5話『切り札の名は──』
新たな怪物……。
本物の"主獣"の出現に私は奥歯を噛み絞める。
全身が痛む。
もう無理だと何もかもが叫んでいる。
それでも、血を吐きながら身体を起こした。
漆黒の闇を纏った人型の怪物……。
正確な姿形は視認出来ない。恐らくそう言った魔法を纏っているのだ。
全長は針の王より小さいが、体内魔力量には一目で分かるほどの圧倒的な差があった。
「クソがよ……! さっきのはブラフで……コイツが本命かっ!!」
男は二本の直剣を構え冥府なる者と対峙しているが、無理だ。
彼が一人で戦って勝てるはずがない。
さっきの針の王だって、二人で挑んでやっとの思いで撃破したのだ。
それよりも強力な魔物が現れ、私はもう動けず、男のほうも消耗が激しい。
私は途切れ途切れの意識の中、何かと何かがぶつかり合う音を聞いていた。
まどろみの向こう、二本の剣が絶望に抗い戦っている。
私も戦わなくてはならないのに、身体が少しも……。
「それでも……。拙者、は……」
私の意識は闇の中へと引きずられる。
身体はまるで巨石に押し潰されたかのように動かない。
そして、私は暗い夢の中に溺れた……。
◇ ◇
真っ暗な闇の中。
息の出来ない深淵の水底。
夜の海の深海に捕まったような、どれだけ藻掻いてもどれだけ足掻いても、どこにも行けない世界。
ただただ、暗くて苦しい場所……。
そこには私の中の夜がある。
無限の闇の支配する絶望の心象風景。
誰もいない、何もかもが止まって、何もかもが死んだ場所。
死者たちの声の響くこの無音の世界の矛盾の中で、私は必死に藻掻き、抗っていた。
「立て……拙者はまだ……
『××、私はもう往くわ……。もう、ダメみたい……』
『私は充分に生きたから。ごめんね、××……』
『私からあなたにあげられるもの、こんなものしかない……』
『ごめんなさい……本当に、ごめんね……』
『私、いいお母さんじゃなかったよね……』
『でも、××はちゃんと前を向いて行ける子だから……』
『だから、この力をあなたに託すわ。これは呪いだけど、でも、××ならきっと……!』
◇ ◇
「がぁああアアアア…………ッッッ!!!」
私は右腕を地面に叩きつけた。
土を掴み、そのまま身体を引きずり、モートのほうへと這いずっていく。
動ける……!
まだ、少しだけど体力が残っている!!
「はぁ……! はぁ……ッ!!!!」
死んでいなければ……僅かでも力が残っていれば……
私は左腕に巻いていた包帯を噛み千切り、そのまま包帯を外し、腕の刻印を天高く翳した。
見上げた先、岩盤によって閉ざされた空に私は力の限り、今の自分に望みうる唯一にして最大の"呪い"の名を宣言する。
「第Ⅳ霊鬼──ッ!!」
瞬時にして、天から落雷が降り注いだ。
──祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり
──沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす
──傲れる者も久しからず、ただ夜の花の夢のごとし
──猛き者も遂には滅びぬ。ひとえに、風の前の塵に同じ
風が舞い花が踊る。
悪鬼羅刹の群れ群れが、死霊たちの魂が寄り集まって、そこに一つの「何か」を形作る。
それは巨大な、禍々しい骸骨の姿をしていた。
花と風を纏いながら燃え盛る異形の姿は凜々しく、しかし、憎悪に塗れて醜くもあった。
<<がしゃどくろ>>
これが、私が背負う呪いの姿だ。