付けた。


 その画面はひたすらに暗かった。

 月のない真夜中の戦場。光源と呼べるものは二つだけしかない。

 燃え盛る炎と、鍔迫りあう刃の撒き散らす火花。そのふたつの光が黒い画面に揺らめきながら白く咲き、互いに互いを殺しあう骸骨たちの姿を照らしている。そして、折り重なった死体の山の向こう側に……草原の向こうに、イアンは先ほどまで自ら刃を交えていた絶望の権化の姿を見た。


 冥府なる者(モート)……。

 そしてそれに対峙する巨大な骸骨の王、第Ⅳ霊鬼(がしゃどくろ)


 カメラの視点が変わり、二つの怪物を真上から見下ろす。

 画面にはもう暗い夜の空は映っていない。燃え盛る炎に灼かれた灼熱の地面が画面を真っ白に輝かせ、今まで真っ暗だった劇場が明るく照らし出される。イアンは自分の目まで焼かれたかのように思わず目を細め、しかし、その画面で起きた一瞬の出来事を、息をするのも忘れて魅入っていた。


 一瞬。

 骸骨の拳が地面を砕き、その拳の僅かな横で黒い光が収束する。そして、放たれた光が骸骨の胸を貫き、そのまま光は空を斬り裂くようにして白熱しながら上空へと斬り上げられる。絶叫。しかし、次の瞬間、骸骨はその魔物を掴み握り締め、黒い血飛沫が画面を濡らした。


 真っ白な画面が黒い血飛沫に濡れていき、その黒が徐々に徐々に画面そのものを焦がすように広がっていく。悲鳴。甲高い悲鳴。貫くような断末魔。殺人鬼に殺される女の声。絶叫。痛み。死への恐怖、絶望。包丁を振り下ろす男。流れていく血。鼓膜という扉を激しく叩き、揺らし、脳髄に対して最後の瞬間を叫ぶ。死。死。死。死。死。『死』の名を冠する怪物は壮絶な絶叫の末に絶命し、それと同時に、画面の全てが黒に染まった。


 『終劇──。』


 劇場の証明が一瞬にして暗闇を消し去り、黒い劇場と赤いシネマシートの先に、何も映っていない真っ白な画面が吊されている。そして、かしゃりと音を立ててカーテンが画面を隠した。


 ポップコーンを頬張る音が聞こえてくる。

 映写機の乾いた音が、炭酸飲料の弾ける音が、遠慮がちな咳払いの音が、やけに耳障りに聞こえていた。


 映画が終わった。


 イアンは溜息を吐くと、それからシネマシートの上で呆然と、何もない宙空を眺めた。

 あれは戦いではなかった。それは圧倒的な暴力であり、悲鳴であり、絶叫であり、恐怖であり、死であり……それら全てを含んだ「呪い」だった。


 瞼を閉じ、大きく息を吸い、吸った息を吐く。

 脳裏に焼き付いた白と黒の光景が未だに最期の絶叫をリピートさせている。


「やっぱり……気に入らねえな」


 瞼を開け、そこに見えたのは元のダンジョンの中だった。

 小劇場はどこにもなく、ポップコーンも映写機もシネマシートも……全て、影も形も無くなっていた。


 どうやら理解出来ないものは終わったらしい。

 イアンは倒れている少女の元へと歩いていく。しかし、何か嫌な予感が背筋を襲った。


「来る……な……。今は……まだ……」


 少女は地面に倒れたまま何かを呟く。


「この力は……『呪い』にござる……」


 刹那、二つの刃が砕け散った。

 イアンは背後からの一撃を双剣で防ぎ、そのあまりの衝撃に一瞬目が眩みながらも、奥歯を噛み絞めて耐え、必死の思いで横に転がった。次の瞬間、振り下ろされた拳が地面を砕く。


「コイツ……」


 イアンは血を吐きながら折れた二本の直剣を構え、目の前の巨大な骸骨を見上げた。

 風と炎を纏った怪物を前に歯軋りし、自嘲気味に呟く。


「全くろくでもねえ依頼だぜ。コイツを片付けなきゃ帰れねえんだからな……」


「逃げるで……ござる……。もう、拙者には……制御が……」


 全く動けないまま今にも消え入りそうなか細い声で呟く少女に、イアンは苛立たしげに舌打ちした。


「あぁ? お前の制御が外れたらコイツはお前を喰らうだろうがよ。俺の受けた依頼はなぁ、テメエを助けろって依頼なんだよ! 目の前に救助対象がいるってのに諦めて帰れなんてよ……大金積まれた上でべろべろ靴舐めて土下座してきたって御免だぜ」


「なぜ……? このままでは、二人とも……」


「なぜかって? そんなの決まってんだろうがよ……」


 イアンは折れた直剣の先、圧倒的な暴力の化身を見上げ、吐き捨てた。


「怪我人置いて逃げ出すようなカスになりたかねえからだ……ッ!!」

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